オニカマス【ダイビング生物情報】〜シガテラ毒と海人の知恵〜
ダイバーにも人気の大物、ジャイアントバラクーダことオニカマス。
大きな群れを成す大型のカマス類をバラクーダと総称しますが、バラクーダ=オニカマスだと紹介されることがあります。
しかし、実はオニカマスが大きな群れを成すことはなく、皆さんがイメージする様な大きなバラクーダの群れは、オニカマスではないことがほとんど。
本来のオニカマスは、単体で堂々たる姿で泳ぐ魚です。
今回は、オニカマスへの誤解も含め、オニカマスについて詳しく解説します。
また、オニカマス はシガテラ中毒(食中毒の一種)の主要な原因魚として日本国内では流通が禁止されています。
しかし、古くから食用としてきた沖縄の海人(うみんちゅ)たちは、伝承によってシガテラ毒を持つ魚を食してきました。
このシガテラ毒と海人の知恵について語られるコラムも必見です。
オニカマスDATA
標準和名:オニカマス
学名:Sphyraena barracuda
分類学的位置:スズキ目サバ亜目カマス科カマス属
種同定法:D Ⅴ-Ⅰ,9 ; A Ⅱ,7~8 ;LLp 75~87;TRa 11~12;GR0.
分布:内湾やサンゴ礁域の浅所,小笠原諸島,硫黄島,相模湾~高知県以布利の太平洋沿岸(少ない),若狭湾,長崎県野母崎,屋久島,トカラ列島,琉球列島,南大東島,尖閣諸島;台湾南部,香港,西沙群島,インド―太平洋(アラビア湾を除く),大西洋,熱帯西アフリカの東大西洋沿岸.
(本記事では、『日本産魚類検索』に従った)
オニカマスの識別方法:
オニカマスの所属するカマス属は、カマス科に分類される。
カマス科の分類は諸説ある状態で、現在はサバ亜目に分類するのが一般的であるが、別グループにする方が良いとする見解も見受けられる。
カマス科に属するのはカマス属1属で、カマス属の種は21種とするもの、26種とするもの、28種とするものなど、これも世界中で見解が分かれている。
今後、分類学的に大きく編成が変わる可能性のある仲間であると思われる。
今回は『日本産魚類検索』で、一番の近縁種とされているオオカマス Sphyraena putnamaeとの識別方法を記載する。
オニカマス
① 体上半部に多数の横帯がある
② 第2背鰭と臀鰭の最後の軟条は伸長しない
③ 尾鰭後縁に葉状部がある(幼魚を除く)
④ 側線有孔麟数は75~87
オオカマス
① 体中央に多数のくの字横帯がある
② 第2背鰭と臀鰭の最後の軟条は伸長する
③ 尾鰭後縁に葉状部がない
④ 側線有孔麟数は124~134
標準和名の由来:
『日本産魚名大辞典』には、別名:ドクカマス、それ以外に、地方名として沖縄本島での呼び名、チチルカマサーが記載されている。
本種の記載(新種として登録される事)が、1771年と古い事から、日本で分布が確認された時に、オニカマスと標準和名を付けたのだろう。
別名ドクカマスは、食中毒事件が起きてから、使われるようになったのではないかと推測される。
オニカマスの「オニ=鬼」は動物名では大きいという意味合いを持つと言われ、本種が同属最大種として適切な名称であろう。
ちなみに、カマスの語源は「叺(かます)」に似て口が大きいという意味。
叺とは長方形の筵(むしろ)を二つ折りにして袋状にしたもので、昭和30年代くらいまでは水産の世界でも運搬に盛んに使われていた。
この叺のように口が大きいことからカマスという名になったのだろうと言われている。
別名は、チチルカマサー以外に、ジキランカマサー・ナガイユ・チクル・ツクル・シチルガマサなどがあり、全て沖縄地方の名称なので、以前は沖縄地方の有用水産物であったことを物語っていると考察する。
英名は、バラクーダ(barracuda)、ディンゴフィッシュ(dingo-fish)、ジャイアントバラクーダ (giant barracuda)、グレートバラクーダ(great barracuda)などが使われているが、ダイビングでは、他種の大型カマス類との区別のために、バラクーダ(barracuda)を単独で使う事はほとんどなく、ジャイアントバラクーダ (giant barracuda)と呼ぶことが最も多い。
次いで、グレートバラクーダ(great barracuda)と呼ぶことが多い印象がある。
ダイバーのための絵合わせ
ダイビング中に出会うことがあるオニカマスは成長した成魚のみで、幼魚に会う事は非常に稀で、若魚と思われる小型の個体に会う事も、稀である。
成魚であれば、本種の尾鰭の特徴的な葉状(形)を覚えていれば、カマス科の他種とは簡単に判別できる。
本種は通常、幼魚期から単独生活をしているので、水中で、巨大(1m以上)で、1匹で泳いでいるカマス類に出会ったら、ほぼ、オニカマスと考えて差し支え無いだろう。
オニカマスの観察方法
筆者がダイビング中にオニカマスに出会ったのは、国内では東伊豆富戸港で幼魚が一回、久米島で成魚が数回のみである。
東南アジアでは複数のエリアで観察していて、特に長期滞在したマレーシア・ロッシュリーフでは、保護のおかげでかなり詳しく観察できた。
それらの観察事例と、筆者の趣味であるルアーフィッシングの対象魚として釣り上げた経験から書きたいと思う。
観察時期
成魚まで成長した個体は、一年中同じ環境から観察される。
若魚(40cm前後)・幼魚時期は、東南アジアなどの一年中繁殖が可能と考えられる平均水温帯で、各成長ステージが一年中観察できる。
久米島では、成魚は一年中見られるが、若魚・幼魚時期は夏期から晩秋までしか見つけられていない。
無効分散で確認されているエリアでは、幼魚時期の個体のみ発見されている。
残念ながら、国内のダイビングポイントで見つかる事は、成魚も含め希少である。
生息場所
成魚は、外洋に面した礁斜面や、砂地に孤立する大きめの岩礁域など、比較的潮の通りが良いエリアで広く観察できる。
一般的に潮の流れは、潮汐でできる潮汐流の影響を受けるが、オニカマスが好む環境ではそれほど速い流速にならないので、泳ぎながら観察することが可能であろう。
東南アジアでは、ロウニンアジや、同属のブラックフィン・バラクーダなどに比べると、流れが弱く水深の浅い場所を好んで生息しているようである。
生態学的に考えると、食物連鎖の頂点に君臨する魚種の「すみ分け」の行動により、餌場を分けている可能性が高いと考えて観察していた。
また、釣りや漁などによる釣果から、透明度が低くダイビングに向かないエリアまで、生活圏が広がっているという情報があるようだ。
筆者はその様なエリアで成魚と言えるサイズを釣り上げたことはないので、情報がある、とさせていただいた。
本稿で若魚(40cm前後)としたサイズは、ダイビングポイントで見た事は無い。
東南アジアの良く整備された漁港、海峡の最奥部に位置する桟橋付近、比較的大きな河川の河口周辺の海水が混じる汽水域で、筆者は釣り上げている。
幼魚時期の生息場所を考える上で、今回、幼魚期とする成長ステージを規定しておきたい。
『魚類写真資料データベース』のKPM-NR 164285・KPM-NR 21304・KPM-NR 34711・KPM-NR 73097・KPM-NR 73436などの様に、幼魚斑の見られる個体に限定して話していく。
東南アジアでは、若魚と同じ様な環境で、ゴミが水面に溜まっている環境(ゴミだまり)からのみ発見している。
東伊豆富戸港内で見つけた時も、波打ち際のゴミだまりの中に浮遊しているのを見つけている。
以前は、伊豆海洋公園の海が荒れた時に特別限定で、すぐ隣の富戸港内で潜ることができた。
その時に観察したので、30年程昔の事である。
現在では富戸港内で潜ることはできない。
以上から、幼魚をダイビング中に見られる事は、奇跡的な事と思われる。
生態行動
本稿を書くにあたって、オニカマスの生活史について調べた。
生活史の全容どころか、初期生活史についても、調査されていない。
現在は、シガテラ毒の問題で流通が禁止されており、水産的価値がないので仕方がないだろう。
その為、一般のネットサーフィンで見つけられる範囲以上の情報を見つける事ができなかった。
そこで、裏付けのある事と、自分の観察を合わせて書きたい。
オニカマスは、卵・仔魚期の情報はない。
幼魚から成長する過程で、単独生活を好む様になる事が、観察されている。
その点が、他のカマス科の魚類たちの生態と大きく違う点である。
弱く天敵が多い幼魚期は、群れるのが普通の生き残り戦略である。
本種は、群れる代わりの生態として、幼魚期はゴミや浮遊する藻などに身を隠して生活していると考えられる。
30年以上前になるが、東海大学海洋博物館に訪問した時に、学生時代からお世話になった先輩研究員の大山卓司氏(現、新江ノ島水族館館長補佐、ゼネラルキュレーター)に、新展示されたオニカマスの若魚の入手方法について質問したところ、採集業者が沖縄本島のゴミだまりで捕獲した幼魚を、展示サイズまで成長させたと回答をいただいた。
成長と共にゴミだまりから離れて、港全体や隣接する河口域などで生活しながら成長するのだろう。
その後、天敵の少ないサイズまで成長できた個体のみ、ダイビング可能な透明度のエリアへと生活圏を拡大しているのではないかと想定している。
成魚になっても通常は単独生活をしているが、複数で見つかる事もある。
筆者がその行動を観察した時は、潮汐流が普段より速い流れの中であった。
セベレス海のロッシュリーフでは、大陸棚側ではまったく観察されず、決まってボルネオ島側に見られた。
複数で観察できるのは潮が流れる時間帯で、渦流(分岐流)=ジャイロ流内が水面から目視で観察できるほどの時間帯であった。
以上の条件から、産卵行動と想定して観察していたが、それ以上の行動は観察できなかった。
インターネットなどの情報には、「気性は荒く、人間を襲うこともある。海外では負傷者がでている。」というものが見受けられる。
また、少し古いダイビングの教本にも、必ず危険な生物として本種が登場するが、生態を少し知っていれば、危険とは言い切り難いことがわかるだろう。
ダイビングポイントで見られる環境下では、気性が荒くなる事は通常考えられない。
オニカマスの気性が荒くなるのは、捕食スイッチが入っているタイミングである。
人間を能動的に襲うことはなく、被害を被ってしまったとすれば餌を探している時に、乱反射した物を餌と間違えた、トビウオ類・ボラ類を追い水面に飛び出し誤って人にぶつかった、釣り人・漁師に釣り上げられて防護反応で命からがら噛みついた、などと考えられる。
ダイビング中にその様なシーンに遭遇したら気を付けなくてはならないが、そんな貴重な瞬間には、ほぼお目にかかれない。
捕食者として、餌になりえる生物を追いまわすシーンは、さぞかし雄大だろう。
大型カマス類全体に言えることだが、気を付ける必要があるのはナイトダイビングを行う時である。
ライトの光りに向かって泳いで来る特徴があり、その時に、体当たりされてケガをする事がある。
彼らがいるリーフエッジでのナイトダイビングには、十分に注意する必要がある。
人間に危害をくわえ、場合によっては死に至ることが多い物はあまり報道されないが、珍しい例には過敏に反応し過剰と言える程の報道が行われる。
その事によって無自覚の印象操作が起きていると言わざるを得ない。
食味についてと重要注意点
日本国内でも、かつては他の大型カマス類と同様に食用にされていた。
現在では日本国内ではシガテラ中毒の主要な原因魚であるとして流通できない。
食品衛生法第6条第2項の定める有害な食品として厚生省通達により販売は禁止されている。
筆者は、本種と判っていて食した事が何度もある。
淡白な白身で、から揚げにして食べたり、刺し身で食べたりした事もある。
特に、脂がのる冬季に久米島の海人にご馳走になった寿司は、今でも忘れられない程、大変美味であった。
東南アジアでは、現在でも食用の有用水産物として流通している。
海外リゾートでも、海鮮レストラン等で提供されている。
もちろん、食べる事に問題が無い様に、シガテラ中毒の影響を調べる方法があるのだが、調理済みでは判別できないので、食べる事はお勧めしない。
鮮魚の状態でも、現地の調理人がそこまでこだわって食材としてチェックしているとは思えない場面に何度も出くわしている。
自己責任に任される状況なら、食べない事を強く推奨する。
尚、シガテラ中毒は、他種にも多く見つかっている。
水族館で飼育されることもあるが、2022年2月現在飼育中なのは、日本動物園水族館協会の公式リストでは、登別マリンパークニクス・大阪海遊館・宮島水族館の3館のみの様である。
観察方法
国内でオニカマスを観察するには、相当な強運が必要だろう。
リクエストして確実に出会える生物ではない。
東南アジアでは、潮の通りが良いエリアで簡単に観察できる場所がいくつもある。
ただし、その様なエリアはすべてドリフトダイビングのダイビングスタイルである。
観察の注意点
先にも述べたが、オニカマスの観察はドリフトダイビングのダイビングスタイルになることがほとんどである。
生息場所に潜ることができれば、簡単に見られる反面、参加者にはドリフトダイビングのスキルが必要となる。
ドリフトダイビング・スペシャルティのライセンスを習得する必要があるだろう。
オニカマスが観察できるようなダイビングポイントで取材活動・ガイドツアーをしていると、一度講習を受けたきりで、安全を確保しながら潜ることができるスキルまでは身に着けていない様に見受けられるダイバーの姿を非常によく目にする。
ライセンスというものは、ただ講習を受ければ良いというものではない。
ドリフトダイビングの講習を受講した上で、繰り返しドリフトダイビングのトレーニングを行い、スキルを身に着ける必要がある。
一方、参加ダイバーのスキルを確認することなく受け入れる旅行社・現地サービス・引率ショップも一定数存在するため、自身の安全のためにも、自分のスキルレベルを正確に認識する必要があるだろう。
観察ができるダイビングスポット
国内で、ここに行ったら必ず見られると保証できるダイビングスポットを筆者は記憶していない。
可能性が高いのは、沖縄諸島・小笠原諸島・南大東島だろう。
海外では、外洋に面した離島エリアという条件を満たしていれば、広く観察されている。
自然保護区に指定されている場所なら、決まった場所で定期的に見られる。
生態を撮影するには
オニカマスがいるエリアが保護されていて、すべての魚が人間を恐れない様になっている所以外では、撮影できる距離には中々近づくことができない。
本稿に使用した映像は、保護を筆者自身が行った、ボルネオ半島沿岸域のロッシュリーフという場所で撮影したものが中心である。
彼らが危険を感じなければ、ワイドコンバージョンレンズを付けたコンパクトデジタルカメラで容易に撮影が可能である。
大事なのは、危険を感じさせないダイビングスキルとローカルルールを順守することである。
残念ながら、現在、ロッシュリーフの人工島に建つダイビングリゾートは、モンスーンの嵐によって倒壊してから、必要な修繕費をかけなかった為に運営が中止されたままと聞く。
また、現在禁漁区に指定されているのだが、原住民の密漁が後を絶たない状況であるとの情報を得ている。
撮影の容易な系群は、既に当地には存在しないだろう。
SPECIAL COLUMN
シガテラ毒と沖縄・海人の知恵
まず最初に、本コラムは、オニカマス、バラフエダイ、バラハタなどのシガテラ毒のある魚類を食す事を推奨するものではないことをお断りしておく。
食文化として工夫をしていた先人の知恵を、博物学者としてはどこかに書き残したい。
その思いから、筆を取った次第である。
沖縄旅行をした事がある方なら、ほとんどの方が気が付くだろう。
海沿いに面した場所でも、地魚を食べさせるお店が、沖縄には極端に少ない。
筆者は海産物を好んで食すので、長期滞在は、食生活にとても苦痛を感じるほどである。
沖縄本島を例にあげると、一般の沖縄県民によく食べられているのは、冷凍のサンマ・サバなどで、県内産は沖で捕れるキハダマグロ・シイラなど。
それ以外の島の魚はとても貴重で、限られた場所でしか食べる事ができない。
これは、サンゴ礁の魚類で大型に成長するものには共通の危険があり、流通に不向きな点が理由のひとつである。
その危険の一つが、シガテラ毒による食中毒である。
これは、毒素を産生する能力を持った渦鞭毛藻という植物プランクトンの仲間を捕食した動物プランクトン・浮遊期の幼体生物が、さらに大型の生物に捕食され、その生物がさらに大型の生物に、と食物連鎖の段階を経るうちに、体内で毒素が濃縮されて蓄積される事により毒性が強くなる。
シガテラ中毒症状については本文中に記載したので割愛する。
その症状を起こすほどではない量を食す限り、その場は問題ないが、次回以降は、激しいアレルギー反応であるアナフィラキシー症状を引き起こす事もあるため、中々の問題である。
これらの問題があるにもかかわらず、以前は沖縄の漁師である海人達は、それらの魚類を上手に利用してきた。
どの様にしていたかは、中々書き残されていないので、今回はまずその事にふれたいと思う。
沖縄の海人の中で、魚突きで生計を立てている人たちには、先祖代々伝承として残されている、言い伝え(ルール)がある。
「○○には毒があると言われているが、アレ(個体)はない」
「○○は、オスを突いては行けない」
「○○は、何月頃産卵期だから、おなかの大きいメスは、捕ってはダメ」
など、事細かに狩る魚類たちを識別している。
すごいのは、同じ種でも
「どこのは脂がのって美味しいが、ここのは脂がのらない」
と、島周りの同じ魚の美味しい・不味いまで知っていた。
これは、若き日の筆者には衝撃の出会いと事実だった。
大学の専門教育で学ばないと知ることができないような知識がいっぱいである。
学問的根拠はないとはいえ、生活の知恵でシガテラ毒の蓄積を知っているし、魚類の性転換の仕組み、ハーレム行動、産卵期なども知っている。
さらには、魚が美味しくなる仕組みも理解している。
これはすべて、先祖からの経験の言い伝えで伝承されていた。
一番の驚きは、石垣白保に新空港が作られるかもしれないとの問題で、ニュース番組を一緒に見ていた際、反対のキーワード語として、『魚湧く海』と作家が使い話題にしようとした時、彼は、「『魚湧く海』ではなく、『魚湧かせる海』だ。そうやって、先祖代々、海人は生きてきた」と言った。
この時のことは、今も鮮明に印象深く覚えている。
彼は、「シガテラ毒への対処の伝承」についても教えてくれた。
一番の約束事から。
「どんなに美味しい魚でも、魚は選んで獲れ。家族が食べていけるだけ、それ以上は捕ってはいけない。捕ってすぐが美味しい魚は、次の食事分だけを捕れ。それ以上は、明日また捕ればよい」
その日に必要な分だけ、魚を選んで捕れと言う事だ。
「狙った魚がいなかったり、食すのに向かなかったり、産卵期などで狩るのに向かない場合は、他の生物を捕ればよい。それもなかったら、保存食を食えばよい」
これは、『漁の心得』だとはにかみながら、それでも誇らしげに教えてくれた。
その後、違法漁をしている東南アジアの漁民達にインタビューするチャンスがあるたびに回答される言葉は、それらの誇りに満ちた言葉とは、大きく考え方が違う。
東南アジアの漁民達は、
「今日、自分が捕らなかったら、そのチャンスは誰か別の人間のものになる。別の人間が捕らえたら、もうお金に変えられないから、今、捕れるだけたくさん捕まえる」
と言う。
この様に言う漁民が活動する海では、すでに生物が捕りつくされて、利用できる生物を見る事は難しい。
その様な場所のすぐそばにある自然保護区では、判っていて違法操業する漁民が後を絶たない。
ロッシュリーフ海域は禁漁区に設定されていたが、ほぼ毎晩、延縄漁の密漁船があらわれ、禁漁エリアギリギリの場所に、籠網を仕掛ける漁民があとを絶たない。
筆者が滞在中には、島に常駐するシーポリス(日本の海保)と、撤去や摘発をしていた。
しかし筆者が帰国後、島にモーターボートが無くなり、シーポリスの摘発に時間がかかるようになると、ダイナマイト漁まで、行われてしまうようになった。
こうなるとまさに、悪循環である。
さて、沖縄の海人が教えてくれた識別法は、漁場所が一つ目で、二つ目が、良いと言われている場所でも、絶対に痩せた魚は捕らないということだ。
シガテラ毒は、大型の魚の中で、濃縮される。
濃縮されたシガテラ毒を持つ個体は、体力が奪われて餌をまともに食べられていない。
今回の記事に使用した画像は、全て、おなかがへこんでいる。
これは、捕らないサインが出ている個体である。
さらに彼は、尾柄(尾ビレの付け根)の厚みが薄い個体も、痩せていて美味しくないから捕らないと教えてくれた。
毒が蓄積してくると、まず尾柄に影響が出るそうである。
東南アジアで調査をする時に、自分は必ず魚市場を見て回る事にしているが、売られているオニカマスは、問題ないと考えられる個体と、明らかにこの海人の彼が教えてくれたシガテラ毒の影響が出ている個体が一緒に売られている。
見極める能力があれば選べるが、かなり難しいのが現状である。
さらに、大型の魚は輪切りになって売られている。
そうなると、判別は不可能である。
衛生的とは言えない魚市場
その様な問題のない魚産物は、高性能の漁船を使い沖の海から得るしかないが、輸送には、鮮度を保つために、大量の氷か急速冷凍装置が必要である。
日本では、その様な装備は、ごく一般的である。
日本式漁業は、日本の海外協力で、発展途上国に何十年も教えてきているが、日本が水産物を買い上げている産物以外は、定着していない。
また、日本の漁船で働き手として、研修をさせているが、これも良い点だけではない。
今回の内容とは話がそれるので、またいつの日か話せる機会に取っておく事にする。
3つ目のルールとして、同じ魚でも、一匹、一匹を分けて調理をする事。
その時に、調理して身が通常より硬い場合は、全て、食べないで海に捨てに行く。
海に捨てれば、海で分解され、次の魚を『湧かせる』栄養になるからである。
それだけ、サンゴ礁の海には、栄養が少ない。
刺し身の場合はまず、必ず年長者が一切れ舌の上にのせて、痺れがあれば絶対に食べてはダメ。
同じくすべて、海に捨てる。
毒見で食べる年長者のおばあさんは、
「ばあさ、長く生きたからさ、もし、想像以上の毒があった時でも、ばあだけ人生を〆ればいいのさー」
と、驚いた顔をしている筆者に伝えてくれた。
このルールでは驚いた事に、年長者の次は、男性が試す。
女性は妊娠していると、おなかの子供に影響があるかもしれないからNGという。
一家が、次の世代に血統をつなぐルール作りがされていた。
また、危険な可能性が少しでもある魚は、絶対に子供に食べさせなかった。
アレルギー反応の怖さをも理解していた。
本文中に書いたオニカマスの寿司は、その過程をすべてパスした個体だと言う事だ。
この日は、海人の血のつながりのある人たちを呼び夜の宴会になった。
海人の奥さんの親戚は血がつながっていないので、何かあった時の事を考えて呼ばないそうである。
宴会の最中に、海人の奥さんが教えてくれた。
「とうさん(旦那さん)が捕ってきた魚だから、もし問題を見つけたら海に捨てられるけど、魚を買う家では、買ったのだから無理して食べる。それが、中毒の原因の本当の訳」
さらに付け加えた。
「だから、買いに来た人には、100%安全な種類しか売らない。だから、播磨さんも、この魚が美味しい事は、中途半端に人に話さないでね」
そう、大丈夫は危険、な魚がサンゴ礁の海にはたくさんいるのだ。
無知だと、確認作業を知らないで、食べてしまう恐れがある。
その為、日本では、流通禁止にする方が安全である。
ちなみに、本稿のバラクーダの写真は、すべてシガテラ中毒をの影響を受けていて、食べられる個体ではないと筆者は判断している。
参考文献
- 『日本産魚類検索 全種の同定』(著者:中坊徹次、発行:東海大学出版会、発行年:2013年第3版)
- 『日本産魚名大辞典』(編集:日本魚類学会、発行:三省堂、発行年:1981年)
- 『日本の海水魚』(著者:大方洋二・小林安雅・矢野維幾・岡田孝夫・田口哲・吉野雄輔、編集:岡村収・尼岡邦夫、発行:山と渓谷社、発行年:1997年第3版)
- 『新版魚の分類の図鑑』(著者:上野 輝弥・坂本 一男、発行:東海大学出版会、発行年:2005年新版)
- 『新版 日本のハゼ』(解説:鈴木寿之・渋川浩一、写真:矢野維幾、監修:瀬能宏、発行:平凡社、発行年:2004年)
- 『クマノミガイドブック』(著者:ジャック・T・モイヤー、発行:TBSブリタニカ、発行年:2001年)
- 日本動物園水族館協会 飼育動物検索
- 神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」
- 厚生労働省「自然毒のリスクプロファイル:魚類:シガテラ毒」
- 『日本大百科全書ニッポニカ』(発行:小学館、発行年:1993年)
- 『デジタルカメラによる 水中撮影テクニック』(著者:峯水亮、発行:誠文堂新光社、発行年:2013年)
- 『うまく撮るコツをズバリ教える 水中写真 虎の巻』(著者:白鳥岳朋、発行:マリン企画、発行年:1996年)
- 『水中写真マニュアル(フィールドフォトテクニック)』(著者:小林安雅、発行:東海大学出版会、発行年:1988年)
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