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クマノミ・トウアカクマノミの識別~新クマノミガイド③~

生物について

クマノミ類の基本的な識別について解説する「クマノミガイド」連載、第三回目。

現在、日本に分布が確認されているクマノミの仲間は、クマノミ、ハマクマノミ、ハナビラクマノミ、セジロクマノミ、カクレクマノミ、トウアカクマノミの6種だ。

第一回目では、現在スタンダードとされているグループ分けを紹介した後、セジロクマノミ・ハナビラクマノミの識別とグループ分けについて解説した。

第二回目では、ハナビラクマノミ・ハマクマノミ・カクレクマノミの識別とグループ分けについて解説した。

今回は、その続きとしてクマノミ、トウアカクマノミの識別とグループ分けについて説明していこうと思う。

このシリーズは、初めから読まなければ、何を話し、何を書き残しているかのか理解しづらい点もあると思う。
是非、先に第一回目・第二回目をお読みいただきたい。

クマノミの識別

日本産最後の2種、クマノミ(Amphiprion clarkii)・トウアカクマノミ(Amphiprion polymnus)の識別について話していきたい。

①クマノミ(Amphiprion clarkii)は、体の中央部に幅が広いハッキリとしたしろいろよこじま模様が見られる。

クマノミ伊豆型(撮影地:大瀬崎)

②トウアカクマノミ(Amphiprion polymnus)は、体の中央部から背鰭軟条の部位まで広くしろいろクラカケ模様が見られる。

トウアカクマノミのクラカケ模様(撮影地:瀬良垣)

この違いで2種類は識別できる。
この2種も体色のバリエーションがあり、体色を識別には使用しない。

クマノミ(Amphiprion clarkii)を3本線と考えるのは、問題がある。
成長過程、成長する地域、性変換など生態的条件の変化で、大きく模様が変わってしまう。

3本線に見えるクマノミ伊豆型幼魚(撮影地:伊豆大島)

この点の記載が、『クマノミガイドブック』でのツーバンド・ アネモネフィッシュ・グループの解説に、モイヤー師と、訳・編集者との間で理解に相違がおきていると考えられる。

『クマノミ ガイドブック』のクマノミのページにはこのような記載がある。

一般に3本の白色横帯をもつが、2本だけの場合もある。

クマノミガイドブック』P40 Contents(著者:ジャック・T・モイヤー、発行:TBSブリタニカ、発行年:2001年)

師は、3本目の線(尾柄部の線)はそのクマノミの成長過程、幼魚(未成熟個体)・雄・雌を示す特徴で、そのステージによって違いがおきるため、識別には用いるべきでないと言いたかったのだと考えられる。

クマノミを分類する時は、3本線ではなく2本線で、最後の線は成長過程でかわるのだと、是非覚えておいて欲しい。
また、ダイビングガイドの方もゲストにはこのように伝えて欲しい。

また自然界でも、稀に体の中央部に幅が広いハッキリとしたしろいろよこじま模様が見られない、クマノミが見つかる事がある。

2本目のヨコシマが途切れている模様のままオスまで成長した伊豆型の個体(撮影地:土肥)

このグループのクマノミ類は、世界中で多くの種類が知られている。
『クマノミガイドブック』によれば、11種類に分けられている。

ツーバンド ・ アネモネフィッシュ Amphiprion bicinctus Rüppell, 1828
モーリシャン・アネモネフィッシュ Amphiprion chrysogaster Cuvier, 1830
オレンジフィン・アネモネフィッシュ Amphiprion chrysopterus Cuvier, 1830
クマノミ Amphiprion clarkii (Bennett, 1830)
スリーバンド・アネモネフィッシュ Amphiprion tricinctus Schultz and Welander, 1953
アラーズ・アネモネフィッシュ Amphiprion allardi Klausewitz, 1970
チャゴス・アネモネフィッシュ Amphiprion chagosensis Allen, 1972
バリアリーフ・アネモネフィッシュ Amphiprion akindynos Allen, 1972
セイシェル・アネモネフィッシュ Amphiprion fuscocaudatus Allen, 1972
マダガスカル・アネモネフィッシュ Amphiprion latifasciatus Allen, 1972
オマーン・アネモネフィッシュ Amphiprion omanensis Allen and Mee, 1991

クマノミガイドブック』P8 Contents(著者:ジャック・T・モイヤー、発行:TBSブリタニカ、発行年:2001年)

クマノミのグループの呼び名については、日本国内で使う場合は、標準和名表記の方が、博物館・水族館学的には明快と考えられるので、クマノミ・グループと言うべきで、学術的場面では、分類の基本的なルールにより、一番最初(1828年)に新種登録されているツーバンド・アネモネフィッシュ(Amphiprion bicinctus)に、グループを付ける事のが良いだろう。

近年、海水魚雑誌を中心として、クマノミ・グループをクマノミの学名を英語読みしたクラーキー・グループとしているが、分類学の基本から大きく外れた物と言え、高校生物学の授業で教わるレベルの知識もない人の発言となるので、使わない事を強く推奨する。

国内産クマノミ(Amphiprion clarkii)だけを調べてみても、沖縄型・伊豆型・小笠原型が一般に知られており、『クマノミガイドブック』発刊後の筆者の追加調査では、柏島地域に特定の型が見受けられ、また、生物相調査で訪島したベトナムゴンダオ海域にも特定の型が考えられた。

クマノミ沖縄型(撮影地:山田ポイント)

また、アメリカのペット用海水魚生産業者を中心として海外では、ツーバンド・アネモネフィッシュ・グループの別種同士をかけ合わせて、新型の飼育幼魚を生み出している。
この事から、いくつかの種は、生殖分離が不完全な可能性が高い。

以上から、このグループのクマノミの分類は、形態的違いだけでなく、生態的違い・DANの分離などもう少し詳しく調べられて、再構築される事が必要ではないかと筆者は考える。

長年生態を観察した筆者の印象では、ツーバンド・アネモネフィッシュに統合されてもおかしくない種と、モーリシャン・アネモネフィッシュに統合されてもおかしく無い種が考えられる。
そうなると、国内産クマノミ(Amphiprion clarkii)の学名は、いつ無効になってもおかしくない。
生態的違い・DANの分離などを研究する若手研究者の登場を心待ちにしている。
(これを解明した研究論文を制作できれば、博士論文以上のレベルであろう。) 

なお、品種改良された個体は、絶対に海に逃がさないでほしい。
遺伝子汚染を引き起こす危険をはらんでいる。 

遺伝子汚染:放流された生物によりその地域固有のバリエーションに影響をあたえ、本来の姿を失わせてしまう事。淡水魚では、複数のマス類で確認されている。陸上生物では下北半島の北限のニホンザルが、外来種であるタイワンザルとの交雑が懸念されていることが有名。

また、「並み品」という意味を付けて、ナミクマノミとの表記がネット上に見受けられるが、貴重な生態を持つ生物である野生動物を「並み品」と呼ぶことに疑問を感じないのだろうか。
品位を欠く記載であると強く警告したい。

クマノミの名前の由来

クマノミと言う名称は、日本国では明治時代より古くから使われている名称で、長い歴史がある。
クマノミ類の標準和名では最古の名称と考察できる。

諸説あるが、「クマ」は能・歌舞伎などの隈取から語源がきていると言われ、「ノミ」はノミの様に小さい物という意味と言われている。(モイヤー師談)

太平洋岸のクマノミの分布について、『【WANTED】日本産クマノミの北限を知りたい〜クマノミの仲間の写真&情報求ム!〜』(​https://scuba-monsters.com/wanted_kumanomi_202208/​)にて、「子孫を残せる分布域」と「無効分散だが分布可能な限界」を調べている。

筆者の調査・観察とウォッチャーの報告を下記にまとめる。

駿河湾では、大瀬崎を含む内浦湾で、雌への性変換と産卵を、筆者がこの調査をはじめた学生時代から確認している。
近年、大瀬崎では、一年に一回産卵するかしないかのレベルから、特定の系群では、複数回繰り返して産卵する事を確認している。

相模湾側では、伊豆海洋公園・富戸周辺で産卵を確認している。
それより、奥湾となると、石橋では、幼魚期の特徴のまま一定サイズまで成長したものが数年見られる状態で、早川では、数年に一度、流れ着いた幼魚が見られるそうだ。
対岸の逗子・葉山でも同様で、現在は、無効分散の限界地域になっているだろうと推測される。 

伊豆大島では、安定して繁殖を続けているが、最近、沖縄などで見られる、クマノミ類の集団生活型(クマノミ城)のタイプに生活変化をしたことを疑っている系群を二グループ観察している。

一般ファンダイバーの情報投稿で、千葉県房総半島側の情報も、明らかになってきた。
房総半島太平洋岸の伊戸では、雌の成魚まで成長できる事が判明している。
しかし、数年に一度、まったく見られなくなり、産卵も確認されていない。
現在は、無効分散であると考えている。
今後、産卵が確認されれば、繁殖北限限界地の更新となる。
しかし、地球温暖化を考えると、素直に喜んで良いか微妙である。

勝山沖では、雄まで性変換をした個体が投稿されているが、何故か雌は見つかっていない。
これは通常のクマノミの性変換の仕組みからは考えられないことだ。
何か、他の要因がある可能性を秘めているのではと筆者は興味を持っている。

外房側勝浦沖まで、幼魚が見られる事が解っている。 

また、相模湾の繁殖北限限界地は、富戸周辺から石橋間に移動している可能性があるため、産卵情報の投稿をお待ちしている。

九州から日本海側の情報は、筆者の協力ウォッチャーからの情報があるだけで、情報が増えていない。

繁殖北限限界地と、無効分散北限限界地には、大変興味がある。
引き続き、新しい情報の提供を「首を長くして」待っている。

トウアカクマノミの識別

日本に分布が確認されている最後の一種トウアカクマノミ(Amphiprion polymnus)について、書いていく。

トウアカクマノミ(Amphiprion polymnus)には頭部にしろいろよこじま模様と、体の中央部から背鰭軟条の部位まで広くしろいろクラカケ模様が見られる。
体色は、まったく、識別には関係ない。

日本国内の成熟した個体を調査しても、一つのコロニーの頂点に位置する雌を比較しても、体色には、バリエーションが存在している。

トウアカクマノミ沖縄型標準(撮影地:瀬良垣)

沖縄本島では、標準和名のトウ(頭)・アカ(赤色)でない個体も、多数見つかっている。

トウアカクマノミのクラカケ模様(撮影地:北谷ボートポイント)

英名で、最も昔からよく使われている呼び名は、「サドル(鞍)バック(背中)・アネモネフィッシュ」である。
識別をよく考慮した名前になっている。

トウアカクマノミの新種登録は、全てのクマノミ類の中でも最も古く、1758年である。

学名についているLinnaeus, 1758は、動物命名法の祖Linnaeus(リンネ)の『Systema Natura・第10版』(自然の体系・第10版)に掲載されたことを示す。
つまり魚類の中はおろか、全ての生物の学名の中で、最も古い学名の一つである。

完摸式標本は、現在どこに保存されているのか、現存するのか、調べられなかった。

先の第二次世界大戦の影響で、初期に命名された生物の完摸式標本は紛失してしまっているケースが多々見受けられる。
トウアカクマノミもこのケースの可能性が高いだろう。

最古の学名の生物なので、最初のサンプル(標本)は、当時、江戸時代で鎖国していた日本産では無いと簡単に想像できる。

英名は、標本にすることにより体色特徴が退色しても、なお残る特徴で考えられたと想像できる。
この事の考え方が間違いでなければ、完摸式標本、または初期に確認された標本はサドル(鞍)バック(背中)のタイプのトウアカクマノミであったことが想像される。

そうなると、トウアカクマノミには現在いくつかのバリエーションが知られているが、そこから想像するに、フィリピン周辺の個体である可能性が考えられる。
標本が失われている現在としては、とても興味深い。

フィリピンでよく見られる型のトウアカクマノミ(撮影地:フィリピン・アニラオ)

日本では、分布を確認した初期に標準和名が決められたと思われる。

この時代にはスクーバ潜水調査は普及していなかったと想像できるので、分布を確認したサンプルの中から最大の個体の特徴で、命名したのであろう。

他の地域(海外個体)との適切な形態・体色などの比較研究が行われる前(文献のみ)の段階で、標準和名をあたえてしまった可能性が高い。
(明治・大正・昭和初期では、これが普通の研究レベルであった。)

標準和名を一度付けると、侮蔑・差別などが語源である場合以外は、時代が変わって新事実が判明しても容易には変更できない。
標準名前を付ける場合にはその事を十分に考慮して欲しいと、東海大学海洋学部水産学科の授業で筆者は教わった。
近年の標準和名の「キラキラネーム」化には、学芸員資格者として疑問を感じる。

トウアカクマノミのグループの呼び名については、日本国内で使う場合は、標準和名表記の方が、博物館・水族館学的には明快と考えられるので、トウアカクマノミ・グループと言うべきである。
『クマノミガイドブック』では、「トウアカクマノミ・グループ」と表記されているが、この点についてもモイヤー師と編集サイドとのコミュニケーション不足を感じる。
統一させて表記するのが図鑑に求められる使命の一つなので、サドルバック・アネモネフィッシュグループとして、この種の歴史を記載すべきであったという感想をもっている。

サドルバック・アネモネフィッシュグループ(トウアカクマノミ・グループ) Amphiprion polymnus Groupには、下記の3種が記載されている。

トウアカクマノミ Amphiprion polymnus (Linnaeus, 1758)
セバエ・アネモネフィッシュ Amphiprion sebae Bleeker, 1853
ワイドバンド・アネモネフィッシュ Amphiprion latezonatus Waite, 1900

クマノミガイドブック』P9 Contents(著者:ジャック・T・モイヤー、発行:TBSブリタニカ、発行年:2001年)

他にクーター著の『Tropical Reef Fishes of Western Pacific INDONESIA AND ADJACENT WATERS』という図鑑には、ホワイトチップアネモネフィッシュ(Amphiprion sp.)が掲載されている。

ホワイトチップアネモネフィッシュと呼ばれている未記載種(撮影地:マレーシア・ボルネオ島マブール)

モイヤー師は『クマノミガイドブック』の中で、ホワイトチップアネモネフィッシュと呼ばれている筆者撮影映像をトウアカクマノミのバリエーションとしてあつかっている。

そうすると、論議点が生まれる。

①ホワイトチップアネモネフィッシュは体の中央部から背鰭軟条の部位まで広くしろいろクラカケ模様が、腹側までつながっている点
②この特徴は、セバエ・アネモネフィッシュ(Amphiprion sebae)に近いのではないかという点
③そうなると、生活するイソギンチャクが共通のセバエ・アネモネフィッシュとトウアカクマノミは、別種なのか、それとも一種類のバリエーションの可能性もあるのではないかという点
④『クマノミガイドブック』のセバエ・アネモネフィッシュとされている映像は、そもそも完摸式標本に近いか、遠い物なのか不明な点

これだけ、論議点が考えられる。

ルディ博士、同じく著名な魚類分類学者ランドール氏は、ホワイトチップアネモネフィッシュをトウアカクマノミのバリエーションとして扱っているが、セバエ・アネモネフィッシュはバリエーションとしては扱っていない。
ここにも、論議の余地が残っている様に感じる。

筆者は、トウアカクマノミとホワイトチップアネモネフィッシュが限りなく一種類であろう証拠となりえる生態写真を撮影していて、当時モイヤー師にお見せしている。
しかし、当時関わっていたリゾート開発の関係で、『クマノミガイドブック』発行時には発表できなかった。
そのリゾート開発の話が中断して、20年以上の月日が経ったので、トウアカクマノミの生物記事の時にお話したいと思う。(古いフィルムのため、探さなければならない。)

興味を持った人に、いつかはトウアカクマノミと、セバエ・アネモネフィッシュの関係の疑問点を調べてほしい物だと、切に願う。

ワイドバンド・アネモネフィッシュは、棲み家とするイソギンチャクの種類も、トウアカクマノミやセバエ・アネモネフィッシュと異なる生態なので、この点で別種であると筆者は考えている。

トウアカクマノミのクラカケ模様を「上から見る背中の白い部分がハートの形」に見えるという沖縄ダイビングガイド発信の情報が、ネット上、そして、ついには、さかなクンが出演している番組の沖縄魚類特集でまで、あたかも正しいかの様に伝えられていた。
制作側は、もう少し広くトウアカクマノミの地域ごとの違いを調べてから発言してほしい物である。

標準和名が使われているきっかけになったタイプではその様に見る事ができるが、最も完摸式標本に近いと考えられるフィリピンで見られるタイプや、ホワイトチップアネモネフィッシュ、そして、筆者が所属している沖縄アイランドダイビングサービスのオリジナルポイント内で見られるものは全て、その様に見えない。
また、トウアカクマノミ沖縄型標準の幼魚も、その様になっていない個体がたくさん見られる。

一般レベルの知識のダイビングガイドならまだしも、NHKの教育番組なら、興味を持って見てくれる将来の魚類学者となりえる子どもたちの為に、もう少し、しっかりと裏付けをとってから放送してほしい物だと苦言を申し上げたい。

トウアカクマノミの日本近海の北限は解っていない。
これまでの情報では、奄美大島では見つかっていない。(生息しているかもしれないが)
沖縄本島中部までは、確実に見られている。
筆者は、久米島で彼らが好みそうな場所をかなり広く探したが発見できていない。

沖縄本島中部より北側にもいる可能性があるのだが、画像情報もなく、現在『【WANTED】日本産クマノミの北限を知りたい〜クマノミの仲間の写真&情報求ム!〜』にも、情報提供がない。
是非、情報をお持ちの方がいらしたらご一報いただきたい。

次回、クマノミ類のお話をする時は、これらの北限情報を是非とも掲載したいと思っている。
是非、ご協力いただきたい。

参考文献

播磨伯穂

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沖縄アイランドダイビングサービス、ゼネラルマネージャー・インストラクター・ガイド。 H.T.M.マリンサービス代表。 元日本ペット&アニマル専門学校講師。 ...

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