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沖縄ダイビングエッセイ〜恩納村のタイドプールで撮影したロウソクギンポの繁殖行動と鏡面写真〜

海のレポート

沖縄に居を構える水中写真家・上出俊作さんによる、海とダイビングにまつわるエッセイをお届けします。

移ろう天気、満ち引きする潮、ロウソクギンポの営み……。
写真が生み出される場所には、物語があります。
とある一日、恩納村のタイドプールで撮影した際の情景をお送りします。

起き抜けの天気

ぼんやりとした意識の中、枕元のスマホに手を伸ばす。
時刻は朝6時半。目覚ましをかけなかった割には早く起きた。

そのまま天気予報を確認する。
曇りのち雨。詳しい予報を見てみると、夕方から雨が降るらしい。
これならぎりぎり、タイドプールに行けそうだ。

30分ほど微睡んでから、ベッドを抜け出した。
「予報が外れて朝から雨なんてことはないよな…」
そんなことを思いながらカーテンを開ける。

雨でも曇りでもなく、晴れていた。
雲がまとわりついてくるような、梅雨らしい、じっとりとした晴れだ。

なんだか弄ばれてる気がして、笑ってしまった。
きっと、天気予報なんて当てにするなということだろう。
この時期の天気予報はコロコロ変わるし、そもそも島の天気は読みづらい。

どんな天気になったとしても、とりあえずタイドプールに向かってみようと思い直し、撮影機材の準備を始めた。

タイドプールというのは、いわゆる潮だまりのこと。
普段は海の一部だが、潮が引くと外海と切り離され、海水の水溜りができる。
沖縄にはタイドプールがたくさんあるし、もちろん日本中の至る所にある。

満潮でも水深が2mか3mくらいなので、通常のダイビングで訪れる場所ではない。
子供たちが磯遊びをしたり、地元の人が海藻や貝を獲ったり。
レジャースポットと言うよりは、生活に近い場所なのだろう。

タイドプールへ

10時過ぎに名護の自宅を出た。
ちゃんと、と言うのもおかしい気がするが、その頃には空は厚い雲に覆われていた。

向かうは、恩納村のとあるタイドプール。
12:20頃の干潮に狙いを定めて、車を走らせる。

国道58号線を南下しながら、許田インターの手前で右手に広がる名護湾を眺める。
穏やかだ。陸上の景色がそのまま全部写りそうなくらい、水面はつるりとしている。
しかし実際には、何も写っていない。あるいは、僕に見えていないだけだろうか。

この場所を通るたびに、海を眺めている。
おそらくもう、1000回以上この景色を見ている。
海と空の境界をなくす朝霧。定置網の中に落ちてゆこうとする夕陽。
いくつかの印象的な光景はあったが、ほとんどが月並みな景色だったはずだ。
それでも毎回、「この場所に移住してきて良かった」という思いが頭に浮かぶ。

恩納村に入ったあたりで、雨が降り始めた。
パラ、パラ、と、雨粒がやる気なく落ちてくる。

なんだか忙しいお天気だ。

11時前に、タイドプールがある場所に到着した。
雨は上がって、お天気は曇り。風はそよそよ。
上々のコンディションではないだろうか。

タイドプールでの撮影は、通常の水中撮影以上にお天気の影響を受けやすい。
一度潮が引いて外海と隔離されると、そこは文字通りプールとなり、数時間後に潮位が上がってくるまで水が入れ換わらない。

そのため雨が降れば、取り残された海水と空から落ちてきた淡水が混じり合うことになる。
塩分濃度の違う水は、すんなり混ざってはくれず、ケモクラインという水の層を形成する。

これが、撮影にはやっかいなのだ。
「水の層」といっても、海水と淡水が綺麗に分かれるわけではない。
実際には、水面下数10㎝がモヤモヤーっとする。
「モヤモヤ」というのがケモクラインのために作られた言葉であるのではないかと思うくらい、本当にモヤモヤする。
この状態ではピントも合わせられないし、仮に合ってもゆらゆらした写真にしかならない。

ちなみに、モヤモヤとゆらゆらがどう違うのかは、自分でもよくわからない。

春の大潮に惑う

とりあえず状況を見てみようと思い、車を降りて、手ぶらでタイドプールに向かった。
思ったより、すでに潮が引いている。おかしい。
どう見ても、今が撮影すべき時間のように見える。

干潮の時間が12:20頃だったので、余裕をもって1時間半前に到着していた。
早めに水中を散策して、被写体の目途をつけて、心の余裕をもって撮影に臨みたかったからだ。

が、読みが甘かったらしい。
春の大潮をなめていた。
干潮の潮止まりで撮影しようと思っていたが、これ以上潮が引くと、浅すぎて逆に撮影しづらくなってしまう。

急いで車に戻り、ウエットスーツに着替えた。
カメラとマスク・スノーケルを持って、小走りでタイドプールに向かう。
いつもはウエットスーツを着る時に蚊の大襲撃を受けて気が滅入るが、急いで着替えれば案外刺されないものだな、なんてどうでもいいことが頭に浮かんだ。

本当はタイドプールの中を泳ぎ回って、どこにどんな生き物がいるのか確認したかったけれど、そんな時間はなさそうだ。
とりあえずいつも撮影している場所に向かって、中腰になり水中を覗いてみる。

ああ、やっぱり。
ロウソクギンポたちが、すでに求愛の真っ最中だった。
オスが巣穴から体をぴょこぴょこ出し入れして、メスにアピールしている。
おそらく、すでに成立したカップルもいるのだろう。

タイドプールという特異的な環境には、通常のダイビングでは観察できない様々な生き物が暮らしている。
そのうちのひとつが、ロウソクギンポ。
タイドプールのアイドル、あるいは主役と言ってもいいだろう。
あのとぼけたような表情は、一度見たら忘れられない。

ロウソクギンポに没頭

特に春から夏にかけては、繁殖行動が観察できる。
メラメラの婚姻色を纏ったオスの美しさと、滑稽とも言えるぴょこぴょこアピール。
このギャップに心を奪われてしまうダイバーも多い。

ともかく、すでに今日の熱い時間は中盤に差し掛かっているわけで、急いで撮影しなければならない。
水面から20㎝前後、いたる所でロウソクギンポのオスがぴょこぴょこしている。
ばっちり紺色と黄色の婚姻色に変身している個体もいれば、まだ平時の白っぽさを残した個体もいる。
きっと人間と同じで、ガンガン攻めまくる派手な男もいれば、引っ込み思案で奥ゆかしい男もいるのだろう。

遠くの方で、うまくメスを誘い込み、自分の巣穴に隠すように受け入れたオスが視界に入った。
もっと堂々とイチャイチャすればいいのにとも思うが、これが彼ら、彼女たちの流儀なのだろう。

まずはこのカップルを撮影しよう、と決めてそちらに向かった。
オスは、何事もなかったかのように顔を出している。
その体色に見惚れながら、夢中でオスだけを撮影した。

5分くらい経過しただろうか。
そのうちメスが顔を出したり、何かカップルっぽい行動が始まるのかと思っていたが、何も変化がない。

メスが一度オスの巣穴に入ったら、どれくらい入っているものなんだろう。
事前にもう少し調べてくればよかった…

というか、そもそもこの穴にメスは入っているのだろうか?
周りにもたくさんロウソクギンポはいるし、誘い込んだのがこの個体、この巣穴だったのか自信がなくなってくる。

オスの顔を見ていると、飄々としていて、とても中にメスを隠しているようには見えない。
むしろ、これからメスを誘い込もうという気概すら感じられる。

そんなことを夢想していると、突然オスは巣から飛び出し、雌がひょっこり顔を出した。
おー良かったーと、安心している暇はない。
どうしてもカップルの写真はおさえたい。

このメスが、産卵を終えて出てきたのかどうかはわからない。
もしかしたら、少し息苦しくなって外の空気を吸いに来ただけかもしれない。が、どちらにしろ、ここでずっとひょっこり顔を出している理由もないだろう。
きっと、またすぐに見えなくなってしまうはずだ。

なんとかツガイらしい姿を1枚の写真でとらえようと、必死でシャッターを切った。
シャッターを切れたのは10枚ほど。
もっとこう撮りたかった……という気持ちもないではないが、1枚はまともに残せた。
メスはどこか遠くに泳ぎ去り、オスは何事もなかったかのようにまた顔だけを覗かせていた。

引き潮のチャンス

12時頃、潮はほぼ引ききった。
いつのまにか、タイドプールにちらほらと人が集まってきている。

腰が曲がりながらも慣れた足取りで歩く地元の老人は、ほっかむりをしているためおじいかおばあかわからない。
小さな銛のようなものを持っているから、今晩のおかずでも獲っているはずだ。

真っ黒に日焼けした、高校生くらいの女の子2人組は何をしているのだろう。
たまに水面に顔をつけて、水中を覗いては、はしゃぎあっている。
もしかしたら彼女たちもロウソクギンポを観察しているのかもしれない。
きっと違うが、そうであったら嬉しい。

他に撮れそうな子はいないかと、ウロウロと探し回ってみた。
すでに干上がっている場所も多く、なかなか見つからない。

そろそろ引き上げようかなと思った時、水面下ギリギリのところでピョコピョコやっているオスを見つけた。
チャンスだ。鏡面写真が撮れるかもしれない。

鏡面写真が撮れる時間は限られている。
撮影できるのは、被写体の頭がちょうど水面ギリギリに来る数分だけだ。

急いでカメラを構えた。
ここはなんとかものにしたい。
この緊張感が、あのほっかむりの老人や女の子2人組に伝わっているだろうか。
きっと、変な人がいるな、くらいにしか思われてないだろう。
水溜りに寝そべっている大人は、どう見ても異様だ。
あるいは、僕の存在すら認識していないかもしれない。

ひとまず、オスの鏡面写真が撮れた。
最低限の仕事はできた。
別に誰かに撮って来いと言われたわけではないのだが、それでも撮れればほっとする。

そのまま撮り続けること数十秒。
ファインダーの中に、ちらっと白いものが見えた気がした。
海老反りのような体勢が苦しくて、細かい部分まで気を配れない。

もう一度、ファインダー越しに白いものが見えた。
ゆらゆらしながらも、今回ははっきり見えた。

この巣穴にもメスが入っていたのだ。
実像は見えないが、巣穴からひょっこり顔を出したメスの虚像が水面に写っている。

夢中でシャッターを切った。
カップルの写真もオスの鏡面写真も撮ったことはあるけれど、カップルの鏡面写真は撮れたことがない。
チャンスというのはふとした瞬間にやってくるんだなと、つくづく思った。

タイドプールの記憶

さすがに潮も引いたので、陸に上がって少し休むことにした。
今日はサクッと撮影して帰るつもりだったから、お昼ご飯を持ってきていない。
が、なんとなく、まだ帰る気にもならなかった。

このタイドプールには、ちょうど1年前、ゴリラハウスの石野昇太くんに連れて来てもらった。
ターキーダイビングサービスの瀧沢駿くんと、ダイブジャーニーの高田洸也くんも一緒だった。
この3人は僕と同世代。
水中写真が大好きで、会えば写真と海の話で盛り上がれる大切な仲間だ。

通常のダイビングは、みんなで行っても、水中では孤独。
バディはいても、基本的に話すことはできない。

僕なんかは論外で、カメラを持つと写真を撮ることばかりに気を取られて、一緒に潜っている人のことさえ忘れてしまう。
もう10年近く前だろうか。
ダイバーの彼女と、よく一緒に潜りに行っていた。

「俊作と潜ってても一緒に潜ってる気がしない」と言われたのも、今ではいい思い出。
彼女と結婚はできなかったが、水中写真家にはなれた。

さて、タイドプールである。
こちらは、ダイビングと違って、水面から顔を上げればみんなでお話しできる。

男4人でおしゃべり、というのもなんだかあれだが、これが案外楽しかった。
「こっちに婚姻色のロウソクギンポがいっぱいいるよー」とか「ここ鏡面が撮れそう!」なんて話ながら撮影していると、あっという間に時間が過ぎた。
普段一人でいることが多いから、僕は余計に楽しかったのかもしれない。みんなはあの時どう感じていたんだろう。

休憩のタイミングは決めていなかったので、それぞれが疲れたら勝手に休憩した。
遠くから、駿くんの叫び声が聞こえてくる。笑いながら悲しんでいるような、変な声だ。
どうやら、持ってきたお弁当がカラスに食べられてしまったらしい。
きっとそんなハプニングがあったから、この日のことがより強く記憶に残っているんだろう。

いわゆるピクニックというのはしたことがないが、きっとあれは大人のピクニックだったんだろうな。
クーラーボックスにぽつんと入っていたジュースを飲みながら、そんなことを思い出していた。

リーフエッジを眺めると、外海とタイドプールの境はまだはっきりしていて、しばらく外から水が入ってきそうな気配はない。
やっぱり、もう少しだけ撮影してから帰ろう。
他の被写体を撮ってみてもいいかもしれない。

カメラを手に取り、さっきまでよりも軽い足取りで、僕は再びタイドプールに向かった。

上出俊作

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水中写真家。 1986年東京都生まれ。 名護市を拠点に「水中の日常を丁寧に」というテーマで、沖縄の海を中心に日本各地の水中を撮影。 被写体とじっくり向き合う...

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