一見、ニシキテグリと似ていますが、こちらは日本では報告されていないピクチャー・ドラゴネットという魚です。
1990年代、小さな生き物撮影のブームが初めて起こった際には、生き物好きダイバーにとって憧れの種の一つでした。
アクアリスト(海水魚飼育愛好家)の中ではポピュラーな存在ですが、ニシキテグリほどの人気はないんだとか。
また、時に熱帯魚量販店で、セール用にビニール袋に詰められ安価に取引される事も多い魚です。
今回はそんなピクチャー・ドラゴネットについて播磨先生に解説して頂きます。
残念ながら播磨先生が知る限り、現在ピクチャー・ドラゴネットをダイビングで見られる場所は極端に少なく、安定して見られる場所は世界でも一か所しかないのだとか。
ピクチャー・ドラゴネットDATA
英名:ピクチャー・ドラゴネット(Picturesque dragonet)
学名:Pterosynchiropus picturatus (Peters, 1877)
分類学的位置:ウバウオ目ネズッポ科ニシキテグリ属
分布:サンゴ礁域. 東南アジア,フィリピン・マレーシア・インドネシア、オーストラリア北部の西部太平洋(正確に分布をまとめた図鑑・文献等の資料は見つけられなかった)
英名のピクチャー・ドラゴネットは、絵のように美しいテグリという意味である。
他に複数の英名が本種には使われていて、スポッテッドマンダリン(spotted mandarin)、サイケデリックマンダリン(psychedelic mandarin)、ターゲットマンダリン(target mandarin)、ドイツでは、LSD Mandarin-Fischと呼ばれている。(※1)
本種の価値が水槽飼育のペットとしての価値が高いためである。
日本の魚類学会の基本的ルールとして、日本に分布が確認されていない魚類には、標準和名を提唱しないので、日本名は本種には存在しない。
ピクチャー・ドラゴネットの識別方法:
体は、円筒型。尾柄部は高く、側扁する。
同属には、本種とニシキテグリの2種が知られている。
コウワンテグリ属との違いは背鰭などの軟条の分岐数や、胸鰭鰭条数がより多い(30前後)などがあげられる。
ニシキテグリ属2種の極彩色に違いが明確なので、模様の違いだけで判別ができ、判別は容易である。
体長は、飼育下では7~8cm、天然下では4~5cm。
ダイバーのための絵合わせ
本種は日本国内で報告されていない。
海外の場合、ピクチャー・ドラゴネットは、みどりまたは、きみどりの体色で、リング状のエメラルドグリーンの模様があり、その内側にだいだいのリング状の模様が見られることでニシキテグリと見分けられる。
リング状内の体色は、グリーンが濃くなっている個体と、クロになっている個体が知られるが、成長段階による違いか、雌雄性からくる違いか、地域バリエーションかは、はっきりしていない。
それだけ、天然下での観察例が少ない。
ニシキテグリでも書いた様に、成魚であれば簡単に識別できるが、通称)ウンコちゃんと呼ばれている着底したての幼魚期は、よほど見慣れないと区別が付きづらい。
「魚類写真資料データベース」で、見慣れておいても、生育環境で側区別は相当の熟練度がいる。

ピクチャー・ドラゴネットの観察方法
観察時期
成魚は、繁殖地であれば一年中見られる。
着底したての幼魚期は不定期にチャンスがあるようで、まだ出現パターンはつかめていない。
海外のサイトSynchiropus picturatus LSD Mandarin-Fisch (meerwasser-lexikon.de)では、分布を確認しているエリアは、オーストラリア、バリ、インドネシア、Kleine Sundainseln諸島、マレーシア、パプア、パプアニューギニア、フィリピン、台湾 まで広がっている。
台湾については、台湾の信頼できるサイトにも掲載が確認できるので、ほぼ間違いなく生息していると思われる。
そうなると、八重山諸島に無効分散の幼魚が確認できてもおかしくない。
通称)ウンコちゃんと呼ばれているサイズの幼魚を見つけた時は、撮影して確認することが必要と思われる。

生息場所
ピクチャー・ドラゴネットは、ニシキテグリの住む海域より内湾性の強い環境の場所を好む。
火山の噴火後にできた環礁内で、比較的透明度の良い環境に群生する特定のミドリイシ類(環境保全のために種名は伏せさせてもらう)が生息する健康な状態の海と考えられる場所にて、幼魚から成魚のすべてのステージと繁殖前の行動を確認している。







壊れやすい内湾性のサンゴ類が群生している、人的な環境変化がみられる場所では、ガンガゼ類などが点在するサンゴガレ場の場所に多い。


東南アジアでは、ピクチャー・ドラゴネットの方がニシキテグリよりさらに内湾性の環境を好む傾向があるが、一部同環境下で見られることもある。
2種が混雑して見られるエリアでは、本種の方が臆病に活動する。
生態行動
繁殖生態については、詳しく確認されていない。
ニシキテグリのとの混雑エリアでは、明らかに種を分けてパートナーを選んでいるので、生殖分離は確実であろう。



放卵・放精時間帯は交雑を避ける為に、ニシキテグリとは違う時間帯と想定している。
筆者の観察地は現在、テロ防止の為ナイトダイビングが禁止の為、調査が行えない。
飼育下では、小型底生甲殻類の良く繁殖した環境下でのみ飼育できることから、これらを好んで食べている可能性が高いと考えられる。
観察方法
現在、一般ダイバーが安定して観察できるエリアは一か所だけなので、ローカルルールに従い、水中で落ち着いていられるスキルがあれば、オープンウォーターのライセンスを持っているダイバーから、観察する事が可能である。
生態観察・撮影をするなら、その場所に影響の無い様に、10分でも、1時間でも、動かないで居られるダイビングスタイルが必要である。
観察の注意点
とても壊れやすい環境にいるので、十分にその事に気を付けて頂きたい。
隠れているガンガゼ類を指示棒で動かしただけで、おびえてその場を移動してしまう。
できるだけ、動きを止めて待つと、しばらくすると徐々に現れはじめ、徐々にゆっくりと観察できるようになる。
以前、ピクチャー・ドラゴネットの初観察ポイントとして話題になったマレーシアサバ州のボルネオ島北東部、マブール島・カパライは、過度のリゾート開発により生育環境が壊滅的な被害を受けて、観察できなくなった。
同地域にあったダイビングサービスが定期開催していたマングローブダイブツアーで見られていたが、2022年11月現在はツアーが行わわれなくなった。
2020年1月頃に、マングローブダイブツアーの開催エリアに他の場所から調査ダイブに入った時は、本種は生存していた。
2022年11月現在筆者の知る限り、一般ダイバーでも、本種を観察出来る場所は、バリ島のシークレットベイにあるダイビングポイントのみである。
参加の際には、観察の際のルールを遵守されたい。
なお、スクーバモンスターズの記事「インドネシア・バリ島北西部の海外ダイビングエリア基本情報〜2022年9月版〜」にて、シークレットベイを含むバリ島北西部の基本情報を見ることが可能だ。
筆者が観察していたポイントは、現在現地サービスの意向により、通常非公開である。
環境ストレスを優先していて、信頼できる日本人ガイド付きツアーが潜水条件とされており、それだけ、ピクチャー・ドラゴネットの生育環境は繊細な場所であるとご理解いただきたい。
観察ができるダイビングポイント
- マレーシア サバ州ボルネオ島北東部、国立公園内ワイルドライフ特別監視エリア(外務省の渡航規制あり)
- インドネシア バリ島シークレットベイボートポイント
地域固有個体群の絶滅が確認されているポイント
- マレーシア サバ州ボルネオ島北東部、マブール島・カパライ
生態を撮影するには
撮影をするだけなら、35mm換算80mm程度のズームレンズが搭載されたコンパクトデシタルカメラに、S-2000クラスの水中ストロボを使用すればよい。
50mmから80mm相当で、ピントを被写体サイズに合った距離にマニュアルフォーカスで固定して、液晶画面の情報をたよりに置きピン撮影すれば何とか撮影できることもある。(ニコノス一刀流の変形※2)
ストロボは、S-TTL調光があれば、その機能を使えばよい。
お勧めの器材はAFピント合わせの性能が良いデシタル一眼レフか、ミラーレス一眼レフを用意して、レンズは35mm換算で90mmマクロ程度の画角が最も良い。
それ以上の望遠マクロレンズであると、ピントの来てほしい場所ではない所にピントが来てしまい、シャッターが切れてしまう事が多い。
生息する場所が、光の陰を作りやすい環境なので、多灯ライティングの準備が必要である。
参考文献
- 『Reef Fish Identification: Tropical Pacific』(著者:Gerald Allen・Roger Steene・Paul Humann・Ned DeLoach、発行:New World Pubns Inc、発行年:2015年)
- 『Tropical Reef Fishes of Western Pacific Indonesia and Adjacent Water: Identification Guide』(著者:Rudie H. Kuiter、発行:Gramedia,Indonesia、発行年:1994年)
- 『フィッシュ・ウォッチング』(著者:林 公義・小林 安雅・西村 周、発行:東海大学出版会、発行年:1986年)
- 神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」
- 『水中写真マニュアル(フィールドフォトテクニック)』(著者:小林安雅、発行:東海大学出版会、発行年:1988年)
- 『デジタルカメラによる 水中撮影テクニック』(著者:峯水亮、発行:誠文堂新光社、発行年:2013年)