イソギンチャクを背負うという一風変わった生態を持つソメンヤドカリ。
他のヤドカリとは明らかに異なる見た目から、興味を持ったことがあるダイバーも多いのではないでしょうか。
今回はそんなソメンヤドカリについて、有馬先生に解説して頂きます。
ソメンヤドカリについての基本的な解説はもちろん、背負っているベニヒモイソギンチャクとの間にある驚きの秘密、そして悲しい現実についても必見です。
ソメンヤドカリDATA
標準和名:ソメンヤドカリ
学名: Dardanus pedunculatus (Herbst, 1804)
分類学的位置:ヤドカリ科ヤドカリ属ソメンヤドカリ
分布:インド・西太平洋・房総半島・新潟以南
生息環境:岩礁、サンゴ礁、礁斜面、砂底、転石帯
生息水深:1m以深
(本記事では、『ネイチャー・ウォッチング・ガイブック ヤドカリ』に準ず)
尚、筆者の分布調査によると、千葉県房総半島南部以南に分布が確認されている。
ソメンヤドカリの識別方法:
ヤドカリは大きくヤドカリ科とホンヤドカリ科に分けられる。(陸生のオカヤドカリ科・深海性のオキヤドカリ科を除く場合)
左右のはさみ脚のサイズで区別がつき、左右同じ大きさ又は左はさみ脚が大きければヤドカリ科、右のはさみが大きければホンヤドカリ科である(例外的に右のはさみ脚大きいヤドカリ科のミギギキキヨコバサミ属が存在する。)
なので、左ハサミ脚の大きなソメンヤドカリは「ヤドカリ科」に属するヤドカリとなる。
大型になる種でありサザエ科やフジツガイ科等、殻口の広い貝を好んで宿とする。
最大の特徴は、この宿とする貝に「ベニヒモイソギンチャク」というイソギンチャクを共生させている所である。
眼柄にあかい色の縞を持ち、眼はみどり色。
大きな左はさみ脚の掌部上部に数条の棘列があるが、外側(下部)には棘列はなく平滑になる。
歩脚は濃いだいだい色で、各関節部は淡いだいだい色になる。
過去に発刊されている図鑑では同属のサメハダヤドカリとの誤同定も見られるので、注意が必要である。
ダイバーのための絵合わせ
体の色は主にだいだいいろ、はさみ脚は左のはさみ脚が大きくなる。
大きな左はさみ脚の内側(上半分)には棘が並び、外側(下半分)には棘がなくツルツルしている。

眼はみどり色で、眼柄(眼のついている柄の部分)にあかい縞が入る。
ソメンヤドカリの観察方法
観察時期
千葉県房総半島南部以南では通年見られる。
生息場所
石の下やサンゴ礫の下や岩礁の亀裂の中に生息している。
主に夜行性であり、夜間活発に活動する。
生態行動
ヤドカリの仲間の多くは夜行性であり、日中よりは夜間の方が観察しやすい事が多い。
一方、このソメンヤドカリは、日中から観察が可能である。
宿貝に付けるベニヒモイソギンチャクは、触るとその名の通り淡いあかいろの紐状の槍糸を出す。
これにより、ヤドカリはタコや魚類からの攻撃から身を守ることができ、イソギンチャクはヒトデ類や貝類からの攻撃を回避する事が出来る。
見事な共生関係が成り立っているのである。
ヤドカリは脱皮を伴い体を大きくしていく事が可能である。
その為、宿もより大きな物へと変える必要がある。

その際、身を守る為に大事なイソギンチャクを置いて行くわけにはいかず、新しい宿へと移す必要がある。
このイソギンチャクを人間が貝から剥がそうとすると、決して上手く剥がすことが出来ないのだが、ヤドカリがまるでマッサージをするように脚を使いイソギンチャクを突く様にすると、いとも簡単に剥がれるから不思議である。
とは言え、ヤドカリが飢えている時なのか、ヤドカリの餌になってしまう事もある為、自然の厳しさを感じざるを得ない。
観察方法
ヤドカリは非常に隠蔽性の高い生物である。
そのため、亀裂や穴の奥等の居る事が多い。
そういう場所をライトで照らしながら探すのが良いだろう。
または、石の下に隠れている物もいる為、石を捲り観察する必要がある。
その場合、捲った石は必ず元の状態に戻すべきである。
観察の注意点
オープンウォーターレベルから十分観察が可能である。
しかし、写真にあるように全体をしっかり観察したい場合は貝を起こし、殻口を自分に向け、ヤドカリが出てくるのを待つ必要がある。
時には長い時間待つ必要もある。
その為、エア消費には注意が必要である。
ヤドカリ類に限らず甲殻類は夜行性の物が多いため、ナイトダイビングのスキルも重要になるだろう。
観察ができるダイビングポイント
- 房総半島(館山周辺)
- 三浦半島
- 葉山
- 伊豆半島(伊豆海洋公園・大瀬崎等)
- 伊豆諸島
- 紀伊半島
- 高知県
- 奄美大島
- 沖縄諸島
- 先島諸島
生態を撮影するには
撮影に関してだが、ダイバーの常識として生物には触れずありのままを撮影すべきであるという大前提がある。
しかし、ヤドカリの撮影においてはこの常識は捨てて頂かないといけない。
理由としては、多くの種類で隠蔽性が強く、壁にある亀裂の奥や、石の下に隠れているからである。
つまり、捕まえて表に出さないと写真は撮れない。
とは言え、掴むのはヤドカリ本体ではなく、宿としている貝なので安心して欲しい。
表に出したら、今度は貝の殻口を自分の方に(カメラの方に)向け、後は出てくるのを待つ。
ただそれだけである。
ソメンヤドカリを含むヤドカリ科の種類は臆病な物も多いので、慎重に待つ必要がある。
殻口の前でカメラを構え、いつでもシャッターを切れる状態にし、ゆっくりと出てくるヤドカリの体がしっかりと出る瞬間を狙う必要がある。
しかし、出過ぎるとすぐに貝を伏せてしまうので、正に一瞬を切り取る必要がある。
とは言え、泳いで逃げて行くような魚と違い、動きはゆっくりとした生物なので、コンパクトデジカメ(TGシリーズ等)で十分撮影可能である。
小さい個体ならば、スーパーマクロモード(顕微鏡モード)での撮影がお勧めであり、内蔵ストロボで十分撮影出来るがリングライト等があるとなお簡単である。
一眼レフカメラならば、小さい個体の場合35mm換算で、100mmマクロレンズ相当がベストである。
ソメンヤドカリはヤドカリの中でも大型になる生物の為、大きな個体ならば5mm換算で、50mmマクロレンズ相当がベストである。
甲殻類はゴツゴツとし、魚類を真横から撮るのと違い立体的な物が多いため、ある程度絞れ(f-8以上)なおかつ寄れるレンズがお勧めである。
参考文献
- 『ヤドカリ (ネイチャーウォッチングガイドブック)』(著者:有馬 啓人、絵:加藤 昌一、発行:誠文堂新光社、発行年:2014年)
- 『海の甲殻類』(著者:峯水亮、監修:武田正倫・奥野淳兒、発行:文一総合出版、発行年:2000年)