キンスイって何!?エア切れしても浮上中に空気が吸える魔法の方法!?
ダイビングに限らず専門用語の中には略語がしばしば登場します。
ダイビングなら、ダイコン、ワイコン、リスコンなどなど……。
パッと思いついたものを挙げてみましたが、どれも「コン」がつきますね。
これらの「コン」はどれも違う意味で、ダイコンはダイブコンピューター、ワイコンはワイドコンバージョンレンズ、リスコンはリストコンパスです。
さて、今回扱うのはキンスイ。
「キンスイだけはしたくないよね」
「でもキンスイは最悪の場合の想定として講習でしっかりやっといた方が良いよね」
こんな会話があるかどうかはさておき、インストラクター間の会話では、よく略される言葉です。
キンスイとは緊急スイミングアセントのこと。
緊急スイミングアセントとは、エア切れの際の緊急浮上手順のひとつです。
ざっくり言ってしまうと、
「バディからエアを貰うことなく、1人で水面を目指す方法」
なのですが、それだと少し不正確。
他の緊急浮上手順と比較すると、緊急スイミングアセントがどんなものか、理解できます。
緊急浮上手順とは?
エア切れの際の緊急浮上手順には危険な順に以下の4つがあります。(危険な順については指導団体やインストラクターによって若干の変動があります)
- 緊急浮力浮上(ポジティブボイヤントアセント)
- バディブリージングアセント
- 緊急スイミングアセント
- オクトパスブリージングアセント
危険な順に定義を見ていきましょう。
緊急浮力浮上(ポジティブボイヤントアセント)
これはもう、本当にこれしかない!という手段です。
イチかバチか、ウエイトを捨て、水面を目指します。
できるだけ浮上速度を遅くするため、身体を大の字に広げる(フレアリング)などの対処をとりますが、そもそも息が続かなくてはダメなので、最終的には浮上速度に構っていられなくなるでしょう。
浮上速度をコントロールしないので、減圧症のリスクが非常に高いだけでなく、焦ったあまり息を吐き続けることを忘れてしまえば、肺の過膨張傷害の危険性も高まります。
エア切れで水中深くにとどまったところで死を待つのみであれば、多少の後遺症やその他のリスクを負ってでも、水面に生きて帰る、ぐらいの発想です……。
少し前まではどの指導団体でも講習カリキュラムにも含まれていないスキルでしたが、最近はインストラクターが安全を確保した上で、練習を行う指導団体も一部存在します。
ちなみに、なんで浮上速度を遅くしなきゃいけないの?安全な浮上速度ってどれぐらいだっけ?という方は、こちらから復習してくださいね!
なんで息を吐き続けないと過膨張傷害に?という方はこちらから。
バディブリージングアセント
ある意味ノンダイバーの方々に有名な方法です。(笑)
なんてったって海猿で仙崎が……そう、水中で1つのレギュレーターを2人で共有する方法です。
2呼吸ずつ交換することが一般的です。
しかし、海上保安庁の様に極限まで装備をコンパクトにする必要がある世界とは違い、レジャーダイビングの世界において、
オクトパスが無い!
という状況が、現在はほぼあり得ないので、講習で練習することはまずありません。
多くの指導団体で、プロレベルの講習になると実際にバディブリージングを行う機会がありますが、それまではテキストにちらっと出てくる程度、もしくはまったく登場しない、ものになりつつあります。
緊急スイミングアセント
今回のテーマである緊急スイミングアセント。
先ほど「バディからエアを貰うことなく、1人で水面を目指す方法」と言いましたが、これだけだと前述の緊急浮力浮上の様に見えますよね。
しかし、緊急スイミングアセントは、緊急浮力浮上ともまた少し違います。
こちらは「浮上速度をコントロールしながら」水面を目指します。
つまり、水中でウエイトを外すことは無く、1分間に9〜18mと言われている浮上速度を守って実施します。
この際、よく勘違いされるのがレギュレーターの位置。
間違っても外してはいけません。
安全に、とはいうものの、どう考えても楽しい方法じゃないことはわかりますよね。
どんな時に緊急スイミングアセントが必要になってしまうか?
それは、バディが近くにいない、もしくはバディも同時にエア切れ、のどちらかでしょう。
そう考えると、バディから離れすぎない事の重要性がわかりますよね。
さて、あなたはどれくらい息を止めていられますか??
30秒?1分?2分?
個人差はありますが、陸上で息を止めるよりも水中で息を止める方が、その時間は短くなりがちです。
それも踏まえると、大きく息を吸った状態から緊急スイミングアセントをしたとしても、安全に浮上可能な水深に限りがあることがわかりますね。
裏を返すと、なぜエントリーレベルが最大水深18mなのか、水深18mへ行くリスク、あたりが見えて来るのでは無いでしょうか。
緊急スイミングアセントはこれまでの2つとは違い、講習でも必ず練習するスキルです。
オクトパスブリージングアセント
最も安全なエア切れの対処方法です。もちろん講習でも練習します。
バディからオクトパスを貰い、1本のタンクの空気を2人で共有して浮上します。
現実的には、垂直浮上するよりも、エア切れが近い段階(場合によりますが残圧20程度でしょうか)でオクトを貰い、エキジットポイント近くまで(もしくはバディのエアが少なくなるまで)移動し、最後は自分のタンクのエアで上がって来る、というスタイルが多いかと思います。
緊急スイミングアセントのポイント
ここまでお読みいただくと、緊急スイミングアセントがどんなものか、ご理解いただけたかと思います。
では、緊急スイミングアセントを実施する際のポイントにはどの様なものがあるのでしょうか。
①ウエイトは捨てない
浮上速度をコントロールする必要があるので、ウエイトはつけたままです。
②パワーインフレーターを保持する
こちらも、浮上速度をコントロールするため、いつでも排気できる様、パワーインフレーターを持ちます。
練習の際、時々給気をしてしまう方を見かけることがありますが、そもそもエア切れの対処の練習です。
エア切れしている場合は、息が吸えないだけでなく、BCにも当然給気できません。
③レギュレーターは外さず連続排気
浮上中に息を止めることが無い様、息を吐き続けます。
この際「アー」と言い続けることで、一気に吐きすぎず、かつ連続排気を行うと良いでしょう。
④水面をしっかり目視する
必ず目視で水面の安全を確認し続けます。
⑤右手を上げて障害物に備える
目視だけではどうしても死角ができてしまうので、万が一障害物があってもまずは手に当たる様、右手を上げます。
⑥横に回転する
少しでも死角を減らすため、浮上中はゆっくりと横に回転します。
とはいえ、グルグルと回っていては動くために体内の酸素を消費してしまうため、浮上までに最低半回転はする、ぐらいでOKです。
※練習を始める前に
複数人での練習の際、順番待ちの間はBCを排気して待っている場合もあるかと思います。
その状態で練習を始めてしまい、単にフィンキックの力で浮上しようとしている方を見かけることがありますが、これではBCを少しずつ排気して浮力をコントロールする練習になりません。
ダイビング中は常に中性浮力のはず。
まずは中性浮力の状態を確認してから練習を行う様にしましょう。
中性浮力の状態で上手くBCを操作できれば、ほとんどフィンキックをしなくても水面まで安全な速度で浮上することができますよ!
エア切れしても空気が吸える魔法の方法!?
少し大きく出てしまいました。
魔法ということはありませんが、エア切れしても空気が吸えるというのは本当です。
といっても、一呼吸程度ですが……。
緊急スイミングアセントは、正しい手順だけでなくこの「一呼吸程度吸えるかもしれない」という点を知っておくことが重要です。
エア切れ、つまりタンクが空なのに吸えるわけがない、と思われてしまうかもしれませんが、実は、
エア切れ=タンクが空
ではないんです。
タンク内に残っている空気の量を示すのには「残圧」という言葉を使いますね。
残量ではなく残圧。
そう、あの値は圧力を示しているのです。
そして、エア切れ=残圧0、では無いんです。
ここで一度、何故空気を吸えるか、を考えてみましょう。
空気は常に、圧力の高い所から低い所に移動したがります。
呼吸で考えてみると、肺や気道、口の中の空気の圧力は周囲圧と同じです。
(じゃなければ肺が潰れるか破裂するかしてます。)
つまり、タンク内(→ファーストステージ→セカンドステージ)の圧力が、周囲の圧力(=肺や気道、口の中の圧力)よりも高いからこそ、口を開け、気道を開けると空気が流れ込んでくるわけです。
※厳密には息を吸う→横隔膜を下げて肺を膨らませることで体積を増加させ、一時的に体内の圧力を若干下げています。
と、言うことは、タンク内の空気と周囲圧の差が無くなってしまうと、いくら気道を開けても空気が流れてこない。
これが、エア切れの状態=空気が吸えない状態です。
つまり
エア切れ=タンクが空
ではなく
エア切れ=タンク内の空気の圧力が周囲圧と同じになってしまった=空ではない
のです。
さぁ、もう少しで浮上中に空気が吸える理由が解明されます。
水底でエア切れを起こして、緊急スイミングアセントで浮上したとしましょう。
すると、水深が浅くなるにつれて、周囲の圧力は低下します。
と、言うことは、その時点で周囲の圧力よりもタンク内の空気の圧力の方が高くなりますよね。
だから吸えるんです。
ではどのくらい浮上すれば呼吸することができるのか。
もちろん浮上を開始した水深や、個人の一呼吸に必要な空気量にもよりますが、これを計算で求めることができます!
エア切れで浮上した場合、再度呼吸できる水深の計算
例えば、水深18mで、10ℓタンク、水面で1回の呼吸量が1ℓだとしましょう。
ちなみに安静時の1回の呼吸量が約0.5ℓ、ヒトは最大で約2ℓを一気に吸い込むことが出来ると言われています。
従って、そんなに的外れな数字では無いと思います。
で説明した時と同じように考えていきますね。
水深18mでエア切れを起こした時、タンク内の圧力は周囲圧と同じ2.8気圧(≒2.8bar)です。
この時、タンクの容量が10ℓなので28bar・ℓという量の空気が残っています。
このタンク内の空気量は呼吸をしなければ浮上をしても変わりません。
ここで、一呼吸出来た時の水深、そこでの圧力をX(bar)とします。(Xアレルギーの人、ごめんなさい……)
すると、その水深でタンク内の空気の量がXbar×10ℓになってしまったときに、再びエア切れの状態となってしまいます。(10Xbar・ℓ)
そして、その水深で一呼吸に必要な量は1ℓ×Xbarです。(1Xbar・ℓ)
逆に言うと、方程式アレルギーの人ごめんなさい、方程式にすると
10Xbar・ℓ+1Xbar・ℓ=28bar・ℓ
という状態になったとき、一呼吸できるというわけです。
ということは、11X=28となり、X=2.5454barとなります。
つまり、水深15.45mまで浮上すれば、一呼吸できると言うことですね!
さらに考えを進めていくと……
18.00m→15.45m→13.14m→11.04m→9.12m→7.39m→5.81m→4.37m→3.06m→1.87m→0.80m
あれ!?結構吸える!?笑
おわりに
途中で一呼吸できるというのはあくまで計算上の話。
エア切れしても結構吸えるはずだからといって安心しきってもらっては困りますが、この事実を知っておくことは非常に重要です。
何が言いたいかと言えば、慌てて浮上しなくても、途中で一呼吸ぐらいはできるから、落ち着いて浮上速度を守りましょう、ということです。
計算をマスターするまでは求められませんが、この「途中で一呼吸ぐらいはできるはず」ということを知っているかいないかで、万が一の際に落ち着いて行動できるかどうかが左右されると思うので、しっかりと覚えておきましょう。
なお、ライセンス取得時にこの計算をマスターする様求められることはありませんが、指導団体によってはステップアップの途中で、この計算が登場します。
そして、指導団体を問わず、プロダイバーの試験には頻出の計算問題ですよ!
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