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ナンヨウハギの生態解説【ダイビング生物情報】〜ドリーを科学的視点で考察〜

生物について

その鮮やかな体色から観賞魚としても人気がある、ナンヨウハギ。一度は、自然のままの姿を見たいと思っているダイバーの方も多いのではないでしょうか?

ナンヨウハギは、成長にするにつれて、流れの弱い場所から強い場所へ生活環境を変える魚です。
その生態と観察方法をご紹介します。

監修・播磨伯穂先生による、映画「ファインディング・ドリー」を科学的視点から考察したスペシャルコラムもお見逃しなく。

【ナンヨウハギ DATA】

標準和名:ナンヨウハギ
学名:Paracanthurus hepatus (Linnaeus, 1766)
分類学的位置:スズキ目ニザダイ科ナンヨウハギ属(1属1種)
分布:南日本の太平洋岸,琉球列島,小笠原諸島;インド・太平洋

監修・播磨先生による水族館学的解説

ナンヨウハギの識別方法※1
本来、正式な種の判別は、採集し標本作成して、背鰭(ビレ)などの骨の数などを数えて判定するが、ナンヨウハギの場合、他に近縁種の同属の魚類が見つかっていない。
それを1属1種といい、そのため見た目の特徴で簡単に識別が可能である。

見た目で判断できる方法「絵合わせ」
見た目の特徴を図鑑と見合わせる事「絵合わせ」という。
体色はあおで、くろの特徴的な斑紋があり、尾鰭(ビレ)は基部からきいろである。
尾柄部には鋭い棘を備える。成魚で、体長25cm程度。

分布について
高知県以南のサンゴ礁域に生息するとしている文献も見られるが、無効分散※2の幼魚の観察地域は、伊豆大島周辺まで見られている。
以前、静岡県沼津市西浦にあるダイビングスポット・大瀬崎の湾内で成魚が観察(神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」:「KPM-NR 23528」「KPM-NR 8256」されている。その他1個も体採集されているが、飼育魚の違法放流によるものか、はたまた、当地で成長したかは、当時は不明であった。
近年、伊豆大島では、幼魚の個体数が増えてきているため、いつ成魚と思われるサイズまで成長する事がおきやしないかと思いながら、観察を続けている。
地球温暖化による水温上昇の影響によるものとも考えられるため、要観察が必要な種類であると考察する。

※1識別方法:正式には「種同定」ですが、一般的に通りが良い識別方法という言い方で記載します
※2無効分散:分布地域を離れて流れつくこと。たどり着いた先では、成魚になれず繁殖もできないものをいいます。以前は、死滅回遊魚と呼ばれていたことがあります。季節性がある場合に季節来遊魚と呼びます

ナンヨウハギの観察方法

ナンヨウハギが観察できる時期や生態行動、生息場所、特徴や注意点、そして、見られるダイビングスポットと、撮影方法をご紹介します。

観察時期

西表島や石垣島などの琉球列島では、幼魚は夏から秋にかけて見られ、成魚は通年を通して観察することができます。

伊豆大島をはじめとする伊豆諸島で観察される無効分散の幼魚も夏から秋から現れて、冬になると姿を消します。

生息場所

成魚は、潮通しの良いサンゴ礁域の外縁や水路に生息します。
幼魚は成魚に比べると流れが弱いところのエダサンゴ類の間に隠れていることが多いです。

生態行動

成魚はサンゴ礁に小さな群れをつくり生活しています。
また、プランクトンを捕食するため、流れの強い場所を好みます。

毒針を持っている事が知られていますが、人間に害があるほどではないと言われており、捕食魚に毒がある事を学習させる程度であると推測されます。

産卵行動などの繁殖行動については、まだ詳しく解っていません。

観察方法

成魚を観察する場合は、場所により流れが非常に強くなる時間帯があり、ドリフトダイビングでしか観察できない場所もあります。成魚の観察には、それなりのスキルや、その日の流れの変化を読むスキルが必要となるため、レスキューレベル以上のダイバーの参加をおすすめします。また、その場所を熟知したガイドの管理の元で観察しましょう。

幼魚の観察できるエリアは、流れが弱い場所が多く、ミドリイシ類(エダサンゴの仲間)のサンゴに潜んでいることが多く見られます。ライセンス※3を取得したばかりのダイバーでも観察可能ですが、エダサンゴ類に隠れているナンヨウハギを驚かさないよう、遠くからゆっくりと近寄って観察しましょう

夕方・曇り空など、太陽光の少ない時の方が観察しやすいようです。

※3ライセンス:正式名称はCカード(certification card)ですが、一般的に通りが良いライセンスという表現を使用しています

観察の注意点

成魚は観察方法でも書いてある通り、ドリフトダイビング中に見られることがあるので観察に夢中になり、無理に寄ってグループのリーダーから離れないようにしましょう。
ナンヨウハギ の成魚を見つけたら、流れがゆるやかでも、急に泳げないほど流れる可能性があるので、気を付けてください。こういった判断の基準になる生物は、指標生物と言われています。

注目情報

西表島のダイビングポイント・サバ崎では、体験ダイバーでも潜れる場所で、20〜40個体のナンヨウハギの成魚を観察することができます。
水納島では、アドバンスレベルのダイバーでも潜れる場所で、幼魚から成魚まで一か所で確認できる場所もあるそうです。

どちらも、体験〜アドバンスレベルのダイバーでもナンヨウハギの成魚を観察することができる場所ですが、まれにとても強い流れが発生する場合があるので、ガイド・インストラクターの方のブリーフィングを必ず聞き、それを守ることが重要です。

幼魚は急に近寄ると驚いてサンゴの間に隠れてしまうことがあるので、ゆっくりと近寄り観察することを心がけましょう。ダイバーの動きに落ち着きがあると、出てきてくれることが多いと感じます。

観察ができるダイビングスポット

●幼魚から成魚まで見られるエリア
小笠原諸島、琉球列島の奄美大島、沖縄諸島の水納島・伊江島・久米島、慶良間諸島の阿嘉島・安室島・嘉比島・座間味島、宮古諸島の伊良部島、八重山諸の西表島・与那国島・石垣島・新城島。

フィリピン共和国のミンドロ島・スル海、インドネシア共和国の大スンダ列島カリマンタン島(ボルネオ島)レンべ海峡・ラジャンパット、フィジー共和国のフィジー諸島・バヌアレブ諸島・タベウニ島周辺。

●幼魚が無効分散で見られるエリア
伊豆諸島の伊豆大島、静岡県の大瀬崎、和歌山県の串本、高知県の柏島。

生態を撮影するには

成魚は流れの強い場所にいるため、近寄ることが難しいです。100㎜前後のレンズを望遠気味で使いましょう。幼魚は臆病な個体が多く枝サンゴ自体に近寄ると隠れてしまうため、遠くから少しづつ近寄り撮影を心がけると良いでしょう。撮影距離が遠くなるので、なるべく大きなガイドナンバー(発光量)の水中ストロボが適していると言えます。

撮影した写真の撮影機材は下記です。
生物写真を撮影する際の参考にしてみてください。

カメラ:Nikon D500(上位機種の場合 D810以上)
レンズ:Nikon マクロレンズ 50~100mm (35mm換算)クラス
ストロボ :INON Z330×2灯

SPECIAL COLUMN

ディズニー映画「ファインディング・ドリー」の主人公のドリーとして、世界的に有名になったナンヨウハギ。一方で、この映画を科学的視点で見てみると、いくつかの疑問が浮かび上がるが、果たして……?
監修・播磨先生に、水族館学の見地から考察をいただきました。
※※※ネタバレ注意※※※

【考察1】
「ドリーと両親のナンヨウハギが再会した海」は、「カリフォルニアの海洋生物研究所、周辺の海」されている。長年、両親がドリーを待ち続ける海は、ケルプ(海藻)が生えていることから、寒流であると推測される。
そこで、何年もドリーを待ち続ける設定には、背筋がゾッとした。暖流を生息域とする熱帯種のナンヨウハギが、寒流で生き続けられるとしたなら、水温上昇以外考えられない。
そう、地球温暖化が今よりかなり進んだ世界となる。

【考察2】
「ドリーや両親が海洋生物研究所の配管を通って外洋に出る」シーンは、現実では絶対にありえない。
移入防止策は、現在の海洋生物研究所・水族館では、設計時において当たり前の配慮である。

【考察3】
「ドリーと仲間たちがトラックごと海へ突っ込む」シーン。
本来生息地域でない場所へ生き物たちが逃げている……分布しない魚を放すことは、生態破壊危機の何物でもない。

水族館で繁殖した個体が、DNA情報の違う生息域に放流する事も、同じレベルの問題だ。また、燃料の流失は、たとえ規模が小さくても、海洋汚染に他ならない。

このシーンは、水族館学の祖である、鈴木 克美先生・西 源二郎先生に直接指導していただき、学芸員として考え方を学んだ者として許しがたい部分である。

また、本作品では、カリフォルニア・モロベイの宝石と呼ばれる魚の病院を兼かねている海洋生物研究所では、「治した魚は海に帰すが、“返せない生物”はクリーヴランドの水族館に送っている」と触れられる。これは、生態系を守ることを目的の一つとしている海洋生物研究所・水族館の苦肉の策であろう。

展示しないで、一生をその生物に送らせるなら、その生物を通して自然の素晴らしさ、貴重さ、保護の重要性を教育・普及活動をすることが、あるべき姿と強く思う。

ブラックフィッシュ効果※4により設定の変更をしたと言われているが、中途半端に感化されてしまったのではなかろうか。

アメリカでは、公開時、保護者の説明のいる作品とされていたが、このレベルの説明をできる保護者が、いったいどの程度いるだろうかと頭を悩ませた。すべてファンタジーの中で終わり、これらが“実現しない”社会を望まずにはいられない。

ナンヨウハギが本来の生息地で観察できる未来を願っている。

※4ブラックフィッシュ効果:2013年公開の映画「ブラックフィッシュ」により起こった現象。この映画を契機とする圧力や抗議を受け、シーワールド(米)は、シャチの繁殖とショーを中止するに至りました

参考文献

●『日本産魚類検索 全種の同定』(編集:中坊徹次、発行:東海大学出版会、発行年:2013年第三版)
●『フィッシュ・ウォッチング』(著者:林公義・西村周・小林安雅、発行:東海大学出版会、発行年:1986年)
●『魚の分類の図鑑ー世界の魚の種類を考える』(著者:上野輝弥・坂本一男、発行:東海大学出版会、発行年:2005年新版)
●神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース
●『デジタルカメラによる 水中撮影テクニック』(著者:峯水亮、発行:誠文堂新光社、発行年:2013年)
●『水族館学―水族館の発展に期待をこめて』(著者:鈴木克美・西源二郎、発行:東海大学出版会、発行年:2010年新版)

文・写真:堀口 和重

播磨伯穂プロフィール写真

監修:播磨 伯穂
日本ペット&アニマル専門学校講師。
元NAUIインストラクタートレーナー。
1963年東京生まれ。東海大学海洋学部水産学科卒業後、東海大学海洋科学博物館水族課にて研究生となる。水中生物調査のため、スキューバダイビング、水中撮影、標本撮影を習得。その後、ダイビングショップに就職し、水中写真の普及にも尽力。書籍、雑誌などに水中生態写真を提供した。ダイビングリゾート開発の現地調査員を経て、現職。

堀口和重

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水中カメラマン。 1986年東京生まれ。 日本の海を中心に、水中生物のおもしろい姿や生態、海と人との関わりをテーマに撮影活動を続けている。撮影の際は、海や生...

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