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キンチャクダイ【ダイビング生物情報】~実は分類の謎多き魚!?世界初ベトナム型新情報~

生物について

多くのダイビングスポットではいつでも目にすることができるほど生息数が多いキンチャクダイ。
珍しい生き物という印象がないダイバーの方が多く、人気生物とは言い難いのではないでしょうか。

一方で、アクアリスト(海水魚飼育愛好家)、とりわけエンゼルフィッシュマニアの中では希少価値が高いバリエーションがいることが知られていて、非常に高額で取引される場合もあります。
そして、この希少価値が高いとされているのは日本産のキンチャクダイではなくベトナム産のものです。

今回はキンチャクダイに関する基本的な情報に加え、ベトナムに生息するキンチャクダイの初の生態情報についても、播磨先生に解説していただきます。
播磨先生が実際に現地で調査し記録した世界初の貴重な情報を初公開!

キンチャクダイDATA 

標準和名:キンチャクダイ

学名:Chaetodontoplus septentrionalis (Temminck and Schlegel, 1844)

分類学的位置:スズキ目キンチャクダイ科キンチャクダイ属

種同定法:D Ⅷ,18~19 ; A Ⅲ,17~19

分布:岩礁域.宮城県石巻,小笠原諸島,千葉県館山湾~九州南岸の太平洋沿岸,山形県~九州西岸の日本海・東シナ海沿岸,男女群島,有明海,播磨灘,伊予灘,口永良部島;済洲島,台湾,広東省,ベトナム
(本記事では、『日本産魚類検索』に従った)

キンチャクダイの識別方法:
キンチャクダイは、同じキンチャクダイ属の中で、キヘリキンチャクダイChaetodontoplus melanosoma)、アカネキンチャクダイChaetodontoplus chrysocephalus)と分布地域が重複する。
成魚の場合、キンチャクダイと他2種とで、判別が必要である。

キンチャクダイ成魚は体側全体にあおいろタテジマがある。
一方でキヘリキンチャクダイアカネキンチャクダイの成魚は体側にあおいろタテジマがないか、あっても主に前半部のみである。

幼魚について、キンチャクダイとキヘリキンチャクダイでは、非常に似かよっている事が知られている。

2013年3月に発行された『日本産魚類検索 全種の同定 第三版』によると、アカネキンチャクダイの幼魚は発見されていないとされている。
しかし、神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」の資料上に、アカネキンチャクダイの中でキンチャクダイに近い模様タイプの幼魚と言われている個体をアクアリストが水槽飼育で成長させた例が載っている。
また、自然界で撮影された、このタイプの幼魚と思われる物も「魚類写真資料データベース」には掲載されている。

今回は、キンチャクダイと、キヘリキンチャクダイの幼魚識別は、『日本産魚類検索』に従って記す。
キンチャクダイとアカネキンチャクダイの幼魚識別は、アカネキンチャクダイの中でキヘリキンチャクダイに近いタイプの幼魚情報が未発見なので、未確定とさせていただく。
アカネキンチャクダイは、キンチャクダイとキヘリキンチャクダイの交雑種と考えられていて、どちらかの特徴を強く引き継ぐ遺伝が知られている。
2013年3月に発刊された『日本産魚類検索 全種の同定 第三版(東海大学出版会)』では、「アカネキンチャクダイはキンチャクダイとキヘリキンチャクダイの交雑種であることが強く示唆されている」としながらも、無効種扱いにはなっていない。確定的な生態行動または、DNA研究などが行われていないことからこの見解になっていると見られる。

キヘリキンチャクダイアカネキンチャクダイについては、別の機会に投稿したいと考えている。
キンチャクダイの幼魚は尾鰭にくろいろヨコシマがないことで識別することができる。

キンチャクダイの幼魚(撮影地:大瀬崎)

対してキヘリキンチャクダイの幼魚は尾鰭に1本、黒色横帯がある。

標準和名の由来は、江ノ島での呼び名を採用したものと考えられる。
日本伝統の巾着(財布)のような形をした鯛、という意味であると伝承されている。
地方名で、他種との混同をおこすと思われる名称は称されていない様であるので、割愛する。
英名は、ブルーストライプド・エンゼルフィッシュ(Bluestriped angelfish)と呼ぶ。
しかし、ダイビングポイントでキンチャクダイを定期的に観察できるのは概ね日本国内のみで、他には東南アジアの限られた地域にしか分布していない事を考えると、この英名をダイバーが共通認識として使う事は少ないだろう。
使うとすれば、アクアリストだけであると思われる。

尚、筆者の調査では、日本ではタイプ標本の様な体色の個体しか見られないが、ベトナム産には日本産のような模様の個体を見つけることができなかった。
ベトナム産は、日本産に見られない、顔の模様に2つのバリエーションタイプが確認できるが、正式な魚類学会誌・図鑑などへの投稿を見つける事ができない。
最初に日本に存在を公表したのは、「マリンアクアリストNo.20」である。

タイプ標本:新種登録論文を書くときに指定した、標本、及び標本群。その動物の特徴を保証し、学名の基準として指定されたもの。

ダイバーのための絵合わせ

日本国内でキンチャクダイの仲間を見つけた場合は、ほとんどがキンチャクダイと考えて良いだろう。
それでも心配なら、成魚なら体全体にあおいろの線が乱れたタテジマ模様が見られるので、それを判別に使えばよい。

頭部のタテジマ模様には、多様な個体差が見られる。
本稿の生態写真はその特徴の顕著な個体である。

日本産キンチャクダイの頭部に網目状の模様が見られるタイプ
日本産キンチャクダイの頭部に網目状の模様が見られるタイプ

日本産でも個体差は見られるが、より気を付けてほしいのはベトナム産で、変異がさらに大きい。
アクアリストの間ではいくつかの変異を別種かの様に呼び分ける通称名があるが、正式な分類的な見地は決定していない。


将来的に別種とされる可能性はあるが、現時点では否定的である。
本稿執筆時点ではそこまでの研究がされていないので、バリエーションとしておく。
ここからは、それらのバリエーションを解りやすく解説するために、アクアリストの通称を使わせていただく。

通称)ブルーフェイススパイダー・キンチャクダイと呼ばれる、顔のシマ模様が網目状のバリエーションと、通称)ブルーフェイス・キンチャクダイと呼ばれ、頭部があおいろ一色になっているタイプが、知られている。
下記に、通称)ブルーフェイススパイダー・キンチャクダイの写真を掲載するが、生態写真の公開は世界初であろう。

通称)ブルーフェイススパイダー・キンチャクダイ

残念ながら筆者は、通称)ブルーフェイス・キンチャクダイの生態撮影には失敗した。
通称)ブルーフェイス・キンチャクダイについては『マリンアクアリスト No.80』p.24にキンチャクダイとして紹介されている画像か、「エル・ウエーブ 海水魚生体の写真ギャラリー ベトナムの海水魚」を参照してほしい。 

通称)ブルーフェイス・キンチャクダイは、2021年4月現在も、生態写真は撮影されていない様である。

これらは共に、頭部の模様に変異があるバリエーションである。

飼育海水魚として流通しているキンチャクダイには台湾産も知られているが、こちらは通常、日本産と大きな差異は見出されていない。
稀に、他の個体より頭部のあおい部分が多い個体をベトナム産に寄せて売っているが、ベトナム産、日本産とそれぞれ比較してみると、明らかに日本産に近い。さらに、現在はベトナム産は、日本国内でほとんど流通していない。

ベトナム産のキンチャクダイについて、生活行動も日本産とは異なることを、筆者は原産地で確認している。
それらの生態行動については後述する。

近縁種のキヘリキンチャクダイをダイビングポイントで見る機会は中々少ない。
筆者は、幼魚こそ複数回観察しているが、成魚は大瀬崎で1個体しか観察したことがない。
筆者が観察した大瀬崎以外でも、和歌山県紀伊半島南部や四国の太平洋側でも、稀に見つかっている。

キヘリキンチャクダイはキンチャクダイに対して、ダイビングポイントで目にする機会が圧倒的に少ない。
キンチャクダイに見慣れていれば、キヘリキンチャクダイを見た時には違和感に気が付くだろう。

アカネキンチャクダイも稀で、筆者は高知県柏島で1個体、伊豆半島東岸赤沢で1個体のみしか見た事がない。

以上から、キンチャクダイの仲間の成魚に出会った場合、ほとんどがキンチャクダイだろう。
幼魚の場合も、日本国内の個体数は圧倒的にキンチャクダイの幼魚が多いと思われる。

しかし、キヘリキンチャクダイの幼魚は、成魚より広いエリアから確認されている。
識別は、尾鰭にくろのヨコシマ模様がないのがキンチャクダイで、あればキヘリキンチャクダイである。

なお、キヘリキンチャクダイの幼魚の方が、キンチャクダイの幼魚よりも、若干潮の通りが良い場所を好むようである。

キンチャクダイの観察方法

筆者は国内では、千葉県房総半島から静岡県清水市三保半島まで広く観察している。
海外では、ベトナム中部・南部(乱開発防止の為に詳しい場所は伏せさせていただく)の周辺諸島で観察している。

その中で、観察に役立つ情報を紹介していく。

観察時期

冬場の水温がキンチャクダイの生息限界となる水温より高い地域では、成魚を一年中観察できる。
それより水温が低い日本海側の情報は極端に少なく、判断できない。

幼魚に関して、南日本太平洋岸では、7月から8月に極小さな幼魚期の個体が見つかり始めるという季節性があるが、幼魚の体色をした個体は、ほぼ一年中見つかる。
日本海側では、幼魚の体色の個体が9月頃に見つかったという報告がある。

成魚、幼魚の出現状況から、日本海側では無効分散の可能性が考えられる。

無効分散:分布地域を離れて流れつくこと。たどり着いた先では、成魚になれず繁殖もできないものをいいます。以前は、死滅回遊魚と呼ばれていたことがあります。季節性がある場合に季節来遊魚と呼びます

体色が幼魚から成魚に変わる途中の個体は、極小の個体が見つかる7月から8月の時期を除いて、ほぼ一年中、見つかっている。
幼魚から成魚への変態は個体間の影響が大きく、季節性はないと考察されている。

ベトナムでは、成魚も幼魚も一年中観察できるが、筆者が訪れた際には成魚しか見つける事ができなかった。

生息場所

日本産は、内湾性の環境を好む種で、泥底から転石帯、岩場まで広く分布している。

ベトナム産は、タイプによってそれぞれ好む場所が異なる。
通称)ブルーフェイススパイダー・キンチャクダイは、日本産と同じような内湾性から礁の内側に、複数個体で群がりを作っている様子が観察できた。
通称)ブルーフェイス・キンチャクダイは、礁湖(しょうこ)の外礁をつなぐチャネルの礁湖内側のみで、また、必ずペアで観察できた。

礁湖:干潮時、サンゴ礁で外洋と仕切られ、湖の様に流れが緩やかな海域。ラグーン。
チャネル:サンゴ礁の切れ目(リーフギャップ)で大型のものや、礁湖と礁外をつなぐ水路。潮汐のタイミングで、離岸流が発生する場所として注意が必要。

生態行動

キンチャクダイの生態は、一部解明されている点があるので、以下にまとめる。

1967年、安田富士郎氏によって、初めてキンチャクダイの幼魚から成魚への成長段階による斑紋の変化過程が研究報告された。
その後、キンチャクダイ科の魚類は、東海大学海洋科学博物館研究員であった故・日置勝三先生の博士論文で、『日本産キンチャクダイ科魚類の繁殖生態と雌雄性に関する研究』としてまとめられた。

故・日置勝三先生は、水槽内実験でキンチャクダイ科魚類産卵から受精卵の形態、成長する仔魚期の解明、性変換する事を突き止め、その行動の変化をまとめられている。

その当時の東海大学海洋科学博物館では一学年上の研究生が、本種キンチャクダイの雌雄性と、性変換のメカニズムを研究していた。
(当時筆者は大学4年の卒研生であった。)

キンチャクダイの性変換は雌型から雄型に変わるのだが、いつ、どの成長ステージで大きく変わるのか、当時は解明されていなかった。
そして、成長サイズごとのサンプル採集も、困難を極めた。
 (研究生のお手伝いで当時、筆者も採集協力をしたが、必要なサンプル数を集められるレベルでなかった)

さらに、体長と性変換の進み具合が一致しないという特徴もあり、研究生の在学時間内に新たな進展は見られなかった。

今回のキンチャクダイの原稿を書くに当たって、その後を調べたが、この時点より新しい報告を見つけられなかった。

その時、研究生や指導教官の研究員が考えていたのは、キンチャクダイは、グループ内やペアで、繁殖に参加可能な個体が何らかの理由で空きができた時、つまり社会構造の変化が起こった時に、下位の個体の中から、そのポジションを埋めるのでは無いか、ということだった。
オスがいなくなれば、メスがオスに性変換して、空いたメスのポジションにその次の未成熟個体が、成熟したメスとなる。

しかし、当時の観察地、沼津市・内浦湾内で普段は、他のキンチャクダイ科魚類に見られるオスを頂点としたハーレム行動は見られなかった。
繁殖時期以外、ペアは明確でなく、緩やかな群がりで、組み合わせが常に変化するのが確認されていた。
同じ行動を筆者は、冨戸、大瀬崎、土肥でも観察している。

このことから、未成熟な個体は他の大型個体の抑制で通常は雌型の未成熟だが、成熟したメスのステージを経なくても、オスに変換できる可能性すら見え隠れする。

ベトナム産キンチャクダイのペア。個体差が見られる
ベトナム産キンチャクダイのペア。個体差が見られる 

また、ベトナムにダイビングリゾート開発の準備で滞在していた時に、ベトナム産の通称)ブルーフェイススパイダー・キンチャクダイのタイプの観察を行ったが、同じような緩やかな群がり行動をしていた。

通称)ブルーフェイス・キンチャクダイのタイプは、常にペア行動で離れる事はない。
行動的には、ハタタテダイやフエヤッコダイなどに近い行動パターンであった。

この2タイプは、生殖分離もしているのではと観察当時は考えていた。

それぞれの産卵行動を確認し確定的な証拠をつかみたかったが、その当時から中国との国境問題があり、夜間の潜水調査は現地駐留ベトナム軍の許可がおりず許可待ちの状況であった。
残念ながらその後、9.11アメリカ同時多発テロ事件の発生により、継続した調査は打ち切りになり、また、ダイビングリゾート開発の話は白紙に戻ったため、確認ができなくなった。

キンチャクダイの産卵行動については、ダイバーによって撮影されている。

日本産のキンチャクダイについても疑問が一つある。
日本列島の本種の分布の南限はどこなのであろうか。
九州南部なのか、それより南部の屋久島あたりなのか、さらに南なのか。情報がない。

沖縄本島以南では、観察されていない様である。
それなのに、日本産型の台湾産は流通している。

台湾産がどの様なところで採集されているか、とても興味深い。
筆者の得ている情報では、台湾産は台湾海峡側で採集されているらしいという。

残念ながら台湾海峡について、現在の世界情勢では、外国人の潜水調査の許可はおりないだろう。

食味

地引網で混同捕獲されたものを食べようと試みた事があるが、おなかを開いた時の悪臭で断念した経験がある。

観察方法

生息が確認されているダイビングスポットでは、普通に見ることができる。
普段キンチャクダイを見慣れていないダイバーであれば、綺麗なあおいタテジマ模様に魅かれて目に留まるだろう。

幼魚も、くろいろの体色に、きいろのヨコジマ模様とヘリ模様の組み合わせが目に留まるだろう。

性別不明な状態の変体中の中間個体は、中々見つからない。
変体期間が短いので、観察することができれば貴重な瞬間であろう。

多くのダイビングエリアで普通に見ることができる種ではあるが、貴重な瞬間ほど繰り返しダイビングをして、フィッシュ・ウォッチングをしないと観察しきれない。
ダイビングスキルはさほど必要なくても、落ち着いて、余裕がないと気が付かないだろう。
細かなことにも気が付くことができるよう、落ち着いた行動を身に着けてほしい。

観察の注意点

見つけた嬉しさで少し深追いしただけで、成魚は逃げてしまう。
彼らの活動範囲以上に追うと、他の個体群の縄張りに入ってしまう事もある。
まず落ち着いて、彼らを驚かさない距離感を身につけよう。

また、見られた事の嬉しさで、魚から離れる時に「バイバイ」と手を振る仕草をするダイバーを見た事があるが、動く手は、目の良い魚たちにとっては恐怖でしかない。
心の中で、「出会ってくれてありがとう」と言って、驚かせない様に離れよう。

幼魚はさらに敏感なので、注意して接しよう。

観察ができるダイビングスポット

キンチャクダイは南日本のダイビングポイントなら、普通に見られる。
千葉県館山湾〜九州南岸の太平洋沿岸なら一年中観察できる。

山形県〜九州西岸の日本海では、無効分散または、季節性の回遊で見られる場所があるかもしれないと考えられる。

東シナ海沿岸、男女群島、有明海、播磨灘、伊予灘では、普通に観察されるようである。
それより南部は、口永良部島で観察された記録があるが、普通に見られるのかの情報はない。

ベトナム産のキンチャクダイが生息するエリアは通常のダイビングサービスも無く、レンタルタンクどころか、タンクにエアーをつめるコンプレッサーの手配も難しい状況なので、まさに、幻の状態である。

台湾産は、情勢が落ち着くのを心待ちにするしかない。

生態を撮影するには

キンチャクダイはよく泳ぐ魚ではあるが、彼らが警戒をといてくれれば、比較的撮影が容易な部類の魚である。
警戒していなければ、オートフォーカスで十分に撮影できるだろう。
そういう、瞬間を待つ事が大事である。

成魚は、35mm換算で28mm程度が最も使いやすいだろう。
幼魚・性変換中の個体は、35mm換算で80mm〜105mm程度のマクロ機能の優れたレンズ・カメラの組み合わせを選ぶとよい。

参考文献

播磨伯穂

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H.T.M.マリンサービス代表。 元日本ペット&アニマル専門学校講師。 元NAUIインストラクタートレーナー。 1963年東京生まれ。東海大学海洋学部水産学...

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