apollo~独創的な商品と一本足打法に隠されたこだわり~
他のフィンとは一線を画す、ブレードに大きな切れ込みが入った先割れフィン。
他社にはない金属削り出しのフレームを採用したマスク。
斬新な器材を提供することだけにとどまらず、カタログに目を向けてみると、多少のバリエーションこそあれど、どのカテゴリーも単独シリーズ展開という潔さ。
そんな斬新な商品の一本足打法で独特の存在を放つ会社、その名も日本潜水機株式会社。
社名は知らずとも、ブランド名のapollo(アポロ)としてご存知の方も多いことでしょう。
今回は、そんなapolloさんの本社にお邪魔して、お話を伺いました。
お会いするのが初めてということもあり、職人気質というイメージが先行してしまっていましたが、迎えて下さった代表の大沼さん、営業部の上野さん、製造部の木村さんのお三方は皆さん気さくで、しかし情熱溢れるお話をしてくださいました。
apolloの歴史と一本足打法のワケ
OEMで圧倒的な成功を納めた創業期
apolloを展開する日本潜水機株式会社の前身である、株式会社アポロスポーツの設立は1965年。
NAUIの設立が1955年、PADIの設立が1966年なので、まさにダイビング黎明期に創業した企業です。
両指導団体が日本で設立されたのは1970年ですから、その歴史の長さを伺うことができます。
当時、日本のダイビング器材メーカーは海外ダイビングメーカーのブランドでOEM生産を行うことが一般的で、アポロスポーツも様々な海外メーカーのダイビング器材をOEM生産していました。
ダイビング器材メーカーの中心だったアメリカの企業の商品も多く手がけ、一時はそのシェアが40%を誇ったこともあったのだそうです。
OEM生産といっても、海外メーカーから指示を受けて生産を行うだけではなく商品の企画、設計も担っており、OEM生産を行う中で自社の企画力や技術力も培われてきました。
そんな企画力と技術力を活かすべく、自社ブランドであるapolloは1982年に誕生しました。
ちなみに現在でも、apollo製のドライスーツのバルブは、特許技術に裏打ちされた流量の大きさと部品点数の少なさから数多くのスーツメーカーに採用されています。
OEM供給が多いため、ドライスーツバルブにapolloのロゴが入っていることは多くありませんが、そのシェアは国内トップクラスを誇っています。
先割れフィンとの出逢い
1992年、apollo USA設立と時を同じくして、アメリカのとある航空力学研究者から、熱烈な営業を受けたのだとか。
なんでも、画期的なフィンを試作したものの、当時の大手海外ダイビング器材メーカーからことごとく門前払いを受け続ける中、apolloにも声がかかったのだそうです。
来日した航空力学研究者が手にしていたのは、これまで見たこともない改造が施されたフィンの試作品でした。
あまりの斬新さから、各メーカーは門前払いをしていたものの……apolloは違いました。
創業者の服部氏は、滞在先のホテルのプールで実際に使用してみるや否や、その場で採用を即決。
800万円というライセンス料にもひるむことなく、すぐに契約を結んだのでした。
これが、現在でも他社のフィンとは一線を画す、バイオフィン(商品名)の開発が始まった瞬間でした。
このフィンの可能性に惚れ込んだapolloは、当時大ベストセラーとなっていたフィンの金型を海外器材メーカーに譲渡販売。
その資金を元手に、7回もの設計変更を経て、現在のバイオフィンが完成しました。
ちなみに当時金型を譲渡したフィンは今でもベストセラーで、海外のダイビング雑誌が発表した、2020年全世界で最も購入されているフィンランキングでもベスト10に入っているのだそうです。
「あの時金型を先代社長が売ってなければうちの商品だったのに」
と苦笑いをしながら大沼さんは話してくれましたが、続けて
「先割れフィンの性能を最も正しく引き出せたのはバイオフィンだと自信を持っています。発案者のコンセプトを120%具現化できたのは、先割れフィンに心底惚れ込んだapolloだけだと自負しています。」
とも語ってくれました。
生真面目過ぎる、ユーザーとの向き合い方
なにも既に売れているフィンを手放す必要はない様に思ってしまいますが、そこにはapolloのユーザーとの向き合い方が隠されていました。
「先割れフィン売ってるのに普通のフィンも売ってたら、お客さんに申し訳が立たないじゃない」
そう語ってくれたのは上野さん。
そもそも先割れフィンは、推進力を得る仕組み自体が通常のフィンとは異なります。
通常のフィンはブレードで水を掴み、その水を蹴り出す反発力で推進力を得ます。
対して先割れフィンは、水を切り分けることでフィン周辺の水圧差を生み出し、飛行機が空を飛ぶのと同じように、揚力を得て推進力を得ます。
「この子はね、そもそも普通のフィンとは全く違う道具なんです。フィンであってフィンでないというか。」
バイオフィンへの愛着たっぷりに語ってくれたのは木村さん。
このフィンの発案者は航空力学者で、推進力を得る仕組みをプロペラシステムと呼んだそうですが、木村さんによると、魚のヒレと全く同じなのだそう。
考えてみればハナダイやスズメダイの仲間、マグロやカジキなど、中層を泳ぐ魚の尾びれはみなV字型や三日月型をしています。
水を押して進むのであれば、面積をできるだけ広くするために三角形であって然るべきですよね。
筋肉量も少ない魚が進化の過程で手に入れた、推進力を得るのに適した形、それがV字型であり、その推進力は反発力ではなく揚力であるはず。
そんな魚の尾びれと同じ仕組みで進む先割れフィンは、フィンキックのフォームを意識せずとも、とにかくパタパタと動かしてさえいれば、グングン進んでいきます。
通常は良くない蹴り方とされる、自転車こぎの様な膝が曲がりきったフィンキックでも、です。
さらに、水を掴むわけではないために足への負担が少なく、脚力のないダイバーでも使いこなすことが可能。
「でもね、根魚の尾びれは三角形だよね。カサゴとかヒラメとか。瞬発力を出すには反発力が必要なんだろうね。」
木村さんは率直に先割れフィンの弱みになりそうなことも語ってくれました。
確かに根魚の尾びれは三角形です。
木村さんによると、彼らは普段は動かず、捕食の時や外敵から逃げる時にだけ素早く一瞬だけ泳ぐため、瞬発力を必要とします。
そのためには通常のフィンと同様の仕組みが必要なのではないか、ということです。
しかし、根魚が泳ぎ続けることがない様に、瞬発力はすぐに疲労を生んでしまいます。
やはり、長く泳ぎ続けるためや、速く泳ぐためには、V字型が適しているのでしょう。
先割れフィンは通常のフィンと比べて水を蹴っている感覚が小さいため、進んでいる感覚も小さく、ともすれば流れのあるダイビングシーンには不向きと言われることがあります。
しかし、元々の推進力と脚へ負担の小ささから、潮の流れに逆らって泳ぐ時ほど、推進力の差は明確に表れるのだとか。
強靭な肉体を持つ海軍部隊であっても、流れやうねりがある場所を長時間泳ぐ際には先割れフィンを採用していることが、その差の証明とも言えるでしょう。
それにしても、自然界の生き物が進化の過程で得た仕組みは、つくづく合理的で洗練されており、脱帽させられてしまいますね。
独創性に溢れる商品の数々
先割れフィンだけでなく、apollo商品には他社に類を見ない、数々の独創的な商品が存在します。
ここではそんな独創的な商品をいくつか紹介していきます。
タンクだけはダイバーが選ぶことが出来ない
安全にダイビングを行う上で使い慣れた自己所有の器材を使用することは重要です。
しかしほとんどの場合、タンクだけはダイバーが自分で選択することができません。
タンクの中は清潔に保たれていてほしいものですが、時にはこの様な状態になってしまっているケースも……
もちろんタンクを提供する各ダイビングサービスは日頃からメンテナンスを行っているため、この様なケースは稀です。
しかし、ダイビングを行うたびにタンクを割って目視で確認するわけにもいきません。
そこで安心安全なダイビングを追求するためにapolloが開発したのが、レギュレーター用の防塵フィルターです。
このフィルターによってタンク内の空気の汚れを取り除き、常に清潔な空気を呼吸することが可能になります。
それだけでなく、タンク内の空気は湿度3%以下程度と非常に乾燥しています。
そこで、フィルター内に加湿フィルターを搭載。のどの乾きを抑え、快適にダイビングができるようになりました。
器材セッティングの鬼門
器材セッティングで最もミスが多いところといえば、BCにタンクを固定するところでしょう。
タンクバンドをバックルで固定する際、少しでも力が緩んでしまうと正しく固定されず、水中でタンクがBCからずり落ちてしまうことも……
力が必要な作業なので、女性や年配の方にとっては悩みの種でもあります。
そこでapolloが開発したのが、ネジの様に回して固定する仕組みです。
この仕組みによって誰でも簡単にタンクを固定することが可能になっただけでなく、通常の10倍以上の力でタンクを固定することに成功しました。
これにより、通常のレジャーダイビングでは考えられない様な高さから飛び込んでエントリーする場面、例えば消防や軍隊などの潜水部隊が使用する場面でも着水の衝撃でタンクが外れてしまうことがないために、多く採用されているのだそうです。
水圧がスーツに与える変化に対応
使用されている生地によって差はありますが、ウエットスーツは水圧によって僅かに圧縮されます。
そのため、深く潜れば潜るほど、BCのウエストベルトやウエイトベルトがゆるんでしまいます。
潜降後にベルトを締めなおすことによって解決しますが、今度は浮上した際、締め付けれられることになってしまいますよね。
そこでapolloは、バックルに可動域を持たせることで、どんな水深でもしっかりとフィットしてかつ、絞めつけ過ぎないベルトを実現しました。
ありそうでなかった、そして今でも他社に類を見ない商品と言えます。
要求に応える力と他分野への技術転用
終わりのない改良
冒頭でご紹介した先割れフィン、今でもより良い性能を求めて改良が続けられているのだとか。
最適なスリット長を求め、こんな試作品が登場することも……
さらに、このファスナー付き先割れフィン、商品化までも検討したのだそうです。
従来のフィンとは推進する仕組み自体が違うため、通常は良くない蹴り方とされる、自転車こぎの様な膝が曲がりきったフィンキックでも問題がないことには触れましたが、刷り込みというのは根強いもの。
ほとんどのダイバーは講習で教わった、膝を曲げずに水をしっかりと押し込むフィンキックが刷り込まれているため、先割れフィンを受け入れがたい場合もあるのではないか。
そこで、スリットを開閉可能にすれば、始めは普通のフィンとして購入してもらい、試しに先割れフィンとして使ってもらえれば良さを分かってもらえるのでは、という算段です。
実際には、先割れフィンへのこだわりを捨てることにもなるので、やめたそうですが……笑
スリットの長さ以外にも、様々な改良が今でも試みられており、大沼さんは
「技術開発はお金かかるし、既に素晴らしいフィンなのにこの人たちまだ改良しようとしてるの」
と笑いながらもどこか誇らしげでした。
スナイパー対策のマスク!?
apolloが展開するマスクはスカートのフィット感の良さはもちろん、多様なレンズが準備されていることが大きな特徴のひとつです。
通常のレンズやUVカットのレンズに加え、反射を防止したARレンズや、偏光レンズが準備されています。
そんなARレンズが生まれたのは、なんと軍からのオーダーがキッカケとのこと。
闇に紛れて浮上をした際、月明りなどがマスクのレンズに反射してしまうと、その光を捉えてスナイパーに狙撃されてしまうためだとか…….。
もちろんダイバーの方がスナイパーに狙われることはありませんが、光が反射しないことによって水面や水中で相手の目がよく見えるため、アイコンタクトをとりやすく、レジャー用にも展開しているのだそうです。
また、サングラスなどではよく見かける偏光レンズ、水面の乱反射を抑えるため、陸上から水中の様子を伺うのに適したレンズです。
エントリー直前に水面の安全を確認するのには最適。
しかし、偏光レンズの大敵は水分で、偏光フィルターが水を吸収して膨張してしまうため、ダイビングマスクへの展開は難しかったのだそうです。
しかし、apolloは独自の技術によって、これを実現しました。
ちなみにapolloのマスクと言えば金属フレームが代名詞ですが、先割れフィン以外のフィンをやめてしまったのと同じ理由で、現在はプラスチックフレームのマスクの販売をやめてしまったのだそうです。
各所で活躍するapolloの技術
反射防止レンズだけでなく、磁気機雷のセンサーに反応しない様、磁気を帯ない様に加工したフィンのスプリングストラップなど、軍からのオーダーも多いapollo。
この様に、レジャーダイビングとは異なる分野からのオーダーが新技術の開発に繋がることもしばしば。
反対に、ダイビングで培った技術が他の分野で活かされることも増えてきています。
特に、レギュレーターやドライスーツの製造を通して得た防水技術や密閉技術は様々な分野から注目されています。
例えばJAXA(宇宙航空研究開発機構)からの依頼で、宇宙服に用いる密閉技術を開発したり……
福島第一原発事故に伴う廃炉作業に用いる放射線遮蔽スーツを開発したり……
ダイビング以外の分野でも、apolloの技術は一流の技術として活躍しています。
そんなapolloの技術力を最前線で支えるのがこの部屋。
ダイビング器材も含め、工場で生産された部品を全てチェックし、わずかでも誤差がある場合にはこの場所で修正を行うのだそうです。
時には、数値に現れないほどの誤差であっても、職人の手によって異変を感じればその場で修正してしまうのだとか。
ものづくりの分野では、不良品が発生する確率、不良率を極力0に近付ける努力が日夜行われていますが、apolloの場合はそもそも不良品が0になった状態で出荷する、ということです。
もちろん、不良率を完全な0にすることは不可能と言えますが、限りなく0に近付ける技術と姿勢には脱帽ですね。
圧倒的な技術力に裏打ちされたapolloの独創的な商品の数々。
どんなダイバーにも使いやすい器材を、とおっしゃるだけあって、おじいちゃん、おばあちゃんからネイビーシールズまで、もちろん幅広く愛用されている商品ばかり。
その独創的な見た目から初めて手に取るのを躊躇してしまっていた方も、各国のプロフェッショナルから根強い評価を受けるapolloの商品を一度使用してみてはいかがでしょうか。
取材協力:日本潜水機株式会社(apollo)(https://www.apollo-japan.jp/)
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