コバンザメ【ダイビング生物情報】〜頭の吸盤でくっついて生活する不思議な魚〜
頭部にある小判状の吸盤で大型魚類や鯨類などにくっついて生活しているコバンザメ。
名前に“サメ”とつくけど、サメじゃない!?
吸盤を使わず水底で生活するコバンザメもいる!?
ダイバーにもくっつくことがある!?
そんな不思議なコバンザメの生態を解説します。
また、ダイビング中にコバンザメと出会える場所は少ないですが、コバンザメ観察を狙えるダイビングスポットを3パターンに分けてご紹介します。
コバンザメDATA
標準和名:コバンザメ
学名:Echeneis naucrates
分類学的位置:スズキ目コバンザメ科コバンザメ属
種同定法 : D32~42; A31~41; P121~24; Vert30.
分布:沿岸の浅海、通常大型のサメ類に吸着、しばしば自由遊泳、単独で泳ぐこともある。
北海道~九州南岸の日本海・東シナ海・太平洋沿岸、屋久島、琉球列島、東シナ海;朝鮮半島東岸・南岸、済州島、山東省(稀)、中国東シナ海・南シナ海沿岸、台湾北部・北東部・南西部、海南島、ピーター大帝湾~沿海州南部(稀)、全世界の暖海域(東太平洋を除く)
(本記事では、『日本産魚類検索』に従った)
コバンザメの識別方法:
コバンザメ科に分類されている魚類は、『魚類の分類の図鑑』によると8種類が知られる。
ネット上には、日本沿岸から確認されているのは、7種としている情報が存在していて、それを一般的とするのが普通となっている。
しかし、『山渓カラー名鑑 日本の海水魚』記載文の解説者岸田周三氏によると、日本で全種(8種)に採集記録があるとしている。
現在、コバンザメ科は分類学上、3つの属に分けられている。
本稿では、『日本産魚類検索』を優先させて、識別の解説をする事にしているので、その立場で書いていきたい。
『日本産魚類検索』では、コバンザメ属に分けられているのは、日本近海では、コバンザメだけとして、近縁属のスジコバン属スジコバンと識別をしている。
属の違うこの2種類は、他のコバンザメ科の魚類と見分けは容易だが、この2種を識別する方法は容易ではない。
『日本産魚類検索』によると、
コバンザメは、吸盤の板状体は18~28、脊髄骨数は30
スジコバンは、吸盤の板状体は9~11、脊髄骨数は39~41
以上により、正確に、2種を識別するためには、単独での自由遊泳中に吸盤の映像撮影をして、その映像を基に吸盤の板状体を数えて識別するしかない。
体側のくろいろのタテジマ、尾鰭の形などの身体的特徴では識別できない。
一番近いコバンザメの近縁種は、同じコバンザメ属に属するEcheneis neucratoidesである。(英名:Whitefin sharksucker<ホワイトフィンシャークサッカー>または、short-disk sharksucker<ショートディスクシャークサッカー>※)である。
Echeneis neucratoidesの分布は、亜熱帯西部大西洋、カリブ海、メキシコ湾、バハマやアンティル諸島を含む南米の北海岸の沿岸から外洋とされている。
コバンザメとは、通常は分布域で分けられると考えられる。
標準和名の由来・語源は、東京周辺での呼び名で、外見がサメに似ることと、頭部の吸盤が小判型であるためと言われている。
地方名・市場名もいくつも確認され存在しているが、他の標準和名と混同される恐れがある名称は存在しなかったので、今回は割愛する。
ダイバーのための絵合わせ
コバンザメと名に「サメ」がついているが、スズキ目に属していて、軟骨魚類のサメ類ではなく近縁でもない。
魚類分類学では、一番近いと考えられているのはスギである。
スギも体側にくろいろのタテジマ模様があるが、吸盤がないので判別は容易である。
吸盤があればすべてコバンザメ科の魚類8種類の内の一つとなる。
コバンザメの見た目には個体差があり、くろいろのタテジマ模様がハッキリしていない個体も確認されている。
<参考>神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」KPM-NR 60191・KPM-NR 71694
また、体色がくろいろ一色の個体も確認されている。
<参考>神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」KPM-NR 2880・KPM-NR 51502
スジコバンも、小型の幼魚時期と思われる個体は沿岸から確認されているので、一般には、識別が困難であろう。
今回使用した画像群も、”ほぼコバンザメだと思われる”としか言えない物である。
外洋に面していない場所で、これらの仲間を見つけたらほぼコバンザメで、小型で、頭部の長さに対比して体長が長い場合はスジコバンの可能性があり、正しく識別するには、吸盤の板状体を数えるしかない。
コバンザメの観察方法
筆者は自然界で、コバンザメ、また、その仲間であるコバンザメ科まで広げても、数回しか観察した事がない。
ダイビング中に本種を見る事は、彼らの生態の関係上限られたチャンスなのかもしれない。
観察時期
観察時期は、確定していない。
分布域は非常に広いが、本種は吸盤によって、大型魚類・鯨類などに張り付いて移動をしているため、その生物の移動範囲に必然的に移動させられる。
その一部は、無効分散の範囲の海域も含まれるのではないかと筆者は推測している。
生息場所
コバンザメは、コバンザメ科の魚類では、一番沿岸性が強いとされているので、ダイビングスポットでは一番見やすい種となるだろう。
しかし、外洋に面した伊豆諸島・小笠原諸島の様な環境ではスジコバンも見られるので、注意が必要である。
生態行動
吸盤があり、大型魚類・鯨類などに張り付いて移動を助けてもらっている事は、あまりにも有名な生態的特徴である。
その大型生物の餌のおこぼれをもらっているとも言われているが、これには少し疑問が残る。
大型魚類・鯨類などの食べ残しと、本種の食性が一致するのであろうか。
この疑問の答えとなる文献は、見つける事が出来ていない。
コバンザメより大型の生物なら、潜水中のダイバーにも張り付く事が観察されている。
また、片利共生の良い例として挙げられるが、現在の生態学的考えで、この片利共生その物の考え方に疑問が残る。
共生とは、両方に利益的な事があるから一緒に生活ともにする利害関係で、片方だけに利益があるのは、元々、「共に生きる」という意味からかけ離れている様に見える。
コバンザメは、十分に餌を得られる環境下に生活圏がある場合、吸盤を使った移動はせず、自ら泳いで生活している事が観察されている。
最近有名になったのは、奄美大島・加計呂麻島の間に広がる大島海峡の事例である。
クロマグロの養殖が盛んに行われる事により、その餌のおこぼれを得られるので、吸盤を使わず、食事以外、水底で活動しないで休む生活をするコバンザメがNHKによって紹介された。
同じように、沖縄などのジンベイザメとのふれあい施設や養殖施設の網の周りでは、餌のおこぼれを狙って集結した魚類の中に、コバンザメを見つける事がある。
この様な時の本種は自ら泳いでいる。
筆者が30年ほど前、モルディブ・ボリフィシ島に訪れた際、ハウスリーフの沈船ポイントにエイの仲間が餌づけされていて、中層に50cmから1mのコバンザメが群がりを作っていた。
これらの個体は、エイや、それを観察・撮影にきたダイバーにも、張り付く行動を見せずに泳いでいた。
このころの筆者には、この様な群がり行動その物が珍しく、餌による影響か、それ以外の生態行動の何かか、まったく不明であった。
現在は、その後の情報により、繁殖行動に関係しているのではと考え始めている。
コバンザメの繁殖行動と、幼魚期のすべての初期生活史は解明されている。
現在の大分マリーンパレス水族館(通称:うみたまご)の前身となる大分生態水族館マリーンパレスで飼育中のコバンザメが水槽内で繰り返し産卵し、その産卵習性および初期生活史が解明され、1976年に論文「コバンザメEcheneis naucratesの卵発生と仔魚の形態変化」にまとめて発表されている。
そこには、閉館後、消灯と共に産卵行動をおこなう事や、初期発生から幼魚期までの変態の過程、産卵した水温などが記載されている。
残念ながら自然界で行動は確認されたと聞いたことは未だない。
似た行動は、マレーシア・セントポールナ沖の透明度30cmもない泥砂地で、確認した事がある。
ただし、コバンザメかスジコバンかの判定は難しい状況であった。
モルディブ・ボリフィシ島の例とマレーシア・セントポールナ沖のこの例は、水温帯、親魚のサイズなど、水槽内で得られた知見との類似点が高く、興味を持っている。
しかし、マレーシア・セントポールナ沖の個体群の群がりは、2011年の確認を最後に、翌年から現在まで、確認されていない。
食味
筆者は食した事がない。本稿を書くにあたって調べた中では、近縁種のスギより美味しいという。
スギは、とても美味しい魚で、国内では沖縄地方、海外では、台湾を始め東南アジアで養殖が盛んに行われている。
それより美味しいというのだから、大変興味を持っている。
チャンスがあれば是非チャレンジしてほしい。
観察方法
コバンザメを観察するチャンスは、大きく分けて3つのパターンがあると思われる。
▶パターン1:一番確実な方法
奄美大島・加計呂麻島の間に広がる大島海峡では、コバンザメが集まっている。
ただし、難点はコバンザメ本来の生態行動と違う点がある。
▶パターン2:二番目に確実と言える方法
生け簀で、餌付けをされているジンベイザメの施設内で観察できる。
これについても、餌は、人間が与えた物のため、残念ながら野生の個体と行動に開きがある。
これの変形になるが、海外では数か所、野生のジンベイザメが現地の漁師のまき餌を洗う作業によって、それのおこぼれをもらいに集った場所がある。
日本で一番有名なのが、フィリピン・セブ島最南端オスロブである。
このエリアに筆者が潜った感想では、ジンベイザメ5匹に対して1匹程度、大型に成長したコバンザメが付いている程度で見られる。
通常のスノーケリングツアーで見られない事はないが、じっくり観察するなら、スキューバダイビングで案内してくれるショップが良いだろう。
しかし、ジンベイザメの迫力、インパクトが強すぎて、そこまで気が回るかは保障できない。
筆者も今回、オスロブのジンベイザメに付く、大型に成長したコバンザメをお見せしようと画像をチェックしたが、動画中にピントがあっていない映像しか撮影できていなかった。
▶パターン3:ウミガメが見られるダイビングポイントで、ウミガメに付いている個体を観察する方法
小型の成長中の個体が多いが、ウミガメに付いているコバンザメを探すパターンである。
その場合、ウミガメならなんでも良いわけではなく、成熟して、産卵場所に戻ってきている個体を狙うと良い。
この条件だと、近くにウミガメの産卵場として有名なビーチなどがあるエリアが有利となる。
伊豆半島や伊豆諸島でもウミガメは見られるが、これから外洋へ出る前の若い個体の方が多いので、コバンザメの遭遇率は下がる事になる。
コバンザメが張り付く相手を探している場合は、潜水中のダイバーにも張り付いてくる。
その様な様子は何回か観察しているが、残念ながら筆者は画像・動画は持っていない。
そこで、YouTubeにあった、その様な行動をとっている映像のリンクを貼っておく。
観察の注意点
パターン1と2の場合は、その場所に潜る為のルールが、それぞれあると考えられるので、それに従ってほしい。
パターン3についても同じで、ウミガメは、かなり厳しく管理されている。
特に海外では、そのルールが厳密な事が多い。
それに少しでも違反するとダイビングすべてを禁止されるので十分に注意されたい。
観察ができるダイビングポイント
パターン1
- 奄美大島・加計呂麻島
パターン2
- 沖縄本島の読谷
- 千葉県館山市の波左間海中公園
- フィリピン セブ島最南端オスロブ
パターン3
NPO法人 日本ウミガメ協議会の情報を元に、ダイビングエリアを探すのが良いだろう。
http://umigame.org/umigamenitsuite/cn10/kyoukasho_sanranti.html
生態を撮影するには
ジンベイザメやウミガメの観察エリアでは、水中ストロボや水中ビデオライトの使用が禁止されていることがある。
潜る前に、確認を怠らないように気を付けよう。
禁止の場合、TG系の場合は、水中広角モードを使うと簡単である。
しかし、実際の水中の発色イメージより明るく、派手に撮影されてしまう。
露出補正で、マイナス補正をして対処すれば、かなり改善されるが、それ以上はかなり厳しい。
TGシリーズでも、本稿執筆時点で最新型のTG-6ならもっと綺麗に撮影できるが、そうなると、かなりカメラの仕組みに詳しい水中カメラマンのフォトセミナーや、フォトコースの入門レベルに参加して勉強しないと厳しいだろう。
個人的には、スクーバモンスターズでも執筆している堀口和重氏など、十分にきめ細かくレクチャーしてくれるカメラマンに習うと良いだろうと考えている。
今回の使用映像は全てポジフィルムで撮影していて、デシタル画像にデュープしている。
デシタルカメラで、同程度の撮影が出来るようになったのは近年になってからで、各メーカーのフラグシップや、それに順ずる上級モデルだけである。
本気での撮影なら、それなりの出費が最初にかかる。
興味を持ったら、是非、よく調べてから準備していただきたい。
参考文献
- 『日本産魚類検索 全種の同定』(著者:中坊徹次、発行:東海大学出版会、発行年:2013年第3版)
- 『日本産魚名大辞典』(編集:日本魚類学会、発行:三省堂、発行年:1981年)
- 『日本の海水魚』(著者:大方洋二・小林安雅・矢野維幾・岡田孝夫・田口哲・吉野雄輔、編集:岡村収・尼岡邦夫、発行:山と渓谷社、発行年:1997年第3版)
- 『新版魚の分類の図鑑』(著者:上野 輝弥・坂本 一男、発行:東海大学出版会、発行年:2005年新版)
- 『新版 日本のハゼ』(解説:鈴木寿之・渋川浩一、写真:矢野維幾、監修:瀬能宏、発行:平凡社、発行年:2004年)
- 神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」
- 1976 赤崎正人・中島東夫・川原 大・高松史朗 コバンザメ Echeneis naucrates の卵発生と仔魚の形態変化 魚類学雑誌,23(3):153-159 ※PDF
- ダーウィンが来た! 「ひっつかないコバンザメ!奄美の海で謎の大集結」
- NPO法人 日本ウミガメ協議会 産卵地について
- 『デジタルカメラによる 水中撮影テクニック』(著者:峯水亮、発行:誠文堂新光社、発行年:2013年)
- 『うまく撮るコツをズバリ教える 水中写真 虎の巻』(著者:白鳥岳朋、発行:マリン企画、発行年:1996年)
- 『水中写真マニュアル(フィールドフォトテクニック)』(著者:小林安雅、発行:東海大学出版会、発行年:1988年)
文・写真:播磨 伯穂
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