ニシキテグリ【ダイビング生物情報】〜観察調査から見えてきた繁殖生態行動〜
サイケデリックな体色で、目を引くニシキテグリ。
ダイビングで観察するには、ニシキテグリ観察を目当てに計画を立てないとなかなか見ることができない珍しい魚です。
一方、熱帯魚量販店では、セール用ビニール袋に詰められ安価に取引されることも多いんだとか……!
そんなニシキテグリの観察調査をされてきた播磨先生に、ニシキテグリの絵合わせから、観察の際の注意点、そして、繁殖生態行動についての知見も含め、解説していただきます。
ニシキテグリDATA
標準和名:ニシキテグリ
学名:Pterosynchiropus splendidus (Herre, 1927)
分類学的位置:ウバウオ目ネズッポ科ニシキテグリ属
種同定法:D IV-8; A7;P1i+30;P2I,5;Ci+8+i.
分布:サンゴ礁域.沖縄諸島以南の琉球列島; 台湾,フィリピン諸島,パラオ諸島,カロリン諸島,ミクロネシア連邦,ジャワ海~ニューギニア島・ソロモン諸島,オーストラリア西岸・北東岸,ニューカレドニア
(本記事では、『日本産魚類検索』に従った)
ニシキテグリの識別方法:
ニシキテグリはコウワンテグリ属とする見解もあるが、本稿では『日本産魚類検索』に従いニシキテグリ属であるとする。
日本産で分布が知られているニシキテグリ属の魚類はニシキテグリのみで、観賞魚流通、ダイビングポイントとして解放されている世界のエリアに広げても、同属種はピクチャー・ドラゴネット(Pterosynchiropus picturatus)のみである。
コウワンテグリ属と本種の識別は、下記の点が挙げられる。
・体は円筒型、尾柄部は高く側扁する。
・第2背鰭軟条・臀鰭(シリビレ)軟条の大部分の先端は3~4分枝する。
・胸鰭(ムナビレ)軟条数が、30本前後と多いことで区別される。
・体色は極彩色。
ダイバーのための絵合わせ
識別方法で判りづらく難しい言葉を並べたが、日本国内であれば同属の種は報告されていないので、体色の極彩色を図鑑と「絵合わせ」して見間違える事はない。
東南アジアの生息地では、同じニシキテグリ属の英名:ピクチャー・ドラゴネット(Pterosynchiropus picturatus (Peters, 1877))(※1)という近縁種が存在し、生活環境も混在する場所が筆者の観察で複数観察されている。
ピクチャー・ドラゴネットは、みどりまたはきみどりの体色で、リング状の模様がある事から、成魚であれば簡単に識別できる。
「通称)ウンコちゃん」と呼ばれている、着底したての幼魚期は、よほど見慣れないとニシキテグリの幼魚との区別が付きづらい。
「魚類写真資料データベース」で見慣れておいても、生育環境で即区別するには相当の熟練度がいる。
ニシキテグリの観察方法
観察時期
成魚は、繁殖地であれば一年中見られる。
着底したての幼魚期は、不定期にチャンスがあるようで、まだ出現パターンはつかめていない。
生息場所
ニシキテグリの住む海域は内湾性の強い場所で、健康な状態の海では壊れやすい内湾性のサンゴ類が群生している。
人的な環境変化がみられる海では、ガンガゼ類などが点在するサンゴガレ場の場所が多い。
東南アジアでは、ピクチャー・ドラゴネットの方がさらなる内湾性の環境を好み、一部同環境で見られることもあるが、国内環境にはニシキテグリのみしかいない為、この様な環境に広く観察されている。
また混雑※2するエリアでは、本種の方が大胆に活動する。
生態行動
繁殖生態行動の観察調査をしていた時に気がついた事を書きたい。
ニシキテグリは夕方や曇り空などで照度の低い時に活発に行動する。
安定した個体数が維持できる健全なエリアでは、大型の雄個体が縄張りを形成し、複数の雌を持つハーレムを形成している。
この様な生態行動する魚類は雌から雄に性変換する魚類が知られているが、本種を含むこれらの種属で、それを確認した調査を筆者は知らない。
繁殖時間帯には他の大型雄と雌の取り合いをする。
その間に、雌と同サイズの小型の雄が急に表れて雌と放卵・放精を行う様子を観察した。
この事から、2つの可能性を考えた。
1つは、性変換があり性変換で雌から雄になった個体と、生まれつき雄の個体がいる可能性(ベラ類から知られている性変換現象の一次雄・二次雄の可能性)。
2つ目の可能性は、コウイカ類の繁殖行動と同じで、強い雄だけが繁殖のチャンスを独占して、小型の雄は、普段おとなしく目立たない様に生活して、チャンスタイムだけ繁殖に参加できるという繁殖生態行動である。
上記のことを想定しながら観察調査を続けていたが、調査域がダイバーによる環境破壊に合い、中断した。
放卵・放精時間帯には知見があるが、環境保護の観点から公開は避けさせていただく。
カンガゼ類がいるサンゴガレ場では、内湾性サンゴ類の中で生活する個体群よりサイズが小さい傾向にあるようであるが、それでも十分に成熟する事が確認できている。
産卵行動を撮影したい多くのダイバーによって環境が壊されてしまったマレーシア・ロッシュリーフの生息地では、放卵・放精を筆者が確認している。
熱帯魚として流通する個体が採集されているであろうエリアの個体群は、ガンガゼエリアよりさらに矮化(本来成熟するサイズより小さいうちに成熟してしまうこと)している個体群が見つかる。
ダイバーによる環境破壊では絶滅がおきているのに、何故か採集が行われているエリアでは、絶滅がおきていない。
生活の為の採集に合わせて、何か環境修繕を行っていると思われる。
食性を確認したところ、海中では藻類を食べている様に見えるが、飼育下では小型底生甲殻類の良く繁殖した環境下でのみ飼育できることから、これらを好んで食べている可能性が高いと考えられる。
観察方法
水中で落ち着いていられるスキルがあれば、オープンウォーターのライセンスを持っているダイバーなら見る事が可能である。
生態観察をするなら、その場所に影響の無い様に、10分でも1時間でも動かないで居られるダイビングスタイルが必要である。
観察の注意点
観察環境はとても壊れやすい環境にいる事が多いので、十分にその事に気を付けていただきたい。
ニシキテグリが隠れているガンガゼ類を指示棒で動かしただけで、見られなくなる事が多くある。
できるだけ水中で動きを止めて待つと、しばらくして段々に現れ、段々に、大胆に行動する様になる。
残念ながら心無いダイバーにより、インドネシア・レンべリゾートハウスリーフの個体群、マレーシア・ロッシュリーフのスーパーマーケットポイントの個体群は、住処の内湾性ミドリイシ類・サンゴガレ場を破壊してしまった為に、個体群が絶滅した。
どちらも、ナイトダイビングのバディダイビングを認めたことで、産卵・放精のシーンを撮影したいダイバーがたくさん訪れたためである。
そして、どちらも観察方法が解らないダイバーの環境破壊が原因であると、現地で確認をしている。
現在レンべリゾートでは、ボートでガイドの管理下で観察をするスタイルになっている。
ロッシュリーフリゾートは、閉鎖されたままである。
また、ニシキテグリがこのエリアでの人気の生き物の一つであったにもかかわらず、現地のリゾートの乱開発により環境を変えてしまい、ニシキテグリの住む環境を破壊したために、その他の生物共に生物相が変わってしまった場所もある。
この様な観点から、見られる場所はとても繊細で影響の受けやすい場所と考え、十分にそのことを理解して、そのポイントでのルールを守って観察に参加する事を望む。
観察ができるダイビングポイント
- 琉球列島
- 奄美群島
- 奄美大島
- 沖縄諸島
- 沖縄本島那覇波の上ビーチ
- 北部ビーチポイント「現地ダイビングサービスよりポイント名の公開不可」
- 水納島
- 伊江島
- 慶良間諸島
- 久米島(地域固有個体群の絶滅の可能性が高い)
- 宮古諸島
- 宮古島
- 伊良部島
- 八重山諸島
- 竹富島
- 石垣島
- 西表島
- 奄美群島
- マレーシアサバ州
- ボルネオ島北東部
- Y.K.K.ポイント「外務省の渡航規制あり」
- フィリピン共和国
- ミンドロ島
- プエルトガレラ・セブ島東
- マクタン島
- インドネシア
- バリ島
- レンべ海峡
- ラジャンパット
- パラオ共和国
- 西部太平洋
- カロリン諸島パラオ諸島
- ニューカレドニア
- エスカパード島
地域固有個体群の絶滅が確認されているポイント
- マレーシアサバ州
- マブール島
- ロッシュリーフ
- カパライ
- インドネシア
- レンべ海峡(レンべリゾートハウスリーフ)
生態を撮影するには
撮影をするだけなら、35mm換算80mm程度のズームレンズが搭載されたコンパクトデシタルカメラに、S-2000クラスの水中ストロボを使用すれば良いだろう。
50mmから80mm相当で、ピントを被写体サイズに合った距離で、マニュアルフォーカスで固定して、液晶画面の情報をたよりにオキピン撮影すればよい。
ストロボは、S-TTL調光があればその機能を使えばよい。(ニコノス一刀流の変形※3)
約20年前になるが、当時のダイビング雑誌「月刊ダイバー」にて、ニシキテグリの卵と精子が同時に写っている写真を発表した。
これはフィルム時代のニコンF4というカメラのレリーズタイムラグ(※4)の性能によって撮影が可能であった。
現在のデジタルカメラでは、これに近づくレベルまで機能が上がってきているが、未だ追い付いてはいない。
筆者でも、現在のデジタルカメラで撮影に成功する自信はない。
レリーズタイムラグの性能良いカメラは、ニコンD6・D5・D500などのデジタル一眼レフである。
参考文献
- 『日本産魚類大図鑑』(著者:益田一、発行:東海大学出版部、発行年:1988年)
- 『フィッシュ・ウォッチング』(著者:林 公義・小林 安雅・西村 周、発行:東海大学出版会、発行年:1986年)
- 神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」
- 『水中写真マニュアル(フィールドフォトテクニック)』(著者:小林安雅、発行:東海大学出版会、発行年:1988年)
- 『デジタルカメラによる 水中撮影テクニック』(著者:峯水亮、発行:誠文堂新光社、発行年:2013年)
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