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西表島ダイビングエッセイ〜マングローブのトントンミーと鹿ノ川中の瀬のマンタ〜

海のレポート

沖縄に居を構える水中写真家・上出俊作さんによる、西表島の水中を舞台にしたエッセイをお届けします。これまで語られることが少なかった、撮影時の旅情を豊かに綴っていただきました。

西表島で思いを馳せた、過去、現在、そして、未来……。
一味違う表現で、次のダイビング旅へと誘います。

雨の西表島へ

石垣港離島ターミナルの待合室から船着場を眺めていると、いつの間にか雨粒が水面を揺らし始めていた。
さっきまで薄曇りだった空が、14時だというのに夕方のように暗い。うりずんのイメージとは真逆の光景が、非現実的にすら感じられる。

4月、沖縄は一年の中で最も爽やかな時季を迎える。
どんよりと肌寒い冬と、蒸し風呂のような夏の間にある、ほんの一瞬の心地いい季節。徐々に存在感を増す太陽が海を青く染め、森はみずみずしく輝く。

僕たちは何かと理由をつけて、テラスでビールを飲み続ける。
うりずんとはそんな季節だ。

石垣港に辿り着くほんの数時間前までは、まさにうりずんを感じさせるお天気だったのだが……
イメージを膨らませ過ぎた分、現実がやけに不幸なことに感じられてしまう。

ふと、数年前に東京の実家で読んだ雑誌の中の、こんな言葉を思い出した。

「雨はただの雨で、日頃の行いが悪いわけでもないし、何かの恵みでもない。自分でコントロールできないことに一喜一憂するのはやめよう。」

確か、株式会社ユーグレナの出雲社長の言葉だったはずだ。細かい文言は覚えていないが、主旨は間違っていないと思う。

この言葉を思い出したのは偶然ではない。
石垣港離島ターミナルの正式名称は、ユーグレナ石垣港離島ターミナル。
株式会社ユーグレナは石垣島と深い関わりがあり、現在は離島ターミナルにもアーケード商店街にも、「ユーグレナ」の名前がついている。

ぼんやりとそんなことを考えていると、乗船案内のアナウンスが聞こえてきた。
5番の桟橋から高速船に乗り込む。1時間ほど波に揺られると、西表島上原港に到着した。

雨はいよいよ本降りになっていたが、「やっぱり西表には雨が似合うな」なんてうそぶいていたのだから、調子がいいものだ。

光とマングローブ

西表島には、4年前から毎年来ている。
初めてこの島を訪れた時、その唯一無二の自然に心を奪われた。

マングローブに射し込む光の中、魚が目の前を通り過ぎていく。
あの、単に静かであるよりももっと静かな時間。
それは何にも変え難く、贅沢だった。

沖縄で暮らしている僕にとっても、西表は特別な場所だ。
憧れ続けていると言ってもいいのかもしれない。

今回の旅でも、撮影のメインテーマはマングローブ。天気にばかり気を取られるのはそのせいだ。

「マングローブを撮る」ということは、実際には「マングローブに射し込む光を撮る」ということに近い。

マングローブの森に分け入り水中を覗くと、まず誰しもがその暗さに驚く。
絡みあうように群生しているヒルギの木が、緑々とした葉でびっしりと空を覆い、そこに中途半端な光は届かない。

晴れた日の強烈な光だけが、葉を掻き分け、木漏れ日となって暗い森の中を照らす。その光線は、刻一刻と差し込む角度と強さを変え、静かな空間の中で主役としての存在感を示し続けるのだ。

はっきり言って、光のないマングローブはちょっと寂しい。

結果的に、マングローブ撮影を予定していた3日間のうち、晴れた日は一日もなかった。
こればかりは仕方がない。
お天気はコントロールできないし、自然は思い通りに動いてくれないから面白い。

執念深く雲が切れるのを待つという選択肢もあった。
でも、それはなんだか気持ちも疲れそうだったので、やめた。

なにもマングローブの撮影は、光を撮るだけが全てではない。
そこに住む生き物たちをじっくり撮影するのも、西表ならではの楽しみだ。

トントンミーとの駆け引き

マングローブにのぼるミナミトビハゼ

満潮の時間を狙って、西表島西部のクイラ川に向かった。
河口から少し入ったあたりで船を留める。
水深は1mちょっとだろうか。船縁にかけた梯子から静かに降りる。

足の着く水深ではあったが、カメラを抱えて岸の近くまで泳いで行った。
いよいよ泳げない水深になったところで、フィンを脱いで立ち上がる。
ここまで来ると、そこはもうヒルギの森の中だ。

ヒルギは、マングローブを主に構成している樹木の総称のこと。
海水と淡水が入り混じる汽水域で育つための知恵をいくつも持った植物だ。

例えば、吸収した塩分を葉に溜め込み、落葉する。
黄色に色づいた落ち葉は、噛むとほんのり塩味がするとも聞くが、僕にはまだ泥の上に落ちた葉っぱをかじる勇気がない。

それはともかく、このヒルギは小さな住人たちのゆりかごだ。

ここからは、音を立てないように慎重に移動しなければならない。
彼らとの駆け引きは、すでに始まっている。

陸地に向かってそーっと歩いていると、足下で何かが低く飛んだ。
さらに足を踏み出すと、また飛んだ。
飛んだ方に目を向けてみても、揺れる水面が目に映るだけで、実際に飛んでいる姿は見えない。
忍者の森に迷い込んだような気分になる。

目を凝らして、周囲をよく観察してみる。
すると、水上に出たヤエヤマヒルギの根の上で休んでいるトントンミーと目が合った。
不思議なもので、1匹見つかると、その後はどんどん見つかる。
気づけばいたる所でトントンミーたちが休んでいた。

ミナミトビハゼを正面から見た顔

トントンミーというのは沖縄の方言で、和名はミナミトビハゼ。
海外ではマッドスキッパーと呼ばれているらしい。その名の通り、泥の上をピョンピョン飛び跳ねる。
ムーミンのような顔が愛らしく、マングローブのアイドルと言っても差し支えないだろう。

トントンミーには失礼だが、ぬめっとした体とその生育環境を見ていると「カエルみたいだな」なんて思ってしまう。

しかし、ヒレを広げるとやはり魚だ。
オス同士で威嚇し合っているのだろうか。あるいは、メスに求愛しているのかもしれない。
正面から見た時のムーミン顔とは対称的に、横から見た背ビレは何だか勇ましい。

背びれを広げるミナミトビハゼ

トントンミーは数がたくさんいるし、色んなシチュエーションで撮影ができるので、時間がいくらあっても足りない。
今回もたっぷり時間をかけて撮影したのに、すぐにでもまた行きたいと思ってしまう。
トントンミーには、うまく言葉にはできないけれど、人を惹きつける何かがあるのだ。

はじめての鹿ノ川中の瀬

さて、ここまでマングローブの話ばかりしてきたが、実は今回もう一カ所、どうしても行ってみたい場所があった。
それは、島の南西に位置する人里離れた湾、鹿川湾にある鹿ノ川中の瀬というポイントだ。

その名前をいつ知ったのか、自分でもよくわからない。
でも、何となく憧れていた。

鹿ノ川中の瀬では、冬から春にかけて高確率でマンタ(ナンヨウマンタ)と出会える。
実は、これまで西表に来ていたのはいつも夏。
今回4月を選んだのは、どうしても鹿ノ川中の瀬でマンタを撮影したかったからだ。

こんなことを言うのもあれだが、鹿ノ川中の瀬は、八重山にいくつかあるマンタポイントの中で特に個性的というわけではない。

ポイント名のインパクトでいうと、川平石崎の圧勝だ。
マンタスクランブルとかマンタシティとか、名前を聞いただけで居ても立っても居られなくなる。

スクランブルと言われたらマンタが乱舞していそうだし、シティと言われたらマンタがおとなしく待ってくれていそう。
まあ、勝手な想像だが。ネーミングの力は侮れない。

撮影のロケーションとしてはどうだろう。
真っ白な砂地をマンタの連隊が行進していく、あのヨナラ水道には及ばない気がする。

では、なぜ僕はそんなに鹿ノ川中の瀬に行ってみたかったのだろう。
ひとつには、単純に「行ったことないから」というのもあるが、もう一つの理由の方が大きい。

「西表でマンタを撮影したい」

おそらくこれだ。
大好きな西表をもっと知りたいし、もっと撮りたい。
そういう気持ちがいつの間にか芽生えていた。

西表のマンタに神々しさを思う

鹿ノ川中の瀬のマンタ

実際、鹿ノ川中の瀬に到着してすぐに、来て良かったと思えた。
湾の中にポイントがあるので、すぐ近くに西表の森が見える。
ちなみにヨナラ水道も西表と言えるが、「西表で潜ってる感」はあまりない。

水中に入ってみると、想像以上に癒し系の景観が広がっていた。
サンゴに彩られた根の上を、グルクンの群れが流れるように移動していく。
沖に目を向けると、根の向こう側は真っ白な砂地だ。

沖に出て砂地を泳ぎたい衝動を抑えて、根でマンタを待つ。
以前は、広大な根をサンゴがびっしりと覆っていたらしい。
今ではだいぶ減ってしまったと言うが、それでも十分に綺麗だった。

鹿ノ川中の瀬のグルクン

1本目こそ「グルクンの群れを切り裂いてマンタが登場しないかな」と妄想しているうちにタイムオーバーとなってしまったが、2本目、3本目は無事マンタと出会うことができた。

クリーニングステーションとなっている根はひとつではないようで、マンタたちが根から根をホッピングしていく。
「いなくなっちゃった」と思ったら別の方向からひょっこり現れたりして、何だかお祭りみたいだ。

水中にいたのが僕たちのチームだけだったこともあり、のんびりとマンタを撮影できた。
有名すぎず、ダイバーが多すぎないのもこのポイントの魅力なのかもしれない。

じっくりマンタを観察していると、自然と個体識別をするようになってくる。
「あのマンタはさっきも見たな」とか「あのお腹が真っ白な子は初登場だな」とか。

特に、2本目の後半に現れたマンタが印象的だった。
尻尾が切れ、班や傷が多く、まるで戦火を潜り抜けてきた老兵のよう。
体中に刻まれた深い皺に、このマンタだけが知っている歴史が刻まれているような気がした。

鹿ノ川中の瀬の尻尾が切れたマンタ

身体は小さく見えたし、実際にはそれほど年老いた個体ではなかったのかもしれない。
だとしても、つるっと真っ白な個体よりも、撮影者を惹きつける何かがあった。

そもそもマンタという生き物は、ダイバーにとって特別な存在だと思う。
その動きと佇まいのすべてが神々しい。
これほどまでに「舞う」という言葉が似合う海の生き物は、他にいない。

色あせぬマンタへの憧憬

僕自身が初めてマンタと出会ったのは、12年前の石垣島だった。
ダイビングを始めたばかりの大学4年生、卒業間際の一人旅。

季節外れの川平石崎マンタスクランブルに、何度もチャレンジさせてもらった。
なかなか出会えなかった分、遠くから泳いでくるマンタの影が見えた時のゾクゾク感は、物凄かった。
あの時の興奮は、今も全く色褪せていない。

いつか画面いっぱいにマンタを入れて、お腹に光を当てて、迫力のあるマンタの写真を撮りたい。
そう思った。

「こんな水中写真が撮りたい」と思ったのは、あの時が初めてだったと思う。
そういう意味では、僕の水中写真家としての原点と言えるかもしれない。
水中写真家になった今も、僕はあの頃と同じようにマンタに憧れている。

鹿ノ川中の瀬のマンタの乱舞

穏やかな時を奏でて

今回の旅では、マングローブに射す光は撮れなかった。
でも、それはそれでよかったのかもしれない。
静かに流れる時間の中、そこに住む生き物たちに思いを馳せ、穏やかな心で過ごすことができた。

これから、この島がどういう歴史を歩んでいくかはわからない。
順当にいけばこの夏、西表島は世界自然遺産に登録される。
そうなれば、島を取り巻く状況も今とは変わってくるだろう。

朝、鳥たちの大合唱で目覚め、花々の甘い香りに包まれながら「昨日の夜も蛙の鳴き声が凄かったね」と笑いあう。
この先も、そんなことが許される場所であってほしいと願いながら、西表島を後にした。

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上出俊作

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水中写真家。 1986年東京都生まれ。 名護市を拠点に「水中の日常を丁寧に」というテーマで、沖縄の海を中心に日本各地の水中を撮影。 被写体とじっくり向き合う...

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