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MOBBY’S~目指したのは皮膚の再現。そしてその先へ~

器材レポート

日本を代表するダイビングスーツブランドMOBBY’S。

今回はそのMOBBY’Sを展開する株式会社モビーディックより、執行役員の木村さん、ブランドデザイン課課長の菊田さんにお話を伺いました。
本社は宮城県石巻市ということで、リモートでの取材です!

東日本大震災による本社工場被災という困難を乗り越え、日本を支える元気なモノ作り中小企業300社や地域未来牽引企業にも選出された裏には、どの様な技術があるのでしょうか。

木村さん(上段左)、菊田さん(上段右)

究極のスーツを求めて

ウエットスーツは身体にピッタリとフィットするオーダーメイドのものが良い、ということは各指導団体のテキストにも必ず出て来る文章です。
一方で、身体にピッタリと密着するからこそ、窮屈に感じてしまうこともあります。

この相反する2つの要求性能を満たすために、MOBBY’Sではどの様な工夫を積み重ねてきたのでしょうか。

世界初のウエットスーツ専用CADシステム

今でこそ、パソコンは一家に一台、ともすると一人一台の時代が来ていると言っても良いかもしれません。
様々な仕事の現場においても、一切パソコンを使用しないで成立する仕事の方が圧倒的に少ないことでしょう。

業務用や家庭用のパソコンが普及した裏には、Windows95という画期的なOS(オペレーティングシステム)の登場があります。

そんなWindows95が発売された1995年から遡ること6年、パソコンの操作と言えばコマンドを入力することが当たり前だった時代に、MOBBY’Sでは世界初のウエットスーツ専用CADシステムを開発しました。

CADシステム:パソコン上で製図を行うためのシステム
CADシステムの実際の画面

それまでのウエットスーツ作りといえば、A0の紙をガラステーブルいっぱいに広げ、胸囲の線を定規で引くことから始まっていました。

A0:紙のサイズの規格であるA版の最大サイズ。一般的に普及しているA4コピー用紙の16倍の大きさ。

全てが手作業なので、1着のウエットスーツの型紙を全て製作するのに1時間から2時間、毎日朝9時から26時(!)まで働いても、1日に製作できる型紙は十数着分でした。

当時、アパレル業界では既にCADシステムが導入されており、MOBBY’Sでもアパレル用のCADシステムを流用しようと考えました。
しかし、既存のアパレル用CADシステムでは、どれだけ改造を行っても30ヶ所以上を採寸するウエットスーツには対応することが出来ない。

そこでMOBBY’Sが買ってきたのが、なんと建築用のCADシステム。

既に一定のカスタマイズが施されているアパレル用のCADシステムよりも、よりシンプルな建築用のCADシステムをベースに、ウエットスーツ用CADシステムを創り上げようと考えたわけです。

そうは言っても専門のスタッフを雇用するわけにもいかず、木村さんともう1名の方で、独学でシステムの改造を行ったのだとか。
ベースとなっている建築用のCADシステムの提供元が、プログラムの構成までを教えてくれるわけではないので、試行錯誤でプログラムを紐解きながらの改造だったそうです。

こうして出来上がった世界初のウエットスーツ専用CADシステムによって、型紙の作成にかかる時間は10分の1程度に短縮し、1日で150着程度の型紙を製作できる様になりました。

ウエットスーツは職人が1着1着手作業で作り上げるもの。
そんな常識が破壊された瞬間でもありました。

ただし、採寸を手作業で行う以上、ある程度職人による調整は必要なことも事実。
そこでMOBBY’Sでは現在でも、型紙を製作する前の段階で全ての採寸表を目視で確認しています。

採寸値を鵜呑みにせず、採寸箇所同士の関係性とこれまで積み上げて来た職人の知見によって、より最適と思われる数値への補正を行うことで、効率性と品質の双方を両立しています。

感覚を数字に落とし込む

効率化に成功したMOBBY’Sが次に目指したのは、着心地の数値化でした。

身体にピッタリとフィットすることと、心地よい着心地は異なるのではないか。
そんな疑問から、着心地という感覚を数値に落とし込むことが試みられました。

身にまとった衣服が身体にかける圧力(被服圧)を測定できる機械を使用し、最適な着心地を追求する。

しかし、着心地は個々人の体形や体脂肪率によって異なるだけでなく、生地に用いるゴムのゴム圧や種類、ゴムの表面を覆うジャージ生地との組み合わせによっても変わってきます。

その、ありとあらゆる組み合わせを1mm単位で調整をかけながらテストを行い、最適な着心地を数値化することに成功したのが2001年頃のこと。

考えただけでも想像を絶する作業量ですが、その研究から得た知見は今でもMOBBY’Sのウエットスーツの着心地の良さを支えています。

被服圧計

現在でも新商品を開発する際や生地に新たな素材を採用する際には、同様のフィッティングテストを行うのだとか。

もっとも、これまでの知見から試行錯誤に長い時間を必要とすることがないため、新素材や新商品の最適な着心地を割り出すまでの時間は大幅に短縮されているそうです。

着心地の良さの本質は皮膚

数字に裏打ちされた最適な着心地を持つウエットスーツを高効率で製造することに成功したMOBBY’Sですが、究極のスーツを求める姿勢に終わりはありません。

日々、ウエットスーツはどうあるべきかを考える中で、ふと木村さんの頭に浮かんだのが、ウエットスーツを着用している際、静止しているということはないという事でした。

これまで行ってきた着心地の評価はどれも静止した状態でのもの。

機能を有する衣服であるウエットスーツがそれで良いのか?これまでの型紙作りは最適と言えるのか?そんな考えが木村さんの頭の中を巡っている時に、木村さんが出会ったのが衣服解剖学という学問でした。

これは、実践女子大学教授(当時)の中澤愈(すすむ)氏が生み出した学問で、機能性を求められる衣服のあるべき姿を解剖学の見地から解き明かそうという学問でした。

中澤氏はスピードスケートやスキージャンプのオリンピアンに数々のユニフォームデザインを提供しており、ウエットスーツと似た形状ということもあって木村さんはすぐに相談を持ちかけたところ、協力を得られることになったそうです。

違和感なく思い通りに動くことができる、その究極は皮膚の再現でした。

肘や脇など、自身の身体に目を向けてみると、静止した状態で皮膚にはしわが寄っている場所があります。
違和感のない動きを実現するためにはこのしわが重要で、直接中澤氏にアドバイスや評価を受けながら、しわの再現を目指した型紙づくりをイチから考え直して行きました。

ウエットスーツといえば身体にピッタリとするもの、つまりしわがあってはならない。
そんな固定概念を真っ向から否定する挑戦です。

固定概念や先入観というのは、時に人間の感覚までも支配してしまうもの。
しわが目に見えて現れることで、フィットしていないという感覚から、寒く感じてしまうこともあるのだそうです。

また、実際にしわに水が溜まることで保温性が低下してしまうという事実もあり、快適な運動性の追求と、快適な保温性、2つの要素のせめぎ合いの中で、解剖学に基づいた現在のMOBBY’Sのウエットスーツが誕生しました。

それでも発売当初は、せっかく再現したしわが「ピッタリとフィットしていない」クレームに繋がることもあり、理論や技術を表現することの難しさにも直面したそうです。

「自分たちの技術が価値を生む様に、伝わる言葉に落とし込まなければいくら良いものを作っても理解してもらえない。これが一番の学びでした。良い型紙を作っていれば良い、と思っていた自分の考え方が大きく変化した瞬間です。もちろん技術が止まってしまっては進化はない。今よりも良いものを作りたいという想いは常に持ち続けています」

そう語ってくれた木村さんのデスクの傍らには、今でもすぐ手に届く位置に、付箋でいっぱいの『衣服解剖学』(著:中澤愈)が置いてあることが印象的でした。

終わりなき探求心

技術の進化に終わりはない。

そんな想いが垣間見られるエピソードもいくつか伺うことが出来ました。

身体を張ったテストの数々

商品を販売する以上、自分で使ってみないと自信を持って販売することはできない。

例えばドライスーツ。
ドライスーツの中にはタンクから給気するのが当たり前ですが、給気を行わなければどうなるのか。

そんなことを考え、水深30mまで一切給気をせずに潜降してみたところ……

結果は全身みみずばれ。当たり前です。むしろ、どうしてそこまで我慢できたのか……

例えば男性用小用バルブ。(Pバルブ)
Pバルブとは、ドライスーツ着用時でも水中で用を足すことができるバルブ。男性用の場合、先端にチューブをつけた医療用コンドームを装着し、ダイビング中尿意を催した時は、何も考えずに放尿すれば、水中に尿を放出できるというものです。

Pバルブ

テストの為に営業担当の方が装着して潜ってみたものの、そもそも余計な物を装着して用を足すことなんてないので、せっかくトイレを我慢できるだけ我慢してから潜ったのにも関わらず、結果エキジット後に陸で壁に手をつき、その時が来るのをじっと待つ羽目に……

木村さんは少し恥ずかしそうに、笑いながら過去のエピソードを話してくれました。

移り行くニーズへの対応とバランス感覚

かつて、良いウエットスーツ生地といえば、強い水圧がかかってもへたらない頑丈なゴムで、長く使える生地こそが良い生地とされていました。
しかし、ここ数年は耐久性が多少劣っても、着心地や動きやすさが好まれる様になってきているそうです。

そんなニーズの移り変わりをいち早く捉えるべく、お客様から上がってくる声や自分自身が感じたこと、新たな価値やセールスポイントなどを日々アイデアノートに書き溜めていると教えてくれたのは菊田さん。

そんなアイデアノートから生まれた、女性向けのベアトップパンツは想像以上に好評なのだとか。

肩周りをすっきり見せるベアトップパンツは、当初日本人には抵抗がある可能性を危惧していたそうですが、お手洗いへの行きやすさという利便性も相まって、人気を博しています。

菊田さんによると、トレンドをそっくりそのまま取り入れるのではなく、これまで当たり前とされていたことと、最新のトレンドと、自身が日々感じて来たことと、3つをバランス良く取り入れることが、受け入れられるデザインを生み出すコツなのだとか。

MOBBY’Sの持つ独自技術

そんな菊田さんをはじめとするMOBBY’Sの方々のアイデアノートからは、これまでご紹介して来たもの以外にも、数々の独自技術が生み出されてきました。

マスクストラップカバーの切れ込み

マスクストラップにカバーをつけることで、着脱が容易になり、髪の毛が引っかかって痛い思いをすることもなくなります。
しかし、髪の毛が長い女性にとって、陸上で最適な位置で紙を結ぶと、ちょうどマスクストラップの位置に来てしまうという悩みがありました。

そこで考え出されたのが、切れ込みの入ったマスクストラップカバーです。

長年ロングヘアの菊田さんならではのアイデアと言えそうです。

ちなみに現在MOBBY’Sではマスクストラップカバーは販売しておらず、他のメーカーで同様の商品が販売されています。
実は特許も実用新案も申請していなかったのだとか……

それでも間違いなく、これを生み出したのは菊田さんだということです。

グローブの内側に設けられた着脱用フラップ

ウエットスーツだけでなく、グローブも手にピッタリとフィットしていることで保温性が増します。
一方で、着脱に時間がかかってしまうというデメリットもあります。

そこで考え出されたのが、グローブの内側に着脱用のフラップを設けるという構造です。

これによって、保温性と着脱性を両立することに成功しました。
こちらも菊田さんのアイデアから生まれた商品で、実用新案に登録されています。

水の侵入を許さないフードの空気穴

フードを被っていると、どうしても口から吐いた空気がフードの中に侵入してしまうことがあります。
これを逃がさないでおくと、頭頂部に空気が溜まり、余計な浮力がついてしまうだけでなく、装着感や見た目も悪くなってしまいます。

そのため空気を抜くための穴が設けられている場合がほとんどですが、穴を開けてしまうとそこから水が侵入し、保温性が低下してしまいます。

そこで、この穴に弁構造を持たせることによって、空気は抜ける一方で水の侵入を許さないフードを開発しました。

構造だけでなく、使用する素材も様々な素材で試験を重ね、現在の形にたどり着いたのだそうです。

1人で着脱可能かつ邪魔にならないドライスーツファスナー

アクセサリーだけでなく、もちろんメインの商品であるスーツにも、独自の技術が搭載されています。

通常ドライスーツのファスナーは、身体の動きを妨げない様、背中側についています。
1人で開閉を可能にするため、胸のあたりにファスナーを配置したもの、肩から腰にかけて斜めに配置したものなども存在しますが、MOBBY’Sは非常に独特な位置に配置を行いました。
(MOBBY’Sでも胸付近や肩から腰にかけて配置された物も存在します。)

前段でご紹介した通り、衣服解剖学の考え方を取り入れているMOBBY’Sだからたどり着いた配置ともいうことができます。

この配置によって、ドライスーツ着用時の大きな悩みであった、上半身の動きづらさを大幅に改善しました。

ちなみに、この配置のドライスーツには全てT4という名前が冠されています。

このT4という名前は、ひとつの神経が支配する領域によって皮膚を区分した、皮膚文節のひとつであるT4から来ており、ファスナーを配置した位置がT4の位置なんだそうです。

「究極のダイビング器材って、海底少年マリンの世界だと思うんです。今は絵空事の様に思えるかもしれないけれど、頭のどこかではそれを目指すぐらいの気持ちで進化を追求して行きたい」

木村さんのこの言葉が非常に印象的でした。

ちなみに海底少年マリンの世界とは……

水中で呼吸するためにはガムを噛む。
靴からのジェット噴射で水中を移動する。
陸上でも水中でも変わらない衣装。

漫画の世界と一蹴してしまうことは簡単ですが、いつか本当に実現してしまうかもしれない、そんな風に感じるほどのお話の数々でした。

いつの日か、朝起きたら水陸両用のスーツに着替えて海へ、そのままダイビングを行い、そのまま帰宅、なんて日が来るのかもしれませんね。

取材協力:株式会社モビーディック(MOBBY’S)(https://www.mobby.co.jp/

細谷 拓

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合同会社すぐもぐ代表社員CEO。 学生時代、大瀬崎でのでっちをきっかけにダイビングにドはまり。 4年間で800本以上潜り、インストラクターを取得。 静岡県三...

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