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【吉野雄輔インタビュー:前編】図鑑の価値と図鑑作りのこだわり〜写真が持つ力〜

吉野雄輔さんインタビュー。図鑑について
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生物観察はダイビングの大きな楽しみの一つです。
その際に欠かせないのが、図鑑。

そこで今回は、数々の図鑑を生み出してきた海洋写真家・吉野雄輔さんに改めて図鑑の価値と図鑑制作にかける思いを聞きました。

どんな工夫や苦労、こだわりがあるのでしょうか?
そこには、並々ならぬ熱意がありました。

吉野雄輔PROFILE

海洋写真家。1954年、東京生まれ。ダイナミックな水中景観から小さな生き物まで、世界中の海で40年以上撮影を続けている。写真集、図鑑、写真絵本などの著書多数。他に、雑誌、新聞、広告など、その活動の場は多岐に渡る。

図鑑の価値とは

図鑑って言ってもいろんなものがある。
ひとつに、正式なルールに乗っ取って学者さんが作ったものがあるよね。
魚類学で言うと、まさに知識の総結集と言える『日本産魚類検索 全種の同定』がそれにあたる。
「検索図鑑」って呼ばれているやつだね。

学者さんの研究っていうのは、先の研究を受け継ぎながら「これで間違いないでしょう」と突き詰めてきたものなんだ。
分類学の父と言われるカール・フォン・リンネからはじまって、今まで魚類を研究してきた全員の知の結晶だよ。

もちろん研究者だけじゃなく、ダイバーやダイビングガイド、漁師さんだったり、いろんな協力者の方もいるわけだよな。

それに日本だけでやっているわけじゃないよね。
世界中の学者さんやその協力者、そういう関係者の方々がやってきて積み重なってきたものが、世界の魚類学であり、「検索図鑑」だ。

過去の研究に間違いだってある。
でも、過去の研究を無視することなく正式に直していきながら、何百年も積み重ねてーー全部つながっているんだよ。
どんなに有名な学者さんでも、過去を引き継いでいるし、一人一人の努力が組み合わさって今がある。

だから、それ自体が歴史であり文化だと思うよ。

長い年月をかけて、一個一個の積み重ねでできていく。
図鑑の価値っていうのは、こういうところにあると思っているよ。

『どうしてそうなった!?海の生き物〜形〜』(文一総合出版)より

何か一個でも新しいことを

1200種以上の魚類を収録した『山渓のハンディ図鑑 改訂版 日本の海水魚』は、『日本産魚類検索 全種の同定』に基づいて、アマチュア向けに作った図鑑だよ。
神奈川県立生命の星・地球博物館 主任学芸員の瀬能先生が監修してくれていて、魚類学のルールに則って一言一句できている。

監修として瀬能先生が入ってくれているからこそ、価値があるんだ。
専門家が認めたものということだからね。
最高の価値だと思うよ。

山渓のハンディ図鑑 改訂版 日本の海水魚』(山と渓谷社)とは

ダイバー向け、海水魚図鑑。2008年に発行された初版を最新情報に基づき大幅に改訂した一冊。日本のダイビングスポットで観察できる海水魚を1248種収録。吉野雄輔さんが、長い年月をかけて撮影してきた約2600枚の写真が使われており、成魚のみならず、可能な限り幼魚や雌雄の違いが分かる写真も掲載されている。日本各地の海水魚を網羅した一般向け図鑑として、現在も発売されている唯一の図鑑。

新しい図鑑を作るときにはさ、何か一個でもいいから新しいことをいれるっていうことなんだよ、俺がやりたいなと思うのは。
これには二つ意味がある。

学者さんは、一個でもいいから新しいことを見つけようと日々努力している。
それをお手伝いして、図鑑という文化に貢献したいというのが一つ目。

海でダイバーやダイビングガイドが写真を撮るだろ?
その魚が何か分からなかったときに、学者さんに相談しても分からなかったら「採集して」って頼まれることだってある。
そうやって新しい種が見つかったりするわけだ。

そういう次元の新しさもあれば、アマチュア用の図鑑に出ていないものも入れたいっていう新しさもある。
これが二つ目だな。

学者さんの世界では知られていることでも、アマチュアの人は写真も見たことがないっていうものもある。
だから、アマチュアの人にも少しでも日本の今の魚類研究が伝わるように作りたいと思うんだ。

名前がつくまでに10年とか15年とかかかる魚もいるんだよな。
細かく調べる人がいないと、下手すりゃ20年たってもつかないんだよ。

だけど、名前がついたものもある。
それを学者さんに「この写真でいいですね?」「これでいいですよ」って確認しながら、アマチュアの人たちに一個でも新しい情報を届けたいわけだ。

常に科学は進歩していくわけだから、先の研究に間違いだってあるわけだよね。
例えば、日本の固有種とされていたサクラダイが韓国でも見つかっていたり。あと、ヘラヤガラが1種1属だと言われていたけれど、カリブ海で違うヤツが見つかったり。

こういう1文、このたった1文を図鑑に書くために、瀬能先生は世界中の論文にあたってくれているよ。
これは、世界中の新しい発表に気を配っている人間じゃないとできない。
“ひっかかり”がある方じゃないとね。

図鑑は、そういう努力をして作るものだと思っているよ。
学者でもないのに偉そうに語っちゃったけどさ、そういうものに価値を感じているんだ。

あと俺、水中写真家だからさ、もちろん色にもこだわってるよ。
本作りに関わる編集者やデザイナーは、キレイにしたがるんだよね。
魚にしろ、背景の海の色にしろ。
でも、鮮やかにすると、平面的になりがちなんだ。

魚の質感や住んでいる環境も表現したいだろ?
だから俺は、ありのままに見えることを大切にしている。

『どうしてそうなった!?海の生き物〜色〜』(文一総合出版)より

写真で科学に貢献したい

他に、長年取り組んでいる、幼魚図鑑っていうテーマもあって……、幼魚から成魚になるまでをステージごとに写真で追っていくんだ。

もう15年か20年くらい前になるけど、はじめようと思ったきっかけは、スズメダイだった。
伊豆でね、水深2〜3mくらいのところにいるスズメダイの幼魚がいて。
あの、ガンガゼについているような一番よく見るやつだ。

こいつら、茶色っぽいやつとグレーっぽいやつといたんだよ。
明らかに2種だなと思って、写真を撮るわけだ。
で、瀬能先生に「これって何の子なの?」って聞いたわけさ。
そうすると「分からない」んだって。

分からないっておまえさ、水深3mにいて、みんながたくさん見ているやつだぜ?
本当にごくありふれていて、毎年たくさんいるやつ。
この2種の見分けさえつかなかったの。
それで見分けたいと思って、成長過程を追っていった。

そうすると、明らかに色も行動も違うものが2個並んでいくわけ。
そして、いわゆる俺たちが普段撮っている親につながっていく。
それを瀬能先生が見て、「この分け方でいいんじゃないですかね?」って言ったんだ。

そうか、やる気になりゃできるんだねって思ったの。
だけど、他のもやろうってなってくると、とんでもない作業なんだ。

学者さんっていうのは、標本で魚を見分けるのが本来の仕事だから、写真から見分けるってことは、まだ学術的には認められていないわけだよ。
でも瀬能先生は、ひとつの写真からでもできるはずだ。で、最後に標本とってきて付け合わせればできるはずだ。というのが、彼の一つの研究のひとつの流れでもあるんだよ。
写真である程度見分けられるはずだっていうのをね。

でさ、俺もはまっちゃって、はじめたわけだ。

イトヒキベラの仲間を判別しようと思った時はさ、協力者のみんなと数万の写真を並べて瀬能先生と一緒にこれとこれが繋がるはずだってやっていったわけ。
そうすると、AとBの中間みたいなものがたくさんいるんだよ。
外見だけかもしれないけれど、中間のものは外して形をつなげていく。

やっているうちに分かったんだけれど、いかにハイブリッドが多いかってことに気づいたね。
ハイブリッドって少ないと思っているでしょ?
それがね、ものすごい量がハイブリッドなんだよ。

ところが、ハイブリッドが成長しても、元の普通なやつと交配する確率の方が多いわけよ。
だからハイブリッドと普通なのが100と50が交配すると75になり、100と75が交配すると87.5とかって。
それを戻り交配って言うんだけど、ずっと幼魚をやっていくとハイブリッド多いなって気づきもあったな。

あとよ、幼魚図鑑を始めた時にね、横須賀市自然・人文博物館専門委員の林先生に
「ニザダイの仲間の子供をDNAを調べてるけど、DNA自体は分かっても、どれがどのDNAか分からないから、結局ニザダイの仲間の子供なんかわからないんだよ。写真をつなげることによって分かるかな?」
って言われたんだ。

それで、ニザダイの仲間の子供を真剣にやりだした。
真剣にやってみたら、きれいに並べられたんだよ。
だって、全部特徴あるんだもん。

当時、瀬能先生がニザダイの仲間の子供を見分けているやり方っていうのがあったんだけど、瀬能先生の見分け方、全然意味ねーぜっていう話になっちゃってよ。
瀬能先生も「この見分け方でいいと思うよ」って言ってくれたんだ。

だから、写真も科学に貢献できるんだよ。
DNA調べても分からないって言われたし、見分け方も違っていたし、やってみれば新しくこれはこうだよねっていうのができてくる。
瀬能先生だけだけどさ、「これでいいと思う」って言ってくれるレベルになるんだよ。

瀬能先生のところには、日本中から写真が寄せられる。
それをどんどんデータベースに入れるから、だんだん繋がってきたりするわけだ。
それらを繋げていくと、こういう成長の仕方するんだろうなっていう想像がまずできる。
でもそれが本当に合っているかってなると、、遥か遠い長い道なんだよ。

一番分かりやすいのは、サザナミヤッコかな。

制作中の幼魚図鑑より、サザナミヤッコのページイメージ


このページを見てもらうと分かると思うけど、こうやって似てるやつとの区別をつけていくわけよ。
サザナミヤッコとタテジマキンチャクダイなんて、たいして似てるわけじゃないから簡単だけど、それでもこれだけ段階があるんだよ。

例えば、同じ仲間に13種類いたら13種類全部がちゃんときれいに繋がらないとさ、一種類でも分からないと確信持てないじゃん……っていうような、馬鹿な作業なんだよ、これは(笑)。

幼魚なんて、こんなに似てるのがいて、分かるわけないでしょ?ってまず思うのが普通だよな。
だけど、俺だけじゃなくていろんなダイバーに協力してもらって、写真集めてやってみると、もう明確な差を見つけられたりするわけ。

研究なんて無限にあるからさ、学者さんだってそんな細かいことまでやってられないわけじゃない?
でも真剣にやってみると、それが研究の助けにはなったりするんだ。
それが幼魚図鑑。

気の遠くなる作業だけどよ、もはやライフワークだな。

生き物が主役

もう一冊、長いこと売れてくれてる図鑑がある。
それが、『世界で一番美しい 海のいきもの図鑑』。

これは、普通の図鑑じゃないです。
海の生き物の生き様の図鑑なんだよ。
いろんな形のいろんな生物が生きているってことの図鑑。

これは、これまで話してきた『山渓のハンディ図鑑 改訂版 日本の海水魚』と幼魚図鑑っていう二つの分類図鑑とは全然違う世界だよ。

世界で一番美しい 海のいきもの図鑑』(創元社)とは

40年を超える撮影活動の中から、厳選された375点の写真を232ページの大ボリュームで紹介。ほぼ全ページが黒バックの写真で構成される、挑戦的な一冊。登場する生物は、魚やエビ・カニ、浮遊生物など、多岐に渡る。ありのままを写し撮ることで、それぞれの生物の美しさ、はかなさ、凄まじさなどの魅力を伝える。発売から7年を経ても売れ続ける、珠玉のビジュアル図鑑。

哺乳動物、節足動物、軟体動物……、分類ってたくさんあるじゃない?
その生物学上の分類をなるべく広く扱っている。
今、学術的に分けられている分類の中で、その中から代表的なものを入れていったんだ。
哺乳動物と節足動物は根本的に違うよね?
軟体動物も違うよね、根本的に。

分類が違うっていうことは、何が違うと思う?
生活史が違うわけだ。
簡単に言えば、生き方も生き様も全部違う。

その多様性を見せるための図鑑なんだよ。
な?普通の図鑑じゃないだろ?(笑)

あっとするような造形の生き物がいたり、複雑な色のやつがいれば、すごいシンプルな色のやつがいたり。
イルカとかサメみたいに流線型のやつもいれば、単なる丸いやつもいる。
それが、分類とどう関わってくるかまでは説明しないけど、いろんなやつがいる。
それを出すために何が一番いいかなって思った時に、5mmのクラゲから50tのクジラまで、分類上違うものを並べていくことによって、本当の多様性が感じられないかなって思って作った図鑑なの。

だけど図鑑では、それをあんまり言葉では説明していないよ。
文が多くなっちゃうからね。
それを形と色で伝えたかったの。

例えば、リーフィーシードラゴンの造形美。

『世界で一番美しい 海のいきもの図鑑』(創元社)より

ページをめくるたび、こんな生物が現に存在しているんだっていう感動とか、こんなシチュエーションがあるんだっていう驚きを感じてもらえると思う。

そのためには、写真家が前に出るよりも、「ありのまま」っていうことを大切にした。
つまり、写真が主役じゃなくて、生き物が主役なの。

作るときにはさ、編集もデザインも後ろに引いて、ありのままに見せるための役割に徹してくれっていう話もした。

ゴミが飛んでいる写真もあるわけ。
で、編集者やデザイナーは、ゴミを取ろうとするわけだな。
でも、このゴミがあることによって、写真に厚みが出る。

『世界で一番美しい 海のいきもの図鑑』(創元社)より

表紙で言えば、世界観を出すことにこだわったよ。
海の中に入って最初に見るのは海の光だろ。
人間が海に入った時の印象に近づけたいと思って、光と青を入れた。

さっきから言っているように、より自然に近くなるように、ありのままにっていうのを一番大事にしてる。
俺らが海で見たありのままの姿を見せることによって、「あ、海ってこんなすごいだね」ってなるだろうっていうことが狙い。
俺が「すげー!」と思ったことが、そのまま伝わるように本を作っていったんだ。

写真を撮る理由

なんで写真を撮っているかっていえばさ、写真が好きなんだよ。
かっこいい、褒めてもらいたい、からだな。(笑)

もっと深めて考えると、子どもの時に写真や映像を見て、俺がびっくりした時の感情を与えたい。
「こんな生物いるの!!!?」っていう驚きだな。

写真は、「こんな奴が本当にいるんだぜ!」って見せられるものだろ。
今はフォトショップでイージーに写真をいじれちゃうけどよ、“いじらない”っていう前提に価値がある。

SF映画なんかはさ、“作ってる”という前提の上で楽しむ。
写真は、読んで字の如く、真を写すものでもあるわけだ。
見てくれる人に対して、一番価値があるのは、本当だということにある。

誤解しないで欲しいんだけど、俺だってレタッチを前提に撮って現像するよ。
でも、現像っていうのは、目で見たときの印象に近づけるための作業だ。

現像:フィルムカメラの場合、主に撮影フィルムを画像として出現させる処理のこと。現像と同時にプリントされることが多い。一方、デジタルカメラの場合、RAWデータを一般的な画像フォーマット(JPEGやTIFFなど)に変換すること。レタッチ(画像の色調や明るさの補正、ゴミの除去など)を含む場合が多い。

ものの見え方は人それぞれに違うと思うし、他の生物にどう見えているかなんて分からないけれど、なるべく俺が見たままのものを届けたいと思ってる。

海の色だって、安易に青く澄んでいればいいってもんじゃない。
青く澄んでいる海は貧栄養を意味するし、グリーンの海は、栄養に富んでいる。

背景の海の色だって、大切な情報なんだ。

『どうしてそうなった!?海の生き物〜色〜』(文一総合出版)より

本作りの可能性

図鑑、写真集、子供向け、色々作ってきた。

生物系の本を作っている編集者って、理屈が先に来るんだ。
でもよ、理屈が好きな人がいったい何人いる?
俺は、読者が喜びそうな写真をまず置いて、それから理屈を書けばいいのにと思う。
本を作る時には、こんな手前の段階から話し合うことが多いね。

一方で、科学誌なんかだと、科学を求めることもある。
一枚の写真から科学もできるわけで、本当にやりよう次第で可能性はたくさんあるわけだ。

今は、写真集が敬遠される風潮もあるよな。
自分の写真がこうだ!っていうのさえあれば、作品の出し方はあると思う。
写真は、伝えるための道具だから。

挑戦は続く

俺だってそうだけど、写真を撮る人は多分、99%は失敗の連続で、いい写真は「たまたま撮れた〜」って感じかなと思う。

 プロだと、つい安全に確実に撮ろうとしちゃう部分があるけれど、失敗覚悟で自分のイメージに近いものを狙わなきゃって戒めてます。
失敗慣れしてないとやってられないよ。(笑)

 あとさ、俺ダイバーだから、「この生き物かっこいいじゃん!」っていう感覚も1番大事にしてるかな。
要は生き物ファンなのね。

最後に

生物の世界は謎だらけ。
今分かっていることにしても、人間が観察できた範囲であることは言うまでもありません。

雄輔さんは「俺が図鑑作るときは、全部学者さんとやりたいのね。学者さんのこだわりって、俺にとってものすごく大切なこと」と言います。

その図鑑に水中写真家として最善を尽くして立ち向かう姿には、胸が熱くなりました。

これからも、新刊楽しみにしています。
雄輔さん、ありがとうございました。

後編では、雄輔さんに生物多様性について聞きました。
お楽しみに。

山本 晴美

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Scuba Monsters編集長。 1984年生まれのイルカ・クジラ好き編集者。高校2年生でダイバーデビュー。ダイビング誌や主婦誌の編集部、雑誌&書籍を手...

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