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沖縄フォトエッセイ〜まだ見ぬ、水中の日常を求めて〜

海のレポート

沖縄に居を構える水中写真家・上出俊作さんによる、海とダイビングにまつわるエッセイをお届けします。

「水中の日常を丁寧に」というテーマで撮影を続けてきた上出さん。
東京滞在の折、心に抱いた疑念を払拭するために、名護の自宅に帰るやいなや、海へ。
そこでモノにした一枚と、その時、胸に抱いた感情とは?

写真家として、歩みを止めない。
その心情を細やかに紡ぎ出します。

もう一度、真剣に

羽田空港を離陸してから、ずっと考えていた。
沖縄に帰ったら何を撮ろうか、と。

海に入って小さな生き物たちと向き合えば、何かしら写真は撮れるだろう。
名護湾でマクロ写真を撮ることは、自分にとって大事なライフワークだ。
いつも通り沖縄に帰っていたら、そうしていたに違いない。

でも、それではダメな気がした。
何かにチャレンジしないと、このモヤモヤした気持ちは処理できないような気がした。

東京に滞在したのは、ちょうど一週間。
6月に発売予定の写真集の色校正に立ち会うためだ。
仕事は順調に進んだし、目的は十分に果たせたと思う。

滞在中、ちょうど同じタイミングでマリンダイビングフェアが開催されていた。
ダイバーなら誰もが知っている、年に一度の大イベントだ。

確か前回参加したのは、10年ほど前だったと思う。
当時お付き合いしていたダイバーの彼女と一緒に、池袋デートがてら立ち寄ったのではなかっただろうか。

細かいことは忘れてしまったが、会場が溢れかえるような熱気に包まれていたことは朧げに覚えている。

沖縄に移住してから、東京で開催されるイベントは遠い国の話になってしまっていた。
こういうタイミングでもなければ、なかなか顔を出せる機会もないだろう。
せっかくなので、マリンダイビングフェアにお邪魔してみることにした。

イベント会場では、普段お世話になっている撮影機材メーカーさんやガイドさん、水中写真家の先輩方等、たくさんの方と会うことができた。
僕自身、初めての東京での個展開催や写真集の発行を控えたタイミングでもあり、みんなから「写真展開催おめでとう!」「写真集楽しみです!」と声をかけてもらって、素直に嬉しかった。
はじめましての方からは「上出さんの写真好きです」なんて言われたりして、顔には出さないように気をつけながら、心はフワフワ浮かれていた。

本来なら、そんな時は素直に喜んでいればいいのだろう。
大人になってから誰かに褒めてもらえる機会なんて、たくさんあるものでもないのだから。
でも、僕の心の中には、まったく別の感情が生まれていた。

自分は今も全力で撮影に臨めているのだろうか。
忙しさにかまけて、何より大事なはずの撮影という行為を、そしてそのための準備を疎かにしていないだろうか。

おそらくマリンダイビングフェアの会場で、写真家やガイドの方々の、撮影に対する真摯さの一端に触れたからだろう。
自分はまだまだ、やるべきことをやっていないように感じた。
人と比べることではないのかもしれないけれど、そう感じずにはいられなかった。

10年以上水中写真を撮り続けて、それなりに知識や技術が蓄積されてきたと思う。
それはそれで素晴らしい。自分で自分を褒めてやりたい。
よくもまあ、飽きずに続けてきたものだ。

でも、このままじゃいけない。
実際に何かが撮れるかどうかは別として、撮影という行為に、もう一度真剣に向き合う必要性を感じた。
とはいえ、まったく別のことをやりたいわけでもない。

僕は常々、「水中の日常を丁寧に」というテーマで撮影に取り組んできたし、おいそれと変えるつもりはない。
けれど、この“水中の日常”からは離れず、これまで自分が取り組んできたことの延長線上で、どんなチャレンジができるだろう?
そんな気持ちを抱えながら、先ほど飛び立ったばかりの飛行機は那覇空港に着陸した。

フタイロハナゴイ

サンゴの森へ

名護の自宅に帰った翌日の朝、車で15分ほどの場所にあるビーチに向かった。
海に着くと、ダイバーも釣り人も、観光客も誰もいない。
空を見上げれば、輝く太陽にはすでにどんよりとした冬の面影はなく、かと言って夏のような暴力性も感じられない。
まさにうりずんの季節らしい、気持ちのいいお天気だ。東からの風が、緩やかに肌を撫でていく。

こんな日に人っ子一人いないなんて、どれだけ人気のない海なんだろう。
そんなことを思ってしまったが、それもおかしな話だ。
8年間沖縄本島北部に住んでいる僕ですら、この場所には来たことがなかったのだから。

友人のガイドから「あそこのサンゴ綺麗みたいやで」という話を聞いたのは、冬が始まる前だったろうか。
せっかく近所だし一度来てみようかなと思いながら、結局来られずにいた。
冬はクジラの撮影とツアーで忙しかったし、今年は写真展と写真集の準備もあったし……。と、理由をつけようと思えばいくらでもつけられる。でも、それはただの言い訳だ。
沖縄で暮らして「水中の日常を切り取る」といいながら、僕は家の近くに残る貴重な自然に目を向けていなかった。

東京からの帰り、そんなことに思い当たり、沖縄に帰ってきたらまずはここに来てみようと思った。
初めて来たとはいえ、この辺りはもう何百回も通り過ぎている場所。
どんな風が吹けば凪になるか、どんな潮周りなら撮影がしやすいか、なんとなくわかる。
沖縄に帰った翌日、たまたま全ての条件が整っていた。

海に着くと、早速ドライスーツに着替えて海に入る。
目の前に広がっているのはガレ場だ。サンゴは全くない。
そして、なんだか視界が悪い。なぜだろう。透明度も天気も悪くないのに。

ひとまず沖に向かって泳いでみた。すると、だんだん視界が良くなっていく。
そこで気が付いた。あ、あれはケモクラインだったのか、と。
生活排水なのか湧き水なのかわからないけれど、この場所にはどうやら真水が流れ込んでいるようだ。
海水と真水が混ざり合うことで、視界がモヤモヤしていたらしい。

そんなことを考えながら泳いでいると、ポツポツとサンゴが姿を見せ始めた。
サンゴに導かれるように泳ぎ続けていくと、徐々にサンゴの密度が濃くなっていく。

気づけば目の前には、サンゴの森が広がっていた。
はっきり言って、ここまで凄いとは思っていなかった。
岩肌が見えないくらい、様々な種類のサンゴがビッシリと根を覆っている。

この辺りの海域はソフトコーラルの群生が綺麗なことで知られているが、ここで生きているのはほとんどがハードコーラルだ。
自分がどこの海にいるのか一瞬わからなくなるような、不思議な感覚に包まれた。

名護湾のハードコーラル

誤算

撮影しながら泳ぎ回っていると、今度はハードコーラルとソフトコーラルが共存している根を見つけた。
共存しているというのは勝手な解釈で、本当は日々激しく戦っているのかもしれない。

どちらにしろ、こういう景色は他の海ではあまり見たことがない気がする。
なんとなく得をしたような気分で撮影した。

普段は、アングルやカメラの設定を微調整しながら、じっくり時間をかけて撮影する。
でも、この時は違った。できるだけ早く撮影を終え、他の根を探した。
なぜ、僕がいつもと違う行動をしていたのかというと、一番の目的が「撮影」ではなく「調査」だったから。
夕方訪れるかもしれないチャンスに備えて、朝のうちにロケハンしておきたかったのだ。

調査結果に満足した僕は、藻で覆われツルツルになったスロープの上で転びそうになりながら、海を後にした。

名護湾のハードコーラル

西の空が黄色く色づき始めた頃、再びこの場所にやってきた。
朝には時折小さな雲が流れてきていたが、今ではそれも見当たらない。
風は静穏とは言えないまでも、朝よりも弱くなっている。

日没からちょうど一時間前、理想的なコンディションが整っていた。

さっそく海に入る。潮汐表通りに、潮もしっかり下がった。
今朝執拗に足を絡めとった藻たちは干乾び、そのツルツル感を完全に失っている。
これでもう、僕の邪魔をするものは何一つない。

目星をつけていた場所を、一ヶ所ずつ回ってみる。
サンゴがビッシリと群生していて、かつその水深ができるだけ浅い場所。
そんな所が今回の撮影に適しているはずだった。

それ自体は間違っていなかったと思う。
ただ、誤算があった。

目星をつけていた場所が、どこも浅すぎたのだ。
ここで撮影を始めたら、おそらく不意にサンゴを傷つけてしまうだろう。
結果的に凄い写真は撮れるかもしれないけれど、それは自分にとって、あるべき姿とは思えない。

せっかくロケハンしたし、条件もいいのに……。一日で思い通りに撮れるほど、自然写真は甘くないか。
一人そう嘯いたところで、ふと思い出した。
少し沖に出たところに、サンゴに覆われた根がちょこんとあったことを。

最後の望みを託して、根に向かう。
日没の時間を考えても、おそらくそこで撮り切るしかないだろう。
3分も泳がないうちに、根にたどり着いた。

先ほどまで見ていたエリアに比べると、少し水深が深い。
撮影は難しいものになりそうだ。
でも、根の周りには足の着く場所がないので、ここならサンゴを傷つけずに撮影できそうだった。

名護湾のハードコーラル

その時、見えたもの

僕たちが生活している、そのすぐ近くで生き抜いているサンゴ。
島の向こうに沈みゆく太陽に染められた、沖縄の広い空。
これらを一枚の写真に閉じ込めることができたら、面白いんじゃないか。
そしてそれは、沖縄の海の近くで暮らす自分だからこそ、撮れる写真なんじゃないか。

そんな思いで、撮影に臨んでいた。

初めての試みだから、当然最初はうまく撮れない。
半水面でストロボを使ったことがなかったので、どうやってライティングすればいいかわからなかった。
画面の下半分が浮遊物の写りこみだらけになったり、あるいはサンゴに光が全然当たらなかったり。

ストロボの位置と強さを調整しているだけで、どんどん時間が過ぎていく。
ようやく整ったのは、日没がすぐそこに迫った頃だった。水中はすでに暗い。

呼吸を整え、さざ波のリズムに心を合わせる。
ファインダーの四隅を見て、フレーミングを決める。
その空間に自分を溶け込ませるような気持ちで、シャッターを切った。

モニターに写し出された画を見てドキッとしたのはいつぶりだろう。
それは、想像していた以上の光景だった。

自分で撮った写真を見て、自分で感動していた。

夕日と名護湾のハードコーラル

太陽が島にかかろうとしている。
慌てて他のカットも狙ってカメラを構える。
何枚か撮影したところで、ふと思った。

もういいんじゃないか、と。

この静かな時間と光景を、僕は独り占めしている。
こんな贅沢、他のどこにもないのかもしれない。

水面にプカっと浮かんで、優しく揺れる水面に身を委ねながら、沈みゆく太陽を見送った。
慣れていない場所だし、真っ暗になる前に陸に上がろう。
刻一刻と表情を変える西の空に少しだけ後ろ髪をひかれながら、僕はその日二度目の帰路に就いた。

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【NEWS】上出俊作、写真展開催&写真集発売!

「陽だまり」と冠した写真集&写真展。「青」のない水中マクロ写真作品群、そこに広がる小さな生き物たちが主役のもう一つの世界をご堪能あれ。

【写真展】
2022年6月3〜23日、FUJIFILM SQUARE(東京ミッドタウン)にて上出俊作写真展「陽だまり レンズ越しに見つめた10mmの海」を開催!
また、10月7〜20日には富士フイルムフォトサロン(大阪)での巡回展も予定されています。

詳細は>>https://fujifilmsquare.jp/exhibition/220603_03.html

【写真集】
2022年6月1日、上出俊作初の写真集『陽だまり』が発売されます。約100点を112ページの大ボリュームでお届け!購入は、下記のECサイトより。

詳細・購入予約は>>https://hidamaribook.base.shop/items/62155806

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上出俊作

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水中写真家。 1986年東京都生まれ。 名護市を拠点に「水中の日常を丁寧に」というテーマで、沖縄の海を中心に日本各地の水中を撮影。 被写体とじっくり向き合う...

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