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海で淡水魚!?大瀬崎でカワアナゴが見つかる珍事が発生!

海からのニュース

ダイビングを行っていると、奇跡的な瞬間に出会うことがある。
今回はそんなお話をしたいと思う。

筆者の周りには、各地で日々水中を観察し、最新の情報を届けてくれるウォッチャーが数名いる。
筆者自身もよく訪れる西伊豆・大瀬崎では、大瀬館マリンサービス一番の若手、若松樹弥君がウォッチャーを務めてくれており、筆者が訪れていない時でも、最新の情報を届けてくれる。

彼はしばしば興味深い情報を届けてくれるのだが、2022年5月に彼から届けられた情報には非常に驚かされた。
なんと、大瀬崎で見たことがない魚が観察されたと言うのだ。
どうやら、汽水・淡水に棲むグループのハゼの仲間らしい。

大瀬崎には直接流れ込む川はなく、汽水域(海水と淡水が混じり合う水域)というわけではないにも関わらずである。

カワアナゴ

送られてきた写真からは、スズキ目ハゼ亜目カワアナゴ科カワアナゴ属だということまでしか識別できなかった。

標準和名カワアナゴは通常、海水中で見つかる事は考えにくい。
そのため、筆者の知らない種で、カワアナゴ以外に海水生活も可能な同属種の可能性を考えたからだ。

そこで、筆者の依頼で若松君本人より神奈川県立生命の星・地球博物館 主任学芸員・瀬能宏博士に識別を依頼し、カワアナゴ(Eleotris oxycephala Temminck and Schlegel, 1845)と確定するに至った。

カワアナゴと出会う奇跡

カワアナゴの生息場所は、比較的水質が良い大型河川の下流域と、そこからつながる汽水域の純淡水域と言われている。
今回は、何らかの事情でその生活エリアから流されて、海水中で発見されたのであろう。

この様な事例が起こる事は大変奇跡的で、いくつもの偶然が組み合わさって初めて起こると思われる。
上記については、瀬能博士からのお返事にこの旨の記載があり、筆者の見解も一致している。

筆者は、発見エリアのそばに複数の伏流水がある事を知っているので、流されたカワアナゴが何らかの仕組みで塩分濃度の変化を感じられ、観察エリアに近づいたのかもしれないと考え、脳の興奮を楽しんだ。
もちろんこれは、あくまでも筆者の想像の範囲を出ていない。

今回の映像をよく見ると、体は痩せていて、傷も目立つ。
このカワアナゴは、数日で観察できなくなったそうである。

本来の生息場所である河川や汽水域は、近年、河川の人為的改変の影響などによりカワアナゴの生息が危ぶまれている。
カワアナゴは、各地で絶滅危惧種や準絶滅危惧種に指定されており、本来の生息場所で観察するのも、かなり難しい種になり始めている。

海水でのダイビング中に本種に出会う事は、奇跡と言っていいほど稀な事である。
カワアナゴ属の4種に範囲を広げても、それは同様である。

カワアナゴは決して目立つ見た目をしているわけではない。
若松君は注意深くダイビングを行っていたことで、普段見かけないものに気が付くことができた。

この様に、目立つ見た目のものや、人気があるとされるものだけでなく、ダイビング中の全ての物事を注意深く観察していると、奇跡の様な発見に出会うことができるのである。

奇跡に備えよ

海での観察は、いつどこで、何が突然訪れるか分からない。
その時、観察に必要な時間は十分にあるか、タンク残量はあるか、全ての安全を冷静に判断してほしい。

筆者はこの様なチャンスに恵まれた時のために、必ず邪魔にならないようコンパクトにまとめた撮影機材を装備してダイビングをする事にしている。

まずは、マクロレンズで全体をなるべく正確な露出で、体色の発色が正確になるように心がけて撮影する。
それが難しい大きな被写体の場合は発色が正確に得られる距離から、分割撮影をする。

小さな被写体の場合は、周りの景色ごと撮影する。
その場合、後から拡大するために、高画素機の方が有利である。

この様なチャンスは再現性が少ないので、特徴などの情報がある部位を、心して端から撮影する。
そしてなるべく、短時間でそれを完成させる事が大事である。

この方法はかなりの熟練が必要なので、普段から繰り返し、いつも見られる生物で練習を重ねる事が良いだろう。

カワアナゴについて

この機会に、カワアナゴの基本的な情報を紹介しよう。

カワアナゴ属には4種が報告されており、明仁上皇陛下が研究なさっていたことでも知られている。

カワアナゴ属の4種は、どの種も他のハゼ科の魚に比べて大型で、全長・体長に対して体高の比率が大きい特徴を持っている。

体色・模様には変異が見られるので、それだけで種まで絵合わせするのは危険と判断する。
専門のトレーニングを受けた人に見た個体の映像を見てもらい、判別をお願いするのが良いだろう。

知識がある方のために、以下に種同定法を記しておく。

D Ⅵ‐Ⅰ, 8 ; A Ⅰ,8 ; P116~18(17)  ; P2Ⅰ, 5 ; LR 41~53(47) ; TR 11~14(13) ; Pred, S 37~52(44) ; P-V 3/1221/8;Vert 10+15=25.

『日本産魚類検索』によると、「湖沼,河川の純淡水域.栃木県渡良瀬遊水地,茨城県那珂川~宮崎県細田川の太平洋沿岸の河川,瀬戸内海沿岸の河川,福井県~鹿児島県串の串木野の日本海・東シナ海沿岸の河川,種子島,屋久島,;済州島,中国銭塘江,広東省汕頭,海南島.」に分布するとされている。

現在は、各地で個体数の減少が懸念されており、神奈川県では県レッドデータブック絶滅危惧IBに指定している。
その他の複数の県や地域でも、準絶滅危惧種として指定されている。

また、『日本産魚名大辞典』によると、標準和名カワアナゴの他に、全国的に広いエリアで使われている別名カワアナゴオ・ドウマン・ドマンが、記載されている。

水産物の全国の名称を統一した大正時代の基本ルールでは淡水魚の名称には琵琶湖、もしくは関西地域の名称を使用する。
従って、琵琶湖、もしくは関西地域の名称であった、カワアナゴの名称を使用した物と思われる。
尚、別名ドマンに与えられている学名はシノニムであることが報告されている。(明仁親王、1967)

シノニム:同物異名

また、別名ドウマンは、浜名湖産のノコギリガザミについて使われる名称であるので、注意が必要である。

地方名で他種の標準和名として使われているのは、高知のアナゴ・イシモチである。

アナゴは複数の魚類の仲間の総称で、水産価値の高い海水産は、通常マアナゴ(Conger myriaster)と言うので、大きな問題はない。
一方でイシモチは、同名で標準和名となっている種がいるため、気を付ける必要がありそうである。

多くの地方名が記載されている事から、古来から本種は河川の側で生活する日本人には、一般的な魚類の一つであったと推測できる。

カワアナゴは川の中で成長し、そのどこかで繁殖行動を行い、孵化した仔魚は海まで流されて海の中のどこかで幼魚になり、川に戻って成長すると言われている。
この様な生態を持つ魚類を両側回遊魚(りょうそくかいゆうぎょ・amphidromous fish)と呼ぶ。

本種の生活史は、断片的にしか判明していないので、調査・研究が行われ、適切な保護が望まれる。
ただし、自然な河川の流れが残らなければ、この問題は解決しないと書き残しておきたい。 

前述の通り、カワアナゴを海でダイビング中に観察できることは奇跡と言うほかない。
一方で、河川での観察は海でのダイビングとは異なる注意が必要であるため、興味本位で観察を試みようとしないで頂きたい。

河川では、海より強い流れがある。
それに十分に注意する必要がある。

また、上流で雨が降ると急に増水して濁流になる事もある。
天気予報の確認も、かなり重要になる。

上流にダムがある場合は、ダムの放水にも注意が必要である。

周辺住民から見れば、ウェットスーツを着て川に潜っている人は、変な人にしか見えない。
淡水の生物の生態写真を撮ることで有名な水中写真家・内山りゅう氏は、水面に浮いて動かずに撮影チャンスを狙っていたら消防に通報され、「どざえもん(溺水者)」と間違われて、上から竹の棒でつつかれて確認されたと言っている。

おわりに

カワアナゴに限らず、ダイビングを行っていると、奇跡的な瞬間にめぐり合うことがある。
そんな瞬間にめぐり合う確率を上げるためには、繰り返しダイビングを行うしか方法はない。

今回の発見者である若松君も、筆者も、そんな貴重な瞬間に逢いたくて、ダイビング業という職種を選んでしまっている。

もちろんダイビングを職にしなければ見られないということはない。
ダイビングには予想もできない瞬間にめぐり合うという楽しみがあるということをお伝えし
いのだ。
是非皆さんも繰り返しダイビングを行い、注意深く周囲を観察し、奇跡的な瞬間にめぐり合って頂きたいものである。

参考文献

播磨伯穂

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H.T.M.マリンサービス代表。 元日本ペット&アニマル専門学校講師。 元NAUIインストラクタートレーナー。 1963年東京生まれ。東海大学海洋学部水産学...

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