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世界の水中遺跡・水中考古学と日本のポテンシャル〜水中考古学入門2【現状編】〜

海について

日本の水中遺跡の数は、387遺跡(平成29年3月文化庁公表『埋蔵文化財関係統計資料』による)。
この数字が多いか少ないか分かるダイバーが、果たしてどれほどいるだろうか。

詳しくは本文に譲るが、実は、数万、数千の水中遺跡が確認されている諸外国が多く、日本は「桁が違う」と言わざるを得ない状況にある。
しかし、水中考古学博士の佐々木ランディさんは、「日本は水中遺跡の聖地となるポテンシャルは充分」と目を輝かせる。

その理由に迫るべく、今回は世界と日本の水中遺産・水中考古学の今について、ランディさんに話を聞いた。

ランディさんと一緒に、水中考古学の世界へ潜ろう。

バーレーンの灯台跡

佐々木 ランディ

水中考古学博士。1976年、神奈川県生まれ。高校卒業後に渡米。サウスウェストミズーリ大学卒業後、テキサスA&M大学大学院にて博士号(人類学部海事考古学)取得。同大学で「水中考古学の父」と呼ばれるジョージ・バス氏に師事した。文化庁「水中遺跡調査検討委員会」や一般社団法人うみの考古学ラボなど、水中考古学の普及のための活動を続けている。2022年より帝京大学文化財研究所 准教授。

著書に『水中考古学〜地球最後のフロンティア〜』(エクスナレッジ)、『沈没船が教える世界史』(メディアファクトリー新書)など。

世界の水中考古学

ーー世界の水中遺跡というのは、日本よりもかなり多いようですね。

ランディさん:
UNESCO(国連教育科学文化機関)は世界に300万隻以上の沈没船が沈んでいるだろうと推計を出しています。
これは沈没船だけなので、その他の水中遺跡、水際の遺跡、港跡、水没遺跡などを含めると、まぁ1000万あるかないかでしょう。
そう考えると、陸の遺跡と比べ、極端に少ないわけではないんです。

世界各国の水中遺跡の数を見てみると、海岸線延長約2,700kmのウクライナで約2000遺跡。
海岸線延長約7,300kmのデンマークで約1万遺跡。
海岸線延長約12,400kmのイギリスは約2万遺跡ほど。

ざっと、海岸線延長1kmあたり1遺跡くらいが、なんとなくアベレージなのかなと思いますね。

日本は387遺跡(『水中遺跡ハンドブック』による)なので、ちょっと桁が違いますよね。
日本の海岸線延長は約30,000kmなので、3万遺跡くらいあってもいいと思うんです。

世界の水中遺跡とダイビング

ーー世界には、どんな水中遺跡があるのでしょうか?代表的なものを教えてください。

ランディさん:
本当にたくさんありますが、いくつか挙げますね。
まず、地中海の「ウルブルン沈没船(トルコ南海岸)」。
紀元前1300年(今から3300年前)頃の遺跡で、沈没船です。
商船って言われるもので最古のものになります。

言わずと知れた、大西洋の「タイタニック号(カナダ・ニューファンドランド沖)」の他、無敵艦隊の名をほしいままにした「スペイン・アルマダ艦隊(アイルランド北西沖)」も有名ですね。

また、バイア海底遺跡(正式には、バイア海底考古学公園。イタリア南部)は、水没したローマの遺跡です。
どうもローマ皇帝の別荘地だったようです。
ナポリも近く、ダイビングも盛んな場所です。

ポンペイに行った後、ナポリを挟んで逆方向に向かえば、「海の中のポンペイ」が見られる訳です。
地殻変動により人々が離れたバイアとヴェスヴィオ火山の噴火で埋もれたポンペイでは、その背景は異なるものの同時期の遺跡が見られるのは興味深いですよね。

ーーバイア海底遺跡の他にも、ファイダイビングが盛んな場所はどういったところがありますか?

ランディさん:
そうですね。
例えば、バルト海は冷たい海なので割とフナクイムシがいないんですよ。
そうすると保存状態が良いので、レックダイビングが盛んです。何百年も前の沈没船がそのまま残っていたりします。

スウェーデン海軍のヴァーサ号が発掘されたのもこのバルト海。
非常に状態が良く、今はヴァーサ博物館で復元された船体が展示されています。

ランディさん:
カナダでは、国立公園の中にレックダイビングのコースがあり、潜りたい場合は、公園の職員から考古学のちょっとした講習を受けるんです。
「遺跡を触っちゃいけない」っていうような基本的な「してはいけない事項」そして、歴史的にこういう船ですよ、といった知識も学ぶ。
合わせて、歴史に触れる楽しみを次の世代のダイバー達に伝えていく喜びも大切にされています。
歴史を学ぶことに重点を置きながら、その歴史を守る責任をもつのが我々ダイバーである認識を持つことが必要なんですね。

前出のバイア海底遺跡では、地元のダイビングショップのインストラクターやダイブマスターは、3年に1回くらい講習を受けなくてはいけないんです。
このライセンスを持っている人と一緒なら、ダイビングできるんですね。
私も行ってみたいと思っています。

このように、カナダは国営、イタリアは民間業者が責任をもって遺跡を守っているんです。

私が潜ったところで言うと、アメリカの五大湖ですね。
数々の沈没船が遺跡として保存されています。

淡水の方が保存状態がいいですし、冬は雪が降るほど寒いです。
有名なスポットではなくて、あまり人がいないようなスポットに行ったんですが……時期が早かった。

雪解けの時でちょっと寒すぎたんです。
潜って10分もしないうちに寒さに耐えられなくなりました。唇の皮も全部剥がれてしまいましたし……。(苦笑)
5月の頭くらいだったと思うんですが、一週間くらいずらせばよかったなって思って。

ーーそれは過酷な体験をされましたね。

ランディさん:
はい、戒めの洗礼を受けましたね。

日本の水中遺跡のポテンシャル

ーーランディさんは、日本に水中遺跡の聖地としてのポテンシャルを感じていらっしゃるのですよね。

ランディさん:
日本は島国です。
海から文化が入ってきていることは、歴史的に見ても明らかですし、また、日本国内の海運もかなり発達していたと思います。

「日本全国津々浦々」という言葉がありますが、津と浦であって、日本全国村々町々とは言わない。
津には港、浦には漁村という意味があります。
津や浦を使った言葉が残っていること自体、海で繋がってきた証拠になるのではないでしょうか。

海岸線の長さは世界6位。海の広さも世界8位(排他的経済水域)。
ちなみに、国土面積で言うと、世界62位です。
日本という国の範囲を見たとき、実は陸っていうのはちっぽけな存在なんです。

この通り、世界的に見ても相当海が広いのは確かだと思います。
先ほども申し上げた通り、日本の海岸線延長から言っても、3万遺跡くらいはあると思います。

調査中のランディ氏

ーー一方、日本の水中遺跡は387遺跡にとどまります。それはなぜでしょうか?

ランディさん:
実は、学術調査で見つかる水中遺跡は、全体の10パーセント未満です。
水中遺跡の90パーセント以上が、漁師さんやダイバーさん、もしくは、開発に関わる事前調査によって発見されています。

しかし、日本のシステム上、海洋開発に際して事前調査が行われていない状況なんですよね。
民間からの情報がないため、ほぼほぼ学術調査や工事中に発見された遺跡です。

これでは日本で発見できるはずの90%以上が取りこぼされている。
現状では、水中遺跡全体のほんの10%しか見ていない。

陸よりも遺跡の発見が難しい理由は、ここにあります。

ーーそれはもったいない……。知られずに破壊されてしまうものもありそうですね。

ランディさん:
実際に、遺跡が破壊されているという認識も持っていないんですよね。
埋め立てられてしまったら、遺跡が破壊されたということも分からないですし。

陸の場合、工事をする前に調査をして、遺跡とか遺物が出てきたら工事を止めなくてはいけないと法律で決まっています。

まぁ、海で見つかった場合も本当は工事を止めなくてはいけないんですが、海の工事の事前調査は、音波探査をはじめとする遠隔操作が主流です。
掘ったものをわざわざ目視確認できる状況にはないんですね。

「何かあるなぁ」となっても、水中に遺跡があるという認識がないため「人工物っぽいのがあるね」で終わってしまう。

何が壊されているかって、実は全くわからないんです……。

ーー発見されないまま埋め立てられてしまう遺跡が多いことが予想されますね。

ランディさん:
その「何かあったね」が、遣唐使船だったりってことも充分あり得ます。
工事の際に人工物っぽいものがあったら、「水中遺跡かも」っていう気づきさえあれば、何か変わっていたかもしれない。

これまで、こういうことに対して積極的に発信する人がいなかったので、私としては、たくさんの人に知ってもらいたいです。

一方で、こんな例もあります。
2004〜2009年に沖縄県立埋蔵文化財センターが行った「沿岸地域遺跡分布調査」では、5年間で143箇所の水中遺跡・海岸遺跡の発見に至っています。

沖縄県の水中遺跡・沿岸遺跡」という報告書が、奈良文化財研究所の全国遺跡報告総覧にて公開されていますよ。

ーー調査さえ行われれば、水中遺跡は見つかる可能性が高い。

ランディさん:
そうですね。
非常に希望を感じる調査です。

ーーランディさんは、ご自身の著書『水中考古学〜地球最後のフロンティア〜』の中で、「小学校で水中文化遺産の保護および教育が必修となっている」というのを「いま思い描く将来の夢」というところで挙げられていますが、この辺りもまずは知ってもらいたいという課題感から来ているのでしょうか?

ランディさん:
知らないから開発してしまう、といった側面がある。
まずは「これって遺跡じゃないの?」って気づいてほしいな。

それはダイバーの皆さんにも言えると思います。
海の中に遺跡があるって認識が全くないと、気づかないものがある。

見える景色も変わってくるんじゃないのかな?

ーーダイビングの楽しみ方が広がりそうですね。

ランディさん:
あと日本には、水中考古学に関わる研究者が圧倒的に少ないんです。
研究者が増えてくると、もっと活発になるとは思うのですが……。

過去を知ることで未来の方向性を見つめる

ランディさん:
海洋問題とか海洋環境とか、今、色々と言われています。
海の未来を考える時、過去を知らなきゃ、現在を分からなきゃ、未来は語れないんですよね。

今の環境が良い方向に向かっているのか、悪い方向に向かっているのかっていうのも、現在だけを見てもわかりません。
過去を見つめるということは、それだけ真剣に未来を見ていることだと思います。

自然環境については、60年代、70年代頃から考えられ始めました。
スキューバダイビングもその流れを受け、海の環境や海洋生物に配慮した潜り方がスタンダードになっています。
ライセンス(Cカード)講習を受けると必ず「自然環境を守りましょう」というのが入ってきますからね。

その環境の中に水中文化遺産も関わっています。
というか、人間の営みが環境に関わっていない訳がないですし、環境というのはそもそも、人間を含めた環境ですから。

水中考古学もぜひ、ライセンス(Cカード)講習内容に入れてほしいなって思っています。

おわりに

島国である日本は、歴史的な背景から言っても、海岸線延長や海の広さから言っても、充分なポテンシャルを持っていることがお分かりいただけただろうか。

しかし、この「見つかるはずの水中遺跡が取りこぼされている」状況にあって、まずは多くの人が「水中遺跡かも?」という気づきを得られるかどうか。
これが、今後の水中遺跡・水中考古学の展開につながっていくであろうし、ひいては、ダイビングの楽しさが広がることにも繋がっていくと考えられる。

「知らない」からの脱却をランディさんは、ただ夢見ているだけではない。
しっかりとその足で、その声で、水中遺跡・水中考古学の普及に努められている。

まずはダイバーが楽しみながらその輪に加わってみようじゃないか。

いよいよ次回、水中遺跡を見つけてみようという、見つけたらどうする?といった、実践的な内容をご紹介する。

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ScubaMonsters編集部

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