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海のフォトエッセイ〜クジラと過ごす時間〜

海のレポート

沖縄に居を構える水中写真家・上出俊作さんによる、海とダイビングにまつわるエッセイをお届けします。

ザトウクジラが南西諸島に姿を現す冬、毎年クジラの撮影に挑んできた上出さん。
奄美大島と沖縄本島でクジラを探しながら心に浮かんだあれこれを丁寧に綴っていただきました。

人生の縮図

朝、油井の桟橋に着くといつものメンバーが出迎えてくれた。
船長のけんちゃんこと太田健二郎さん、スタッフのたくちゃんといくちゃん。
ああ、今年も帰って来られてよかったなあと思った。

奄美大島南部に通うようになって6年。
毎年冬になると、アクアダイブコホロでホエールスイムツアーを開催させてもらっている。
僕にとってはクジラの故郷と言うか何というのか。とにかく、唯一無二の大切な場所だ。

昨年までは「今年はどんなシーズンになるかな」とか、「去年よりもいいツアーにしよう」とか、色々な期待や目標があった。
目標なんて言うと聞こえがいいけれど、今思えばそれはただの気負いだったのかもしれない。

そして今年。なぜだかそういう雑念が全くなかった。
緊張もしていないし、変な気負いもない。
いい意味で、当たり前になったのだと思う。
まあ、なるようになるだろう。というか、なるようにしかならない。
コホロのみんなと笑顔で挨拶を交わしているうちに、そういう思いがより強くなって、なんだか安心してしまった。

そんな穏やかな気持ちで海に出始めてから、数日が経った頃だったろうか。
一月中旬にしては暖かい晴れた昼下がり。ボートは大島海峡の西、江仁屋離島の近くをゆっくりと進んでいた。

「クジラって人生の縮図だと思うんだよね。」

ボートの2階で、けんちゃんがそう話し始めた。
最初は重たい話なのかと思ったけれど、そういうわけでもなさそうだ。なんだか楽しそうに話している。
思いついたことを何でも口にするような人ではないから、ずっと考えていたことなのだろう。

ホエールスイムは選択の連続。
どのエリアでクジラを探すのか。
出会ったクジラにどうやってアプローチするのか。
どこまで観察して、いつ諦めるのか。

今日は東でクジラを探したけれど、西へ行っていたらどんな出会いがあっただろう。
朝から難しいクジラに時間を費やしてしまったけれど、早く諦めていれば違う出会いがあったかもしれない。

毎日そんなことを思うけれど、結局自分が選ばなかった方の道はわからない。
選択し続けた結果が目の前にあるだけで、それはホエールスイムも人生も同じだと思う。」

そんな話だったように記憶している。
ああ、確かにそうだなと思った。

僕が今ここでクジラを探していることも、選択の連続の上にある結果だ。
36年間の中でひとつでも違う選択をしていたら、僕はここにいなかっただろう。

あの時サラリーマンをやめていなかったら。
あの時ダイビングではなく登山を始めていたら。
あの時一緒に住んでいた彼女と結婚していたら。

そんなことを考え始めると、今の人生がなんだか不思議に思えてくる。
運命の綾。奇跡。
いろんな言葉が思い浮かんでくるけれど、ただ流されてきただけだったような気もする。

ふと、頭の中に浮かんだ一節があった。

「Life is what happens to you while you are making other plans.」
(人生とは、何かを計画している時起きてしまう別の出来事。)

アメリカの自然保護活動家、シリア・ハンターさんが残した言葉だ。
僕たちはそれがベターだと思って、その時々で決断し選択する。
でも、思い通りに物事が進むことの方が少ないし、気づけば予期せぬ方向に物語が進み始めていることも多い。

あの日あの時、こうしていたら。
きっと誰しもが、心の中にそんな思いを持ち続けながら生きているのだろう。
それはそれで、人間らしく、美しいことのように感じる。

人生は変えられない。
というか、そもそも決まっていないと僕は思っている。

今まで人生の延長線上にある、想像していた未来と違う世界が立ち現れる。
そういうことはあるだろう。人はそれを「人生が変わった」と言うのかもしれない。
どちらにしろ、その結果を全て受け入れて次の選択をしていくことしか、僕たちにはできない。
そして、その過程そのものが人生という物語となり、意味を持つのではないだろうか。

そんなことをずっと考えていたわけではないけれど、それ以降クジラを見ると、色々なことを考えるようになってしまった。
1月の奄美大島では、まだ親離れできていない、1年前に生まれた子クジラをよく見かける。

子クジラと言っても、すでに身体はお母さんの2/3くらいの大きさに育っているから、船の上から見ていると子供感はない。
でも、水中で観察してみると、すぐに親子だということがわかる。
動きがシンクロするのだ。2頭が全く同じ動き、泳ぎ方をする瞬間がある。
そして、明らかに甘えているような仕草も見られる。
まあ、カップルだって甘えるだろうけれど。
親子とカップルの甘え方は、人だってクジラだって違う……はずだ。

奄美大島を旅立つ直前に出会った子クジラは、なんだか別れを惜しんでいるように感じてしまった。
「もう少しだけ一緒にいていい?」そんな声が聞こえてきそうな気がした。

まだ一歳児とは言え、これからは自分で選択を続けながら生きて行かなければならない。
その選択も、今日はどの映画を見ようかとか、夕飯はからあげとハンバーグどちらにしようかとか、そんなのんびりしたものではない。
全ての選択が直接生死を分かち、子孫を残せるかに関わってくるのだろう。

そう考えたら、別れを惜しんでいるというのも、あながち人間の勝手な妄想でもないのかもしれない。
しかもクジラの親子は、一度さよならをしたら、もう会えないのだから。

時間の過ごし方

奄美でそんな情緒的なことを考えていたからだろう。
2月の頭に沖縄本島に帰ってきてからも、やけに色んなことを考えてしまった。

今年は那覇のダイビングショップ、マリーンプロダクトとのご縁で、2月初旬から3月下旬まで毎日船に乗らせてもらって、クジラを探していた。
マリーンプロダクトの船は、2階デッキのさらに上の、屋根の上が特等席。高さがあって、しかも視界が開けているので、ブローを探しやすい。
もちろん屋根の上なんて本来登ってはいけないのだろうけれど、僕たちも必死だし、まあ良しとしよう。

2月のある朝、出航後まもなく屋根の上に登ると、なぜだかいつも通りスタッフの神谷君がいた。
彼は今日お休みのはずだ。

神谷君は、マリーンプロダクト入社2年目の23歳。期待の若手だ。
好きなものはディズニーと甘いもの。お酒は飲まない。
東京に住んでいた頃、付き合っていた女性にせがまれて嫌々ディズニーシーに行き、酒でも飲まなきゃやってられないなんて言っていた僕とは大違いだ。
今どきの若者はみんなそんな感じなのだろうか。きっとそういうわけではないだろう。

それだけだと神谷君がただの可愛い男の子みたいなイメージになってしまうけれど、それは違う。
彼はバイクが好きだ。休みの日は独りで走りに行くことも多い。気分が乗ると本島最北端の辺戸岬まで行くらしい。実に男らしいではないか。
ちなみに、とってつけたようで申し訳ないけれど、ホエールスイムガイドとしてゲストをまとめている彼も、しっかり頼もしい。

「今日は走りに行かなかったの?」
屋根に登って腰をおろすなり、そう聞いてみた。

「夕方から天気崩れそうだったんでやめたんですよー。」
彼はいつもの笑顔で、そう答えてくれた。

おいおいおい神谷君、何を言ってるんだ。
夕方から雨が降る予報なのは僕だって知ってるけれど、それなら朝から走りに行って夕方までに帰ってくればいいじゃないか。
君は酒も飲まないんだし、朝は早起きできるだろう。

そんな親父の小言みたいなことはもちろん言わなかったし、僕もなんとなくわかっていた。
彼は休日でもクジラを探したかったのだろう。
もちろん探すだけでなく、クジラを知り、チャンスがあれば写真を撮りたかったのだろう。

はっきり言って、ホエールスイムガイドという仕事は厳しい。
気を抜ける瞬間は一日中ほとんどないし、ゲストからのプレッシャーを常に感じている。
休みの日くらい休みたくなるのが普通だと思う。

それでも神谷君は、休日にニコニコと船に乗っている。
彼が何かの強い意志を持ってここに来たのか、あるいは体が自然と海に向いたのか、僕にはわからない。
どちらであるにせよ、それはとても美しいことのように感じた。
そして彼の時間のとらえ方に、少し嫉妬してしまった。

現代社会の中で、休みの日でも行きたいと思える仕事に出会える人は、きっとそう多くない。
しかもそれは、仕事内容だけではないはずだ。一緒に仕事をしている仲間によるところも大きいだろう。
もちろん、やりがい搾取というような、表面的な話とは違う。
自分の人生を、一日という貴重な時間を、どう過ごすのかという根本的な話だ。

僕自身、クジラを探しながら、ずっと幸せを感じていた。
毎日海に出ていれば、いい日もあるし、クジラをあまり見られない日もある。
もちろん船に乗っているゲストのことを考えれば、何とか今日もいい日にしようとは思う。

でも、たとえクジラが遠くでチラッとしか見えなかろうが、僕は幸せだった。
クジラを探している時間そのものに、大きな価値を感じていた。
それはきっと、釣りをしたり、コーヒーを家で焙煎したり、という時間に近いのかもしれない。
物凄くコスパが悪くて、当然のことながらタイパなんて概念が入り込めない世界。
僕は屋根の上でクジラを探しながら、長い夢の中にいるような、そんな感覚を味わっていた。

僕はこれまでの人生の中で、明確な夢を抱いたことがない。
でも、サラリーマン時代から朧げに「いつかクジラと泳いでみたい」と思っていた。
そのひそかな夢は、水中写真家として活動し始めてしばらくして、奄美大島で叶えてもらった。

それ以降クジラは自分にとって、さらに大きなものになった。
いつからか、「クジラが近くにいる間は、毎日海に出て、毎日クジラを見ていたい」と思うようになった。
去年までは、クジラの歌を聴きながらダイビングしていることに、葛藤も感じていた。

だからこそ、こうして毎日クジラを探せていることに、深い喜びを感じられるのだと思う。
どれだけ伝わっているか自信はないけれど、僕のひそかな夢を叶えてくれた人たちには、心から感謝している。

とはいえ、幸せ幸せ言っているだけでは仕事にならない。
1シーズンクジラに捧げるからには、写真家として、それ相応の作品を残さなければならない。
そんな思いがないわけでもなかったけれど、きっとまあ何かしら撮れるだろうとも思っていた。
それよりも、そこで過ごす時間を大切にしたかった。

これまでにも、クジラとの忘れられない出会いはいくつもある。
どんなクジラで、どんな写真を撮って……ということも思い出すけれど、真っ先に浮かんでくるのは、一緒にクジラを見ていたみんなの表情や言葉だ。

結局のところ、誰とどこでどんな時間を過ごしたかということ以上に、大切なことはないのかもしれない。
たとえば周りの人たちを出し抜いて、自分だけがクジラの近くで写真を撮れたとして。
僕は人生の最期にその写真を見返して、何を思えばいいのだろう。
その時一緒に過ごした人の笑顔が浮かんだ方が、ずっと幸せじゃないか。

ぼんやりとそんなことを考えながら、日々を過ごしていた。
いつの間にか、日の出も早くなっていた。

3月。沖縄の無機質な冬を彩ってくれていたクジラたちが、北に向かおうとしていた。
四季を感じにくい南国において、最も季節を感じさせてくれる瞬間だ。
ザトウクジラの旅立ちが、春の訪れを告げていた。

3月になると、「クジラがいつまでもここにいてくれたら」といつも思う。
もし本当にクジラたちが一年中ここにいたら、これほどまでに強く惹かれることはなかったのかもしれないのだけれど。

あと何回、ここでクジラたちを迎えられるだろうか。
自分が生きている時間の中で、どれだけクジラのことを理解できるのだろうか。
そう考えると、人の一生の短さが実感として迫ってくる。

人生の短さだけでなく、今ここに生きていること、この時代に生まれてきたことの不思議さも、妙に感じてしまう。
僕が敬愛してやまない、写真家の星野道夫さんは、かつてこう言っていた。

いつも、いつも、遅く生まれすぎたと思っていた。

かつてアメリカの大平原を埋め尽くしていたバッファローは消え、それと共に生きていたアメリカンインディアンも大地とのかかわりを失い、あらゆる大いなる風景は伝説と化していった。

長い旅の途上』(星野道夫)P162より

沖縄で暮らしていても、同じように思うことはある。
でもそれ以上に、僕自身は「今の時代を生きられて良かった」と思うことの方が多い。

おそらく、30年前に生まれていたら、こうして毎日クジラを探して海に出ることなどなかっただろう。
あるいは、一度もクジラの姿を見ることなく、人生を終えていたかもしれない。
なぜなら捕鯨が禁止された20世紀後半には、北半球のザトウクジラはその数を激減させていたのだから。
人生は選択の連続とはいえ、自分ではどうすることもできない、運命の力によって支配されていることもまた事実だ。

ザトウクジラの捕獲は、1960年代には世界的に禁止となり、その後個体数は回復していった。
現在では毎年1000頭近くが沖縄周辺に回遊してくるという話もあるが、3月になれば当然、繁殖海域である沖縄や奄美からは徐々にクジラが減っていく。
3月も後半になれば、クジラが中々見つからないという日も増えてくる。

今年もいよいよ、そんな時期に差し掛かっていた。
スタッフも皆、日に日にクジラの個体数が減っていることを感じているから、少しずつ緊張感も高まっていく。
とはいえ、この時期まで船を出して、ツアーを開催すると決めたのは自分たちだ。クジラを探すしかない。

今年のホエールスイムも残り数日となったある日。
いつもと同じように、出航後まもなく僕は屋根の上に登った。
そこにはすでに、クジラを探す神谷君の姿があった。
シーズン初めには砂糖とミルク入りのコーヒーを飲んでいた彼が、今ではブラックを飲んでいる。

僕は隣に腰をおろし、朝コンビニで買ってきた缶コーヒーを開ける。
一口飲んでから、サンドイッチの封を切る。
風を感じ、太陽を感じ、クジラの気配を感じる。
リゾートホテルのブッフェにも負けない、極上の朝ごはん。

彼が今の僕と同じ歳になった時、まだクジラを追いかけているのだろうか。
その時も今と同じように、クジラたちは沖縄に帰ってきてくれているのだろうか。

時間はいつの間にか流れ、形ないものは変わり続けていく。
自然そのものも、自然と人間との関係も、人同士の関係も。
その中で、もしも変わらずにいられるものがあるとしたら、それは尊いものなのかもしれない。

僕は缶コーヒーの蓋を閉め、神谷君が見ている方向を確認する。
祈るような気持ちで、北の水平線を眺めた。

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上出俊作

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水中写真家。 1986年東京都生まれ。 名護市を拠点に「水中の日常を丁寧に」というテーマで、沖縄の海を中心に日本各地の水中を撮影。 被写体とじっくり向き合う...

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