AQUALUNG~伝統と革新、そして国内メーカーとして~
現在のスクーバ器材※を生み出したジャック=イヴ・クストーとエミール・ガニオン。
AQUALUNGは彼らがレギュレーターを開発した時の特許名で、名実ともに世界最大のダイビング器材メーカーとして、ダイビング器材を牽引し続けて来た存在です。
日本にスクーバを初めて紹介したのもAQUALUNG社で、過去にはスクーバダイビングを指して「アクアラング」と呼ばれることもしばしば。
今回はそんなAQUALUNGの日本支社である、日本アクアラング株式会社にお邪魔して、ダイビング事業部の関さん、田中さん、山本さんにお話を伺いました。
今でもダイビング器材を牽引し続ける圧倒的な技術力
AQUALUNGの代名詞・オーバーバランスドダイヤフラムレギュレーター
スクーバを発明したAQUALUNG、スクーバ≒レギュレーターなので、やはりレギュレーターには並々ならぬこだわりが。
どのレギュレーターもCEマーク※1を取得し、世界基準の品質と言えるのですが、中でもAQUALUNGのレギュレーターの代名詞と言えるのが、オーバーバランスドダイヤフラムレギュレーター※2※3です。
通常レギュレーターは、深く潜れば潜るほど、吸うために必要な力(呼吸抵抗)が増します。
バランスドダイヤフラムレギュレーターは水深変化によらず供給される空気の圧力は一定なので、呼吸抵抗も一定になる様に考えられていたのですが、現実には水圧の増加に伴う空気の密度の増加によっても呼吸抵抗が増してしまいます。
そこでAQUALUNG社のレギュレーターに搭載されたのが、オーバーバランスドダイヤフラムです。
通常バランスドダイヤフラムレギュレーターでは、吸い出す空気の圧力が<周囲圧+中圧>で一定になる様な仕組みとなっているのですが、オーバーバランスドダイヤフラムでは、吸い出す空気の圧力が<周囲圧+中圧+α>になるような仕組みとなっています。
この+αの力で、密度の増加による呼吸抵抗の増加を相殺してあげようということですね。
しかも、深くに行けば行くほど呼吸抵抗が減る……
なんだか物凄い仕組みですが、これを支えるのがこちらの部品。
この小さな、何の変哲もない(失礼)が、深く潜れば潜るほど+αの力を増加させ、レギュレーターのファーストステージから空気が供給される力が強まることで、呼吸抵抗を減らしてくれます。
秘密は上下の面積の差で、大きな方で受けた周囲圧の力を、小さな方で伝えるために、受けた力以上の圧力をレギュレーターに伝える……
とにもかくにも、小さくても優秀な部品なのです。
ちなみに、もちろんこちらは特許を取得しています。
オーバーバランスドダイヤフラムを支えるバランスドセカンドステージ
素晴らしい仕組かの様に見えるオーバーバランスドダイヤフラムですが、ひとつだけ欠点があります。
深場に行けば行くほどファーストステージから空気が供給される力が強まるため、通常のセカンドステージでは、ある水深を超えた時に、空気の力を抑えきれずに空気が漏れ出てしまうのです。
これを解決するのがバランスドタイプのセカンドステージです。
通常のレギュレーターは、ファーストステージから供給される空気の力は一定なので、一定の力で空気が漏れることを防いでいます。
一方で、バランスドタイプのセカンドステージは、ファーストステージから供給される空気の力に応じて、空気が漏れることを防ぐ力も変化する構造になっています。
それを実現するのがこの小さな穴。
こんな小さな穴ひとつで、オーバーバランスドダイヤフラムの仕組みの総仕上げを行っているのです。
レギュレーターの勢力図を一変させた高圧シート
かつてレギュレーターの世界では、ピストン式とダイヤフラム式、ふたつの機構でどちらが優れているかという議論がありました。
現在でもどちらが優れているということはありませんが、流通しているレギュレーターの大半がダイヤフラム式のレギュレーターであることは事実です。
かつて、ダイヤフラム式のレギュレーターはピストン式に比べて故障のリスクが高く、部品数が多いためにメンテナンス性にも劣ると言われており、ピストン式のレギュレーターが主流でした。
この状況を一変させたのが、AQUALUNGの開発した高圧シートです。
以前は高圧シートに使用されている素材や加工の性質上、高圧シートが破損しやすく、ダイヤフラム式のレギュレーターが故障しやすい原因となっていました。
しかし、AQUALUNGの開発した高圧シートは破損の確率を大幅に低減しました。
これによって、今度は逆にダイヤフラム式のレギュレーターの方が流量などの面でメリットが大きくなり、現在では主流のレギュレーターとなっています。
通常ダイビングメーカーでは下請け工場に部品の製作を依頼し、社内では組み上げのみを行っていることがほとんど。
一方AQUALUNGでは、レギュレーター内部の小さな部品から塗装、組み上げまで、ほとんどを自社工場で生産、加工しています。
部品から自社内で開発しているからこそ、革新的な素材や加工を生み出すことが可能だったと言って良いでしょう。
ダストキャップがいらないレギュレーター!?
ダイビング器材を洗う際に最も気を付けなくてはならないこと、それはダストキャップを確実に締めること。
これを行わないと、レギュレーターの深部や残圧計に水が入ってしまい、故障の原因となってしまいます。
一方で、ダストキャップの締め忘れは、最もよくあるミスであることも事実。
そこでAQUALUNGが開発したのが、ダストキャップを締めなくてもレギュレーター深部や残圧計に水が入らない仕組みです。
この仕組みももちろん特許なのですが、多くの便利な仕組みは特許を侵害しないような工夫がなされた上で、他のメーカーでも同じ目的を達成する仕組みが開発されるのが常です。
しかし、この仕組みに関しては、2006年の発表から15年がたった現在でもAQUALUNG独自の仕組みとして、他社に模倣されることなく続いています。
ダイバーだって”直立”二足歩行がしたい
みなさんはダイビング器材を背負ったとき、ついつい前かがみになっていませんか?
これは、直立するとタンクの重みで後ろに倒れてしまうため、自然と前かがみになっているといえます。
なぜタンクの重みに負けてしまうかと言うと、しっかりと重みを身体で支えらえていないから。
通常のBCではタンクの重みを肩で支える構造が一般的なのですが、AQUALUNGのBC※では、登山のリュックの様にタンクの重みを腰でしっかり支えることで、直立できる様になりました。
直立できるということは、それだけ重みを感じていないということでもあります。
これを実現するするのが4つの仕組み。
ひとつめの仕組みはタンクバンドの位置です。
通常タンクバンドはタンクの中央付近にとりつけますが、AQUALUNGのBCでは通常よりもかなり低い位置でタンクを固定します。
上位モデルのタンクベルト 通常のタンクベルト
ふたつめは締めやすいウエストベルト(お腹のバンド)です。
通常お腹のバンドは左右に引っ張りますが、AQUALUNGのBCでは前に向かって引っ張ります。
横に引っ張るよりも力が込めやすく、しっかりと固定できるのだそうです。
上位モデルのウエストベルト 通常のBCのウエストベルト
みっつめはハーネスの形。
堅い板でタンクを支えるハーネスは、通常背中全面にあります。
しかし、AQUALUNGの場合は腰付近にしかありません。
これにより、お腹のバンドや肩のバンドを締めた時に、BC全体がより体に密着するのです。
最後はタンクバルブ付近の小さな輪っかです。
見逃してしまいがちな部分ですが、この長さを緩め過ぎず、締め過ぎず、タンクが地面に対して垂直になる様な長さに調整することで、しっかりとタンクの重みを腰に伝えます。
タンクバルブ付近のストラップ このストラップがタンクを地面に対して垂直に維持する
スタンダードに縛られないイノベーション
常により良いダイビング器材を目指して技術を磨き続けているAQUALUNGですが、中にはこれまでの常識を根底から覆す様な技術も開発しています。
いつまで排気に苦戦してるの?
ダイビング初心者の方が苦戦するもののひとつにBCから空気を排気する動作が挙げられるでしょう。
しっかりと身体を起こし、左肩を上げ、パワーインフレ―ターを高く上げ排気……
この姿勢を上手く取れず、意図に反して水面に向かって浮いていってしまったことのある方も多いことでしょう。
また、そもそもパワーインフレ―ターを見つけることが出来ずに焦った経験をお持ちの方もいることでしょう。
そこでAQUALUNGが考えたのが、そんな姿勢でも給排気を可能にし、かつ操作部分を見失うことがない仕組み。
なんとパワーインフレーターをなくしてしまったのです。
代わりに左腰にBCの給排気レバーを設置しました。
これによって、どんな姿勢でも確実にBCから排気することを可能にし、さらにパワーインフレ―ターが見つからないという事態もなくすことに成功しました。
この仕組みは他社でも似たものが発表されていますが、AQUALUNG以外のものは給気だけでなく、排気にもタンク内の空気圧を利用していることから、インフレーターホースを外してしまうと排気ボタンが機能しなくなってしまうのだとか。(ダンプバルブなどから排気することは可能)
インフレーターホースを外した状態で排気が必要な状況というと、水中で給排気部分が故障してしまい中圧ホースを抜いた時か、器材を乾かすために膨らませたBCの空気を抜く時でしょう。
もちろん万一の対応として前者のことを考えたものだとは思いますが、実際のところ、後者の場面で大活躍するのだとか。
いつまでタンクの固定で消耗してるの?
タンクをBCに固定する作業は、慣れないうちは難しい作業のひとつです。
右手でタンクバンドを引っ張り、緩まないよう右手は離さずに左手でバックルを立て、今度は右手でタンクバンドをバックルの穴に通し、力を込めてバックルを倒す……
どこかのタイミングで力を緩めてしまうとタンクバンドも緩んでしまいますし、最後にバックルを倒す際には、なかなかの力が必要です。
AQUALUNGではこれを解決するため、ワンタッチでタンクを固定できる仕組みを開発しました。
これによって、力の弱い人でも簡単にタンクをBCへ固定することが可能になり、もちろん力のある人にとっても、楽にセッティングを行うことができる様になりました。
BCのフィット感、諦めてない?
BCのサイズ展開と言えばS,M,Lといったサイズのみですよね。
身長体重のバランスが標準的な人であれば良いのですが、そうでない人にとっては、お腹周りがゆるい、きつい、そんなこともしばしば。
これを解決するべく2021年に登場したのがOMNIです。
背中側(ブラダー※1・ハーネス※2)・肩部分・ウエスト部分をそれぞれ自分に合ったサイズから選んで購入することが出来るので、81通り+α※3のサイズから自分にピッタリのサイズを選ぶことが出来るというわけですね。
さらに、各パーツを組み立てるBCだからこそ分解も容易で、持ち運びの際にコンパクトに収納できるというメリットもあります。
元々、テクニカルダイビングの世界では、BCは各パーツを自分好みに購入して組み立てるというのが当たり前でした。
この考え方を、レジャーダイビングに上手く取り入れた取り組みだと言えそうです。
単なる販社ではなく、あくまでメーカーとして
ここまでAQUALUNGの技術をご紹介してきましたが、AQUALUNGの本社はフランス。
商品の開発や設計、製造は本社をはじめとした世界各地の拠点で行われており、今回伺った日本アクアラング株式会社(以下アクアラング)は日本国内での販売を行う販社という側面があります。
しかし、アクアラングではあくまでメーカーとして、日本のダイビング産業に貢献する姿勢が随所に現れています。
全ての機能を凝縮した本社
この光景、アクアラングでは毎日見られる出荷作業の風景です。
当たり前かの様に思いますが、国内メーカーも含めて、本社で出荷作業を行うことは珍しい光景です。
自社倉庫でも外注の倉庫でもなく、本社内に倉庫機能を持ち、時には社員総出で出荷作業を行う。
全ての機能が本社に凝縮されているからこそ、在庫確認やイレギュラーな出荷への対応なども迅速に行うことを可能としています。
直接ダイバーの皆さんに恩恵があるお話ではありませんが、ダイビングショップの目線だと、これが非常に助かるんです。
信頼できる品質の商品を準備していることに加えて、ダイビングショップの目線でありがたいメーカーであるからこそ、世の中に広く普及しているメーカーであるというわけですね。
全員がメンテナンス技術を習得した営業スタッフ
アクアラングがダイビングショップに好まれる理由として、営業スタッフの全員がメンテナンス技術に精通していることも挙げられるでしょう。
通常のメーカーでもメンテナンス技術を習得している営業スタッフの方はいますが、全員ではないことがほとんど。
しかしアクアラングの場合は全員が習得しています。
ちょっとした修理や調整であれば営業活動と同時にその場でパパっと……
これも、ダイバーの皆さんに直接恩恵があるケースは珍しいですが、AQUALUNGとして単なる販社に留まらず、メーカーとして行うべきことを体現する姿勢を感じます。
完璧なメンテナンスを追求するクリーンルーム
アクアラングのメンテナンスへの姿勢は徹底しています。
本社にはクリーンルームが2部屋準備されており、純酸素及びナイトロックス※関連のメンテナンスに関しては必ずこのクリーンルームで行われます。
このクリーンルームでは、室内に大気圧よりもやや高い気圧の空気を供給することで、室外からゴミやホコリが侵入することを防いでいます。
さらに、供給される空気はただの空気ではなく、清潔に保たれたクリーンエアを大きなタンクから供給しています。
さらにさらに、作業を行うスタッフは入室時に空気のシャワーで身体に付着したゴミを落とし、防護服を着用します。
命を預かるダイビング器材だからこそ、どんな微粒子の侵入も許さないクリーンルームでメンテナンスを行う。
ここにもアクアラングのメーカーとしての姿勢を感じます。
ちなみにメンテナンス専門業者も含めて、クリーンルームを準備しているケースは、国内でもほとんどないのだそうです。
ちなみにクリーンルームの奥に見えているのは、2021年現在日本に4台しかない、レギュレーターの性能を計測する機械、ANSTIです。
国内事情に合わせた日本限定モデルの数々
メンテナンスだけではなく商品自体にも、アクアラングは紛れもなく日本のダイビング器材メーカーであることを伺わせる商品の数々があります。
それは、日本限定販売の商品です。
2021年現在、BCのNAGI RUFUS、マスクのNINA・NINA UV、スノーケルのVARIOが日本限定販売。
これらの商品は、アクアラングの皆さんが日本のダイビング事情に合わせた商品を本部に提案した結果実現した商品です。
世界中に多くの拠点を持つAQUALUNGですが、この様な取り組みを行っているのは日本アクアラングだけ。※アクセサリーなどを除く
こんなところからも、アクアラングの皆さんが日本のダイビング器材メーカーとして活動する意気込みを感じます。
歴史に裏打ちされた技術力と、そこに固執しないイノベーション力。
特にイノベーションの部分は、インストラクターでもある筆者から見ると、AQUALUNG以外の器材では取り扱いが異なるために、講習では不向きなものもあります。
しかし、便利な器材であることは疑いようがありません。
スタンダードを逸脱することを恐れずに挑戦するからこそ新たなスタンダードは生まれる。
まさに、初めてスクーバを開発した企業だからこそ根付いている理念に触れた気がしました。
そして、歴史と技術にあぐらをかくことなく、目の前のダイバーやダイビングショップに寄りそう姿勢。
今回の取材は改めてAQUALUNGのすごさを感じる機会になりました。
取材協力:日本アクアラング株式会社(AQUALUNG)(https://www.aqualung.com/)
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