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柏島ダイビングエッセイ〜マクロの聖地・柏島と恋模様〜

海のレポート

沖縄に居を構える水中写真家・上出俊作さんによる、海とダイビングにまつわるエッセイをお届けします。

甘酸っぱい思い出を胸に向かった、高知県の柏島。

マクロの聖地と名高いダイビングスポット・柏島で心の向くままシャッターを切る。

かつての淡い恋心を抱いた高知の地で得た、まさかの新たなトキメキとは……?

心地よいカタルシスをどうぞ。

With memories

高知に行くのは15年ぶりだ。
大学3年生。20歳の秋。
あの時はケイコちゃんと一緒だった。

ケイコちゃんとは、付き合っていたわけではない。
でも、僕は彼女のことが好きだったんだと思う。
記憶の大事な所に靄がかかっていて、はっきりとは思い出せないのだけれど。

ケイコちゃんが僕のことをどう思っていたのかはわからない。
旅行に行こうと言ってくれたのだから、あるいは彼女も僕のことが好きだったのかもしれない。
ただ一緒にいて楽しい男友達だったという可能性もあるが、今となってはどっちでもいいことだ。

ともかく僕たちは、お互いの20歳のうちの何日かを一緒に過ごした。
テキサスの一本道をドライブしているような気分で、束の間の自由を謳歌していた。
「四国って思ってたより大きいね」と、笑い合っていた。

四国4県、レンタカーで全て回った。
鳴門大橋から渦潮を眺め、金比羅でうどんを食べた。
愛媛で何をしたのかは全く思い出せないが、行ったことは間違いない。
「2泊3日で四国を回るのはもうこれっきりにしよう」と思ったことは、はっきり覚えているのだから。

四国の中でも、高知は特に印象的だった。
というわけでもないが、それなりに思い出はある。

僕は高校生の時に司馬遼太郎の小説と出会い、彼の作品をいくつか読んだ。
その中でも特に気に入った作品がある。功名が辻だ。
燃えよ剣も好きだが、土方歳三は豪傑すぎて、どうも自分とは重ならない。
それに比べて、功名が辻の主人公である山内一豊は凡庸である。
凡人が凡人なりに、人の力を借りながら一国一城の主になるという物語は、僕を勇気づけた。

そんな山内一豊が建てた城が、高知城だ。
しかも高知城には、山内一豊の騎馬像が飾られている。

「ケイコちゃん、きっと君は城には興味がないだろうけど、僕はどうしても高知城だけは行きたい。付き合ってくれないだろうか?」

高知城に付き合ってなんていう前に、僕と付き合ってほしいと言うべきだったのかもしれない。
今更そんなことを考えても仕方ないのだけれど。

2人で騎馬像を見て、場内を歩いた。
もちろん、手は繋いでいない。
お互いもう、ドッジボールをして遊ぶような子供じゃないんだ。友達以上恋人未満の距離感くらいわかっている。

城見学を終えると、お腹が減ってきた。
どこかで昼ごはんでも食べよう、ということになり、るるぶだかまっぷるだかに載っていたお店に入った。

高知といえば、鰹のたたきである。
15年前も今も、それは変わらない。
というか、もっとずっと昔から変わらないと思う。

塩たたき定食という、まさに高知でしか味わうことができないであろうメニューを頼んだ。

これが、美味しくなかった。
めちゃくちゃまずいわけではないのだが、なんだか生臭い。
カツオの鮮度の悪さを、添えられた塩が見事に引き立てている。
ポン酢でごまかしたいが、どこにもそれは見当たらない。

ケイコちゃんは、目の前でニコニコ塩たたき定食を食べている。
なんていい子なんだ。この旅行を、いい思い出だけで埋め尽くそうとしてくれている。
それとも、味覚が僕と違うのか。

ともかく、高知のカツオは最高に旨いはずだし、塩たたきも多くのファンを擁するご当地グルメだ。
こんなはずじゃない。たまたまお店がハズレだっただけに違いない。
僕たちの甘酸っぱい旅に水をさした塩たたき、必ずリベンジしないと……

と、そんなことを思い出していたら、あっという間に松山空港に到着した。
案外沖縄から近いんだな。
ちなみに到着してみても、やはり愛媛の思い出は何も蘇ってこなかった。

マクロの聖地

松山から3時間ほど南に向かって車を走らせると、今回の目的地である柏島にたどり着く。
柏島は高知県だが、中心地となる高知城周辺からは150㎞以上離れていて、やはり車で3時間かかる。
思い出に浸って感傷的になるには、ちょっと無理がある距離だ。

「柏島」という響きはダイバーにとって、少し特別かもしれない。
この島は「マクロの聖地」と呼ばれていて、日本中から「フォト派」ダイバーが集まってくる。

ちょっと言葉の意味が分からないかもしれない。
「フォト派」というのは、言葉の通りで水中写真が好きなダイバーのこと。
フォト派以外に何派がいるのかは知らないが、とにかく泳ぐのが好きな人とか、水中洞窟を探検するのが好きな人とか、色んなダイバーがいる。

では、「マクロの聖地」とはどういう意味だろう。
ダイビングの世界では、「○○島ならワイドもいいけどマクロも意外と面白いよ!」とか、「ワイドは撮れるようになったんだけど、マクロが苦手なんだよね」とか、そんな会話がよく交わされている。

ん?マクロと対になる言葉はミクロじゃないの?
そう思うのも無理はない。でも、マクロとワイド、これでワンセットなのである。

しかも、ダイビング業界では、マクロ(macro)の意味は「大きい」ではなく「小さい」だ。
もはやめちゃくちゃな気もするし、誰かが最初に間違えて使い始めてしまったのかとも思うが、そうではない。

ざっくり言うと、ダイビング業界では「小さな生き物を観察したり撮影したりすること」を「マクロ」と呼んでいる。
一方、「水中景観や大きな生物を観察したり撮影したりすること」が「ワイド」だ。

なぜこんな呼び方をしているかと言うと、それぞれの撮影に使うレンズが「マクロレンズ」と「ワイドレンズ」だからだろう。
ちなみに、マクロレンズというのは小さなものを「大きく」写せることから、「マクロ」という名前が付けられている。

話が逸れてしまった。

「小さくて可愛い生き物たちが海の中に溢れていて、彼らを撮影しようと思えば狙わずとも美しい背景で切り取れてしまう」

マクロの聖地とはきっとそんな場所なのだろう、と想像しながら、僕は柏島に向かった。

はじめての柏島

僕にとって柏島は、初めて潜る場所だ。
松山から柏島に移動する間、今回陸のアテンドと水中ガイドをお願いした潜水屋DAIKIの中野大樹さんに、柏島の海の話を聞いてみた。

柏島と言ったら、他の海ではなかなか見ることのできない「レアもの」がバンバン出ることで有名だ。
マクロの聖地と言われる所以の半分は、きっとそこにあるのだろう。

が、僕はそもそもレアかどうかに関心がない。
水中で暮らす生き物たちは、それがたとえありふれた種であったとしても魅力的だ。
彼らの日常を丁寧に切り取るだけで、作品として十分成り立つ。

大樹さんは和歌山の海を何度もガイドしてくれているので、僕の撮影の方向性を理解してくれている。
だから、どんなレアな生き物がいるかという話はしない。

僕たちが話したかったのは、「生き物たちがどんな環境で暮らしていて、その環境をどう作品に生かすのか」ということだ。

水中で過ごす時間を、事前に集めた情報の確認作業にはしたくないという思いはある。
どうしても僕たちは言葉に縛られてしまうから、事前にあれこれ聞きすぎてしまうと、ともすれば創造力が制限されることにもつながりかねない。

では、何も聞かずにまっさらな状態で海に入るのが良いかと言えば、それだと何かの修業みたいで、ちょっと自分に厳しすぎる。
時間もコミュニケーションも制限される水中という環境で事前情報が何もないというのは非効率すぎるし、僕らは己の鍛錬のために潜っているわけではない(そういう側面がないとは言わないが)。

なので僕は、これから潜る海にどんな特徴があるのか、ある程度は事前に聞くようにしている。

大樹さんの話によると、柏島にはとにかくフォトジェニックな背景が多いらしい。
中でも「トサカ」「ガンガゼ」「ウミシダ」あたりが、彩りを添えてくれそうである。

沖縄や本州でも見られるありふれた生き物たちを、どうやって柏島らしく撮るのか。
あるいは、どうやって上出らしく撮るのか(本当はあまり意識したくないが、みんながはっぱをかけてくるのだ)。

そんなことを考えながら、柏島での撮影は始まった。

柏島の海へ

まず真っ先に撮りたいと思ったのは、トサカだ。
そう、僕はトサカが大好きなのだ。
紫だったり、オレンジだったり、ピンクだったり。
とにかくカラフルで、華やかで、どう撮っても画になる。

カラフルじゃない部分、つまり幹の青白さもまたいい。
静かで、冷たくて、深淵な感じがする。
冷静と情熱が絶妙なバランスで混在していて、すでにそれだけでアートとして成立している。

トサカというのは、いわゆるソフトコーラルの一種。水中で暮らす、サンゴの仲間だ。
家庭用洗濯機にすっぽり入るくらいの巨大なカリフラワーにかき氷のシロップをかけたところを想像すると、割と近いかもしれない。

なんで「トサカ」という名前になったのか、僕は知らない。
鳥のトサカに似ているからだろうか。
だとすると、真っ赤なソフトコーラルがあってもいい気がするが、あまり見かけない。
そもそも、鳥のトサカに似ているとは、僕には到底思えないのだが。

柏島では、トサカの仲間の中でも「トゲトサカ」をよく見かけた。

トゲトサカは、僕が暮らしている沖縄の水中でも出会うことができる。
でも、おそらく本州の海に比べると数は少ない。
そして、運よく出会っても、そこに他の生き物がついている確率が低いように思う。

さて、柏島ではどうだろう。
トゲトサカを住処にしている生き物は、どれくらいいるのだろうか?

心動くままに

トゲトサカが群生している場所まで、大樹さんに連れて行ってもらった。
とりあえず、その辺りで一番大きなトゲトサカを覗いてみる。

もはや、生き物を探す必要もなかった。
たくさんの目が、トサカの幹の部分を動き回っている。
よく見ると、目には顔がついていて、顔には体がついている。
当たり前のことを言っているようだが、魚の体色がトサカの幹の色と同じなので、目だけが異様に目立つのだ。

スケロクウミタケハゼ。それがこの魚の名前だ。
スケロクというのはおそらく歌舞伎の助六からとっているのだろうが、詳しいことはよくわからない。
僕は基本的に、そういうことにはあまり詳しくはない。

柏島には、とにかくこのハゼがたくさんいた。
大きめのトゲトサカを覗いてみれば、ほぼ100%の確率でいた。

こんなに綺麗な場所に、可愛いハゼがたくさん乗っている。
はっきり言って、楽勝で撮れると思った。
柏島ありがとう。そう思った。

しかし、いざ撮り始めてみると、なかなかうまく撮れない。
ハゼはちょこまか動き回るし、咲き誇ったトゲトサカのポリプがストロボの光を遮る。
ようやく「撮れた!」と思って再生してみると、顔の半分に光が当っておらず、心に闇を抱えたハゼのように写っていた。

結局、丸々1本をスケロクウミタケハゼの撮影に費やしたが、思うようには撮れなかった。
まあ、そんなこともある。
1本目はその海に慣れるためにあるんだ、と自分に言い聞かせた。

結局、2本目も丸々スケロクウミタケハゼに捧げた。
僕はそういう男だ。ものにするまで離れない。
そのしつこさが、水中写真家という職業に限って言えば、今のところいい方向に作用しているのかもしれない。

ひとまずトサカを生かしたカットはおさえた。
次に取り組む課題はガンガゼだ。

「ガンガゼ」や「トックリガンガゼモドキ」という棘の長いウニの仲間が、柏島にはたくさん生息している。
このウニを住処にしている魚や甲殻類も多く、ウニの棘と一緒に撮影すると、案外お洒落だったりする。

が、個人的には、今回の柏島ではあまりビビっと来なかった。
別にガンガゼが悪いわけではないのだが、他にも撮りたいシチュエーションがたくさんあるのだ。
だってここは、マクロの聖地なのだから。

僕の心を射抜いたのは、ガンガゼではなくウミシダだった。

生身の女の子への淡い恋心に揺れる“健全な男子”だった僕は、15年経って、ウミシダという棘皮動物に心トキメク“気持ち悪い男”になり替わっていた。
ちなみにウミシダ以外には、ウニやヒトデ、ナマコなんかが棘皮動物としてあげられる。
とてもじゃないが、「恋」なんていう言葉を使っていい相手ではない。

ウミシダは沖縄にも生息していて、僕も時々ウミシダを住処にしている生き物を撮影することがある。
でも、綺麗なウミシダはそんなにしょっちゅう見つからないし、たとえ見つかっても、そこに撮りたいと思える生き物がいることは稀だ。
ウミシダは、水中マクロ撮影においては、それ自体が主役として撮影されることは少なく、背景として生かされることが多い。

柏島はどうだろうか?
どんな色、どんな模様のウミシダが生息しているのだろう。
そして、何の生き物がそこで暮らしているのだろう。

水中で意識してウミシダを探してみると、まず、沖縄よりも色のバリエーションが多いことに気づいた。
蛍のように輝いていたり、カラスの羽のように艶やかだったり、どれも魅力的だ。

この色は沖縄では見ないな……と思って覗いてみると、アミメハギの赤ちゃんがウミシダの中を漂っていた。
なんだか、自分が凄腕ガイドになったような気分になる。

でも、それは違う。
柏島の海は、生き物で溢れているのだ。
単純に、生物の数が多いから、「ここに何かいたらいいな」という場所に、ちゃんと何かがいるのだ。

ウミシダに焦がれて

初日にウミシダの虜となった僕は、2日目も3日目も、4日目もウミシダを求め続けた。
視界の端っこにでもウミシダが映ってしまうと、もう気になってしょうがないのだ。

不思議なことに、「どんな色だろう?」と思ってライトを当ててもパッとしない色だったのに、試しに写真を撮ってみるとドキッとする色だった、ということがしばしばあった。

ウミシダの色や模様だけでなく、そこで暮らしている生き物たちも多種多様だ。
アミメハギやアオサハギなどのハギの仲間だけでなく、モンツキベラやヒマワリスズメダイ、タスジウミシダウバウオなんかも時間を忘れて撮影した。
おそらく、僕が無意識のうちに無視しているだけで、エビやカニの仲間も沢山いたのだと思う。

ウミシダがこんなにも美しく色っぽいということを、僕は今回の柏島で初めて知った。
それだけでも、柏島に来て良かったと思う。

別れの時

個人的にはウミシダを撮りまくって、ほぼ満足していた。
が、それだけでは終わらせてくれないのが柏島。
というか、それだけで終わらせてくれないのがまっちゃんである。

今回現地では、柏島ダイビングサービスAQUASさんにお世話になった。
AQUASのオーナーガイドがまっちゃん、松野和志さんだ。

お腹いっぱいウミシダを撮り終え安全停止をしていると、他のチームをガイドしていたまっちゃんと目が合った。
水中スレートに「ピンクのサンゴに…」と書きながら、僕をその場所まで案内してくれる。

そんなことが、何度もあった。
柏島では、ぼーっとしている時間なんてないのだ。

どのポイントを潜っても、生き物で溢れかえってた柏島。
他にも色々な生き物を撮影させてもらったが、到底書ききれないのでこの辺にしておこうと思う。

次は初夏の柏島も見てみたいな。
そんなことを思いながら、僕はマクロの聖地に別れを告げる。

因縁の塩タタキにも、今回しっかりリベンジできた。新鮮で旨かった。
(が、こっそりポン酢をつけたらもっと旨かった。カツオとポン酢の蜜月は、簡単には崩せないのだ)

今度来た時には、きっともう15年前のことは思い出さないだろう。
四国での記憶を丸っきり塗り替えてしまうくらい、柏島の海は刺激に満ちていた。

上出俊作

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水中写真家。 1986年東京都生まれ。 名護市を拠点に「水中の日常を丁寧に」というテーマで、沖縄の海を中心に日本各地の水中を撮影。 被写体とじっくり向き合う...

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