上出俊作、初の写真集『陽だまり』制作裏話〜上出さん写真集発売&写真展開催おめでとう!〜
水中写真家・上出俊作さん初の写真集『陽だまり』が発売された。
そして、今日からは写真展『陽だまり レンズ越しに見つめた10mmの海』がはじまる。
実は、写真集については、編集という形でお手伝いをさせてもらった。
関わらせていただいた写真集が発行されるというのは、やはり感慨深いものがある。
今回はお祝いとして、個人的に一本の原稿を送ろうと思う。
山の物とも海の物ともつかぬ独り言だが、ぜひお付き合いいただければ幸いだ。
写真集を一緒に制作しながら感じた上出さんことや制作の工程や現場についてなど、裏側もお伝えできればと思う。
上出さんのこと
気づけば、上出さんと出会ってから4年ほどが経った。
知り合ったときにはもう沖縄に住んでいたので、出会うと言ってもやりとりの中心はオンラインで、実際に対面したのは片手で足りるかもしれない。
けれど彼とは、写真や原稿、また、オンラインセミナー開催などを通して、信頼を強めてきた。
こんなことを書くと怒られるかもしれないが、彼とのやりとりは、いつもスリリングだ。
彼は、妥協しない。軸をしっかり据えた上で、いつも一段上の成長や挑戦、そういった何かを目指そうとしているのが伝わってくる。
私は良くも悪くも平和を愛する(?)編集者なので、上出さんにとっては、もしかしたら物足りないかもしれない。
そんな、見捨てられてしまうかも、みたいな不安感がいつもどこかにある。
(一応言っておくが、上出さんは物腰のやわらかい優しい人だ。笑)
でもそのプレッシャーが功を奏したのか、互いに高め合いながら歩んでこれたんじゃないかと思っている。
今では、スクモンでエッセイという、これまでやってこなかった畑の文章を書いてもらうことに成功した。
「エッセイを書いてみませんか?」なんてきっと寝耳に水。
「は?」って言われてもおかしくない提案だったと思う。
でも私は、もっとダイビングにまつわる奥行きのある文章がWEBの世界にあるべきだと感じていたし、これまで上出さんの写真と文章を編集してきて、彼なら書けるという確信みたいなものもあった。
ただ、エッセイとは言っても決まった形がないだけに、それを書き上げるのは難しい。
けれど、それに果敢に挑戦し続け、今では7本のエッセイがスクモンで公開されている。
毎回、テーマ自体もおまかせだが、回を重ねるごとにより深みへ、より内面へと進化を試みてくれていることをひしひしと感じている。
はじまりは去年の夏
去年の夏の終わり、上出さんから「相談がある」と連絡をもらった。
そこで聞いたのは、写真展の公募に挑戦してみること、そして、それに合わせて写真集を制作したいということだった。
そこはさすがの上出さん。
すでにツテのある人への相談は済ませ、ある程度の絵は書いてある状態だった。
写真集に関しては、自由度を優先して自費出版するということだったので、何か力になれるかもしれない。
「何でもやります!」と軽薄に即答しながら、胸の内は本気だった。
初めての公募による写真展開催を目指し、合わせて写真集を発売するという試み。水中写真家としての階段を一段引き上げようとする彼の新しい挑戦をこの目で見たい。そう思った。
コンセプト
私が思う上出さんの一番の強みは、ワイドもマクロもクオリティにばらつきなく撮れること。
そんなオールマイティな彼が今回据えたテーマは、青のない水中世界。
つまり、水中マクロ作品に絞るというのだ。
これは、面白い。
そして見事に、若手向けの「写真家たちの新しい物語」という富士フイルムの公募展の審査に通り、カメラメーカーのギャラリーで写真展を開催する道筋をつけた。
この辺のお話は、上出さんのブログに詳しいので、ぜひご参照を。
写真展のお知らせ@富士フイルムフォトサロン東京/大阪2022
写真集のこと
写真集を作るには、セレクトという作業がある。
膨大な量の写真から、今回のコンセプトに合うもの、見せたい世界観などを加味しながら取捨選択をしていく、楽しくも葛藤を伴う作業だ。
初の写真集。私は、彼が「これが上出俊作の写真だ!」と自分で選ぶべきだと思った。(と言えば耳障りはいいが、私に写真をセレクトする技量がなかっただけかもしれない)
とはいえ、写真展公募の際のセレクト作業で概ねの形はできていた。
そこからさらにブラッシュアップし、かつ、できれば撮りたての写真を追加することを目指しながら準備を進めようと話し合ったのを覚えている。
渋谷の小部屋で
去年の年末、上出さんと相棒のダイブジャーニー・高田洸也さんと共に渋谷のレンタルスペースに集まって写真のページ割りを決める作業をした。
ページ割りとは言っても、厳密にページ指定するのではなく、順番を決めていく作業だ。
実は写真っていうのは、順番や見せ方によって印象が変わってくる。
実は大事な作業なのだ。
上出さんは、セレクトした写真をまるっとプリントしてきてくれた。
正直、これはとても助かる……。
この量の写真を脳内で処理しようなんて、私の小さな脳みそでは土台無理な話だ。
よく雑誌のグラフページの写真を組む時も、コンタクトシートを切り刻み、ラフの上で並べたものだった。
閑話休題。
まずは、束となっている写真に目を通していく。
一枚めくるたびに、「あぁ、上出さんっぽい!」「え、こんなのも?」「これ好きだわぁ」と見飽きない。
マクロに限った上で、これだけのバリエーションが出てくることがまず一つ素晴らしいと思った。
上出さんも「この写真実は……」「これとこれは合わせて使いたくて」など写真の数だけ思い入れがある様子。
そういうの聞いちゃうと、身が引き締まってしまうというのが人間というもので。
より真剣に、写真に没頭しながら一枚ずつ見ていく。
そうして写真を見続けていると(変な人と思われるかもしれないが)、ふと、音楽を感じた。
ただ、音楽的センスはからっきしなのでメロディーなんかは浮かばない。奏でる一歩手前の設計図のようなものとでも言ったらいいのだろうか。
ゆったり静かにはじまって
賑やかに色彩がどんどん豊かになって
盛り上がったところでパッと弾けて
重たく静かに濃厚になり
また少し明るく浮上するーー
そんなイメージ。
そこからイメージに合わせてざっくり写真を仕分ける。
仕分けた写真は、色彩や構図を加味しながらさらに細かく分けて並べていく。
隣り合わせて映える写真。
一枚で見せることで映える写真。
それぞれの写真が一番良く見えること、そして、全体としても調和が取れたものに見えるように少しずつ輪郭を作っていく。
ばーーーっと並べさせてもらってから、皆で「ここにはこの写真の方が……」「この写真は序盤に入れたくて……」など、また調整。
「最後にもうひと盛り上がり欲しいよね」となって、賑やかしたりもした。
この最後の盛り上がりは、“夢の中で大騒ぎ”とでも称そうか。幻想的で余韻を感じるような写真が集まったと思う。
だんだんと見えてきた輪郭
そして、デザイナーさんによりレイアウトスタート。
合わせて、巻末のあとがきにも着手。
こうしている合間に写真展の概要も決まり、写真集も最終工程へ。
私なんていらない手際の良さで、上出さんはどんどん進んでいった。
マリンダイビングフェアが開催されている頃には、色校正で集まった。
今回、印刷は美術印刷に強い八紘印刷さん。
致命的なマイナスなどなく、プラスを求める赤字に終始できたことは、印刷のクオリティの高さゆえだろう。
もはや信頼感も高まり、本印刷が楽しみになった。
この頃、上出さんは焦燥に駆られていたよう(この辺りの心情は、「まだ見ぬ日常へ」に詳しい)だけれど、私は一人、希望に満ちていた。
ただ、頭を悩ませたのは、表紙周り。
箔押しがどう作用するのか想像が難しく、ただただうーんと唸る時間を過ごした。
こればかりは力になれずに申し訳なかった。
色校と夕立
いよいよ、印刷だ。
本機を回して、色校正をする。
刷りたての紙を見ながら、色の具合に上出さんが修正を入れていく。
それを受け、すぐその場で印刷機のインクを調整。
これは横で見ていて感動した。
待ち時間が長く、上出さんは少し疲れ顔だったが、同時に心からわくわくしているようにも感じられた。
私は早々に印刷所を後にしてしまったが、後は印刷と製本を待つのみ。
なんだかそわそわする。
帰路は、まさかの夕立。
大雨に降られながらも、なんだか清々しかった。
写真集完成
さぁ、いよいよだ。
手元に写真集が届いた。
まず、佇まいが良い。
手に馴染む触り心地も良い。
そして、ページをめくってみる。
率直に言おう。
編集者っていうものは、一人完成形を想像しながら作業を進めていく。
でも、関わる様々な人の手によって、時に想像を越えるものが上がってくることがある。
今回の『陽だまり』はこれだ。
言葉にしてしまうと薄っぺらいけれど、想像していたより数倍も素敵だった。
ああ、そういえばこの瞬間が好きで編集を続けてきたんだっけな、と今では遠い雑誌や書籍の編集時代を思い出したりもしたりして。
データでは何度となく目にしてきた作品群も、こうして製本されて写真集となって手元にやってくると、より重みと風格を感じた。
写真に質量のあるモノとしての存在感が宿る。
写真集というものの価値のひとつは、ここにあるのだろう。
ページをめくるごとに、写真から聞こえる音楽に耳を澄ましながら、渋谷の小部屋であれこれ言いながら写真を並べた日を思い出した。
マクロに絞っているとはいえ、ここには上出さんの「これまで」が詰まっている。
きっと彼のことだ。
「これから」も、軸足はブレずに、それでも挑戦を重ねていくんだろう。
今回、写真集の編集には関わらせてもらったが、写真展にどの作品が展示されているのかは知らない。
いち来場者として、写真展という空気を体感しに行こうと思う。
最後に
写真の受け取り方は、人それぞれで良いと思う。
今ここで綴っている文章だって、所詮言葉に縛られている。
写真は、言葉で表現できない感情や光景を表現したものであり、本当は言葉にすべきですらないのかもしれない。
けれど私は主に言葉を扱う編集者だから、勇気を出して言葉にしてみた次第だ。
書いておいて何だが、写真展で写真の前に立つとき、また、写真集をめくる時はこんな言葉に縛られずに、自由に各人の感性でこの世界観に浸って欲しい。
きっと、音楽が聞こえるはずだから。
■CHECK!■
【NEWS】上出俊作、写真展開催&写真集発売!
「陽だまり」と冠した写真集&写真展。「青」のない水中マクロ写真作品群、そこに広がる小さな生き物たちが主役のもう一つの世界をご堪能あれ。
【写真展】
2022年6月3〜23日、FUJIFILM SQUARE(東京ミッドタウン)にて上出俊作写真展「陽だまり レンズ越しに見つめた10mmの海」を開催!
また、10月7〜20日には富士フイルムフォトサロン(大阪)での巡回展も予定されています。
詳細は>>https://fujifilmsquare.jp/exhibition/220603_03.html
【写真集】
2022年6月1日に発売された、上出俊作初の写真集『陽だまり』。約100点を112ページの大ボリュームでお届け!購入は、下記のECサイトより。
詳細・購入予約は>>https://hidamaribook.base.shop/items/62155806
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