ウミテング【ダイビング生物情報】〜本来の姿を見られるのはダイバーだけ!〜
まるで天狗の鼻の様に長く伸びた吻を持ち、独特な見た目と可愛らしい泳ぎ方のウミテング。
水族館では素通りされがちな魚ですが、ダイバーには大人気の魚です。
実は、飼育がとても難しい魚で、ウミテング本来の姿を見られるのはダイバーだけの特権とも言えます。
個体数が少ないこともあって、その生態は謎に包まれているウミテングですが、興味深い生態がたくさん!
そんなウミテングについて解説して行きます。
ウミテングDATA
標準和名:ウミテング
学名:Eurypegasus draconis
分類学的位置:トゲウオ目ウミテング科ウミテング属
種同定法:D5; A5; P19~12
分布:沿岸浅所の砂底.伊豆大島、八丈島、小笠原諸島、相模湾~九州南岸の太平洋沿岸、山口県日本海沿岸、長崎県野母崎・香焼、瀬戸内海(稀)、屋久島、琉球列島;台湾南部、インド―太平洋(紅海を含む、ハワイ諸島を除く)
※本記事では、『日本産魚類検索』に従った
ウミテングの識別方法:
ウミテング科は、本種が所属するウミテング属と、テングノオトシゴ属に分けられる。
ウミテング属は一属一種ウミテングのみが所属している。
そこで、テングノオトシゴ属との識別方法を説明したい。
ウミテング属
① 尾輪数は8~9
② 体背面は起伏が大きく眼の直後に深い凹みがある。
③ 最終尾輪の背面に棘がある。
テングノオトシゴ属
① 尾輪数は11~12
② 体背面は起伏が大きく眼の直後に深い凹みがない。
③ 最終尾輪の背面に棘がない。
ウミテングの学名のタイプ産地は、オーストラリアニューサウスウェールズ州である。
完模式標本※1の所在地は確認出来なかった。
副模式標本※1として、日本の和歌山産の物が指定されているようである。
標準和名の由来:
京都大学名誉教授 中坊徹次先生は、東海大学出版部発行の冊子「魚好きやねん」に「若冲<魚群図>の謎」というエッセイを寄稿をしている。
それによると、江戸期の画家 伊藤若冲の魚群図という絵には既にウミテングが描かれているため、江戸時代から知られていた魚類ということになる。
百科事典の『日本大百科全書(ニッポニカ)』には、「形が奇妙なので、乾燥して飾り物にされる。」いう記述があることから、かなり古くから知られていた魚類と推測される。
『日本産魚名大辞典』には、地方名として、ウミスズメ(紀州、鉛山・辰ケ浜、田辺)、ウミテング(神奈川県三崎、田辺・鉛山・辰ケ浜)、テングノユオ・テングユオ(湯浅)と記載があり、大正期の学名・標準和名の統一時期に神奈川県三崎産名のウミテングを採用して定着していると推測される。
ウミスズメという地方名は、フグ目・ハコフグ科に分類されるハコフグの仲間に、標準和名:ウミスズメ、学名:Lactoria diaphanaが存在するので、混同しないように注意が必要である。
英名は、シーモス(sea moth)、ショートドラゴンフィッシュ(Short dragonfish)、リトルドラゴンフィッシュ(little dragonfish)など、複数のコモンネーム※2などが知られるが、本種の見られる東南アジアのダイブサイトで出逢う現地ガイド・欧米人ダイバー達は、本種を学名由来からペガサスドラゴンフィッシュと呼ぶことの方が明らかに多いように感じる。
筆者は、初めてその単語を耳にした時、何を指しているかまったく見当がつかなかった。
複数の呼び方が存在する時、欧米人ダイバーにとっては、学名の英語読みの方が、間違いなく伝わるのだろう。
現在は、その様な対処と、雑種・突然変異の新種記載を防ぐために、副模式標本として、複数の標本を指定して、完模式標本の保存研究機関とは、別の場所で保存する事が多い。
ダイバーのための絵合わせ
ウミテングの所属するウミテング科には、ウミテングを含め、テングノオトシゴ(学名:Pegasus laternarius)、ヤリテング(学名: Pegasus volitans)の3種類が知られている。
分類学的方法では、体色の違いは、ウミテング科にはあてはめられない。
住んでいる砂地の色に保護色になるように、生息地で変化がある。
体長に対して、吻の長さの比率で区別をする事を推奨しているプロダイバーもいるが、残念な事に、それの根拠となる学術論文は存在しない。
あくまでも、体験のレベルでお話でしかない。
筆者の観察では、ウミテングの幼魚の吻の長さは、テングノオトシゴのメス並みに、体長に対して短い。
現在の魚類分類学では、識別に用いられる特徴には明確な差を求められる物と考えると本種類では、正確な差があるのは、肛門から後ろ側の尾部に当たる尾輪で、尾輪数の差によって体長に対しての尾部の長さが異なるほか、ウミテングだけには最終尾輪の背面に棘が存在する。
数回でもそれぞれを観察する機会があれば見慣れてくるので、瞬時に形の違いから3種を識別できるほど、見た目に大きな差がある。
特に、他種にはウミテングの体ほどの凸凹感はない。
逆に、ウミテングは幼魚でも、凸凹感が目立つ。
3種は、沿岸浅所の砂底生活しているが、好む環境が違うため、通常のダイビングポイントの砂地で出会う確率が一番高いのは、ウミテングである。
それでも個体数は、決して多くない。
ウミテングを見れたらラッキーと考えよう。
ウミテングよりも、粒径の細かい砂地を好むテングノオトシゴは、ウミテングより遭遇することが難しい。
さらに、泥底気味の砂地を好むヤリテングは、よほどのチャンスが無ければ出会う事は難しい。
ウミテングの観察方法
筆者は、国内では伊豆半島・伊豆大島・沖縄本島、海外では、フィリピンアニラオ、マレーシアセレベス海・スール海、インドネシアスラエシ島レンべ海峡・バリ北部で本種を観察している。
その中で、共通と思われる事をまとめたいと思う。
観察時期
成魚は、一度生息が見つかった環境周辺を一年中移動しているのを観察できる。
幼魚については、筆者はマレーシアセレベス海ロッシュリーフで一度しか観察した事がない。時期の特定は、観察例が少なすぎて経験では答えられない。
生息場所
内湾性の砂地で、ロングショアカレント(沿岸流)があり、潮汐流の影響が見られる砂地を好む。
例)大瀬崎には、2022年12月現在、各店舗から沖に向かいガイドロープが引かれている。それに基づいて書くとすれば、大瀬崎湾内では、ちどり前ロープから大瀬館前ロープ付近(海に向かって中央より右側)は稀、大瀬館前ロープからオスパー前ロープ付近(中央から左側)が最も多く出現している。
オスパー前ロープからマンボウ桟橋前潜水禁止ロープまでの間(マンボウ桟橋周辺)は潮汐流によってダウンカレントが発生し、個体数は少ない。マンボウ桟橋より先端側は、現在潜水禁止のため割愛させて頂く。
水深は5m以深、15mの横移動ガイドロープ付近までが、最も多く見られる。
尚、生育環境の砂底の砂粒の大きさを把握しておくと、他の場所でウミテングを見つけ出す際に有効な手段となる。
生息環境が理解できれば、同じような組み合わせの砂地から比較的容易に本種を探せるだろう。
生態行動
本稿を書くにあたって、ウミテングの生活史についての文献を探したが、詳しく調べられた調査結果は、何も見つけられなかった。
先に結論づけるが、ウミテングの生態は、2021年12月現在、何も解明されていないと断定する。
本種の生息地での個体数を考えると、正式な学術調査をするには、統計上必要な個体数を集める事が不可能と推測される。
ネット上には、「ウミテングのペアでは、小さい方がオスで大きい方がメス」と記載されているものが多く出てくる。
さらに、「海の生物はメスの方が大きい生物が多い」という記載も見受けられる。
これらは、生態学を専門としている筆者から見ると、とても違和感がある。
メスの方が大きいと書いている点、何か所で何個体調べて言っているか。
それは、統計学的に考えた時有効数を超えているのか。
また、それらを何を持って言い切っているのか。
以上が筆者の見解である。
一般的なレベルで解説するにしても、魚類は、メスの方が大きい事が多いと解説すること自体、勉強不足としか言えない。
残念ながら本スクーバモンスターズサイト内の過去記事にもこういった記述が見られた。
学術的な根拠に基づき、発信してもらいたいものである。
書いている方々には申し訳ないが、どこからこういった発言が出てきたのか、ネット上で検索をかけてみた。
どうやら、水族館・海水魚店などへ生物を卸売りしている一社の発言が最初と見受けられる。
彼らが販売用に捕獲、もしくは入荷したものについて、学術的な根拠もなく発言してしまっているのだろう。
この事を証明するためには、まずオス・メスの確定が必要である。
そのためには産卵行動を確認してその証拠により判別するか、または、捕まえて命を奪い解剖し、生殖腺を取り出して化学処理を行い、顕微鏡内でどの様に生殖腺がなっているかを判別して決定する。
どちらかの調査を行わない限り、どちらがメス・オスというのは、言えないものである。
筆者の観察でも、前を移動する個体と、後ろをついて移動する個体で比べた時、前の個体が大きい事もあるが、大きさに差がない、または、逆に小さい事も稀ある。
これは、<参考>神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」の資料上にも言える。
また、他生物からの脅威を感じた時と思わる退避行動では、どちらが前かというより、ペアがはぐれない事を優先して逃げている様に見うけられる。
以上から、ペアをサイズだけで性別を判断するのは、危険と考える。
ここからは、筆者が観察していて疑問に感じる点である。
まず、成魚と思われる個体の場合、ほとんどペアで見つかることが多い。
そうなると、こんなに個体数の限られた種で、パートナーを見つけるのは簡単ではない。
こういった類のペアには、特殊な性転換の仕組みを持っている可能性、雌雄同体の可能性、さらには、同時的雌雄同体(機能的雌雄同体)または、とても強い集合フェロモンのたぐいを出しいて仲間個体・異性個体をひきつけ、移動の道標としているのかもしれない等、想像するだけで不思議な生態を持っているのではと思わせる生物である。
しかし、個体数が少なく、研究対象としてサンプリングするのには、その場所の個体群を絶滅させる危険性をはらんでいるため、研究向きの生物とは言い難い。
ウミテングの幼魚は、テングノオトシゴのメスと同じく、吻が短い事が確認されている。
そうなると気になるのが、成長のどの段階で吻が成魚の形態になるのか、ということだ。
吻は口ではないので、何のために伸びるのか。
ウミテングの幼魚の体色は撮影地による差異がなく、見つかっている個体の体色は、どれもくろに近いコゲ茶色である。
それがどの段階で生息砂地の環境に合わせて体色を変化するのか。
それを解明するには、飼育実験が重要な解決方法である。
しかし、残念なことに、長期飼育に成功している水族館は今のところ存在しない。
一番の問題は餌で、ネット上に書いてある生き餌では、上記の幼魚の疑問、ペアリング、性別、産卵行動の確認どころか、一般的な展示レベルの飼育もままならない現状である。
餌の発言の出所は、調べた限り販売目的のペット業者か、卸売り業者である可能性が高かった。
餌をウミテングが採った様に見られる行動が水中で稀に観察できるが、何を捕らえたのか確認できていないほどに小さいものを食べている様である。
ウミテングの口は体に対してかなり小さく、吻のつけ根下側にある。
確認するとすれば、野生個体を捕まえて、胃の内容物を確認するしかないだろう。
しかし、食べてる物が確認できても、その食べ物となる生物を飼育に必要なだけ用意する事は、相当の努力と困難の打開が必要と想定する。
しかも、その為に、個体数の少ない本種の貴重な命を何個体も奪う必要が起きる。
この様な状況では、普通に飼うのも難しいだけろう。
ペット業者絡みの情報発信では、販売の促進を考え、誤情報が氾濫しているので、気を付けて欲しい。
筆者は、一般レベルでの興味本位の飼育は控えて欲しいと心より思う。
観察方法
ウミテングは、好んだ砂地を移動しながら生活をしている。
いる場所を特定出来れば、その中を移動している。
しかしその色彩は、まさに環境に溶け込む体色で、少し距離が離れると小石に見えるほどである。
一番簡単なのは、居場所を把握しているダイビングガイドに依頼することである。
マナー・ルールを守れれば、オープンウォーターのレベルでも、観察できる場所がある。
見たい方は、現地サービスにウミテングが居るかの確認と、同時に水深何mかを必ず確認しよう。
くれぐれも、自分のスキルに合わない行動は厳禁である。
バディ単位で探すなら、サーチ&リカバリーの練習に最適だろう。
観察の注意点
一つだけ、気を付けてほしい。
彼らは、何らかの方法で、ペアを組んで水底生活をしている。
観察後、その上を通過するダイバーをよく見かけるが、たとえフィンキックでウミテングたちを蹴らなくても、周りの砂地、海水をかき回すことは、彼らの生活に多大なる影響を及ぼすと思われる。
ウミテングから離れる時は、十分に考えて行動してほしい。
観察ができるダイビングポイント
観察できる場所は、筆者が見た事のある場所と、<参考>神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」に情報のある場所について表記する。それ以外の場所にも、生息していると考えられる。
- 房総半島・波左間
- 伊豆大島
- 八丈島・ナズマド
- 小笠原諸島・父島
- 真鶴
- 川奈
- 富戸・ヨコバマ
- 伊豆海洋公園
- 大瀬崎・湾内、門下
- 井田
- 黄金崎・ビーチ
- 串本
- 柏島
- 長崎県
- 鹿児島県大島郡瀬戸内町(奄美大島及び周辺離島)
- 屋久島
- 沖縄県
- 瀬良垣
- 砂辺
- 真栄田岬
- 万座
- 瀬底島
- 水納島
- 伊江島
- 嘉比島
- 石垣島大崎
- フィリピン諸島アニラオ・マクタン島
- ボルネオ島北東部マブール島パラダイス
※リゾート乱開発によって環境が変わり地域絶滅したと思われる。筆者は、近年同エリアの別の場所から生存を確認している。 - ボルネオ島北東部ロッシュリーフ
- インドネシア共和国・バリ島
- ニューカレドニア
生態を撮影するには
図鑑カットを撮影する場合は、ウミテングの場合、俯瞰撮影が正しい。
デジタル一眼で撮影を成功させるには、中性浮力をミリ単位で調節できるスキルが必要になる。
それ以外の方法では、液晶画面を見ながら合わせる方法がある。
こちらの方が、一般向けかもしれない。
参考文献
- 『日本産魚類検索 全種の同定』(著者:中坊徹次、発行:東海大学出版会、発行年:2013年第3版)
- 『日本産魚名大辞典』(編集:日本魚類学会、発行:三省堂、発行年:1981年)
- 『日本の海水魚』(著者:大方洋二・小林安雅・矢野維幾・岡田孝夫・田口哲・吉野雄輔、編集:岡村収・尼岡邦夫、発行:山と渓谷社、発行年:1997年第3版)
- 『新版魚の分類の図鑑』(著者:上野 輝弥・坂本 一男、発行:東海大学出版会、発行年:2005年新版)
- 『新版 日本のハゼ』(解説:鈴木寿之・渋川浩一、写真:矢野維幾、監修:瀬能宏、発行:平凡社、発行年:2004年)
- 神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」
- 『日本大百科全書(ニッポニカ)』(発行:小学館、発行年:1984年〈初版頒布〉)
- 『We Love Fishes 魚好きやねん』より「若沖〈魚群図〉の謎」(発行:東海大学出版部、発行年:2016年)※PDF
- Zalises umitengu Jordan & Snyder, 1901|GBIF
- 『デジタルカメラによる 水中撮影テクニック』(著者:峯水亮、発行:誠文堂新光社、発行年:2013年)
- 『うまく撮るコツをズバリ教える 水中写真 虎の巻』(著者:白鳥岳朋、発行:マリン企画、発行年:1996年)
- 『水中写真マニュアル(フィールドフォトテクニック)』(著者:小林安雅、発行:東海大学出版会、発行年:1988年)
文・写真:播磨 伯穂
この記事へのコメントはありません。