セジロクマノミについて
日本国内でも観察することができるセジロクマノミは、まだまだ研究が進んでおらず、わからないことも多いクマノミの仲間のひとつ。
今回はこのセジロクマノミについて播磨先生に詳しく解説して頂きます。
世界に目を向けると、セジロクマノミと他のクマノミ類との交雑種と考えられる個体が多数報告されていますが、なぜセジロクマノミばかりで交雑種が生まれるのか。
その理由は謎に包まれています。
他のクマノミ類に比べてイソギンチャクへの依存性が高く、非常に臆病にも見えるセジロクマノミですが、じっくり観察すると交雑種が発生するまでの仮説だけでなく、その先にある驚くべき生態の可能性までもが垣間見えるのだそう。
播磨先生が長年の観察から考察する、非常に興味深い仮説についてもスペシャルコラムでたっぷりとお届けします。
セジロクマノミDATA
標準和名:セジロクマノミ
学名:Amphiprion sandaracinos Allen, 1972
分類学的位置:スズキ目スズキ亜目スズメダイ科クマノミ亜科クマノミ属
種同定法:D Ⅷ~Ⅹ,16~18; AⅡ,12 ; P116~18 ;LLp32~37;LR43~45;GR17~19
分布:水深3~20mの潮通しのよいサンゴ礁で、ハタゴイソギンチャクやシライトイソギンチャクと共生する。琉球列島;台湾南部,南沙群島,東インド~西太平洋(ソロモン諸島まで;東シナ海北西岸とオーストラリア北岸・北東岸を除く)
(本記事では、『日本産魚類検索』に従った)
本種の所属するクマノミ属は、日本国内には6種が知られている。
識別など詳しい事は、以下の記事を参照していただきたい。
世界に目を向けると、英名:スカンク・アネモネフィッシュ(Skunk anemonefish/学名:Amphiprion akallopisos)に、類似している。
分布も一部重なっていて、生殖分離の確認を含め野外研究も行われていない。(クマノミガイドブックより)
英名には、以下に挙げる様にとても多くの呼び名が存在する様である。
- Whitebacked anemonefish
- Yellow clownfish
- Orange anemonefish
- Orange skunk anemonefish
- Orange skunk clownfish
- Yellow skunk clownfish
- Eastern skunk anemonefish
- Golden anemonefish
ここまで、呼び名が多いと混同の原因になる。
標準和名の語源を調べたが、詳しく記載された資料を発見することはできなかった。
そのまま「背」・「白」・「クマノミの仲間」なのだろう。
沖縄の地方名はイヌビで、他のクマノミ類も含めてこの名称で呼ばれている為、古来沖縄では、クマノミ類を細かく分けておらず、水産的価値は低かったと想像できる。
『日本産魚類検索』では、ハタゴイソギンチャクやシライトイソギンチャクに共生すると記載されているが、『クマノミガイドブック』では、アラビアハタゴイソギンチャクとシライトイソギンチャクに共生するとなっている。
筆者の日本国内・マレーシア・インドネシアでの観察では、アラビアハタゴイソギンチャクに共生していることが圧倒的に多く、次いでハタゴイソギンチャクに共生していることを確認している。
シライトイソギンチャクに共生しているのは、観察したことがない。
稀な組み合わせなのかもしれない。
もしくは、水槽内共生のデータが紛れ込んでいるのかもしれない。
ダイバーのための絵合わせ
日本産クマノミ類6種の中では、背中側に一本のしろいろの線があるので、他とは容易に区別が付くだろう。
体色は、黄色からオレンジ色の間である。
スカンク・アネモネフィッシュとの区別は、かなり難しい。
セジロクマノミはスカンク・アネモネフィッシュと比較して白線が少し細いと言われている。
書籍ではセジロクマノミの体色はピンク色と言われることが多いが、筆者の観察では日本の沖縄近海から東南アジアにかけてはオレンジ色に近い個体が多い。
本来は歯の形の違いで識別するのだが、水中で目視で確認することは現実的ではないだろう。
宿主で比較すると、セジロクマノミはアラビアハタゴイソギンチャクか、ハタゴイソギンチャクに共生する例が多く、スカンク・アネモネフィッシュは、センジュイソギンチャクに共生する例が多いとされているが、確実な区別とは言い難い。
現在は、分布の重ならない場所ではそのどちらかの種と考え、重なるエリアでは、より一層の研究がなされる事を切に願う。
セジロクマノミの観察方法
筆者は国内では、西表島、久米島、沖縄本島・万座で見た事がある。
また、砂辺でも見られる事が、知られている。
他の日本産クマノミより、潮通しの良い場所を好むようである。
ただし筆者の観察のメインは、マレーシアボルネオ島とインドネシアである。
観察時期
筆者の観察では、国内ではアラビアハタゴイソギンチャクに共生する例が多い印象である。
マレーシアボルネオ島やインドネシアでの観察では、ハタゴイソギンチャクでも見られる印象である。
どちらも、場所さえつかめば一年中同じ場所で観察することができる。
イソギンチャクの中で最大サイズの個体が雌で、2番目のサイズの個体が雄である。
幼魚型は、雄雌の生活するイソギンチャクの中で、3匹目以降の個体として生活している。
成長抑制が起きているので、生まれたての幼魚というわけではない。
生まれたての、完全に幼魚と言える個体は観察した事がない。
生態行動
セジロクマノミの繁殖は、国営沖縄記念公園水族館(現在の沖縄美ら海水族館)が最初に成功している。
その後、いくつかの水族館で繁殖に成功しているが、一般レベル、養殖レベルでの繁殖に成功したという話は聞いたことがない。
セジロクマノミは日本産クマノミ類の中でも宿主のイソギンチャクへの依存が高く、安定した共生状態でないと繁殖が難しいのかもしれない。
それ以外は、ほとんど生態について調べられていない。
筆者は、『クマノミガイドブック』の編集中にこの事に気が付き、その後も自分のライフワークとして観察を続けている。
そのお話から想定している生態については、コラムにてご紹介する。
観察方法
国内では観察される場所が限られている。
奄美大島の南部から沖縄本島・八重山諸島まで分布が確認されているので、ダイビングガイドに存在の有無を確認してリクエストしてほしい。
観察の注意点
イソギンチャクへの依存性が強いので、一気に近づかず、よく行動を観察しよう。
イソギンチャクの縁からこちらを見ているのなら、危険を察知している最中と考えた方が良い。
それ以上刺激すると、イソギンチャク内を逃げ回ってしまう。
一度驚かせてしまうと、中々落ち着いて観察をさせてくれない。
観察ができるダイビングポイント
奄美大島の加計呂麻島周辺から南部、八重山諸島までの潮通しの良い場所のダイビングポイントから見つかっている。
それより北部でも、安定した成育環境となるアラビアハタゴイソギンチャク・ハタゴイソギンチャクが分布しているので、北限はもっと北側にある可能性がある。
『【WANTED】日本産クマノミの北限を知りたい〜クマノミの仲間の写真&情報求ム!〜』で、情報を募集させていただいている。
奄美大島の加計呂麻島周辺より北の地域で観察をした方は、是非情報をお寄せいただきたい。
生態を撮影するには
セジロクマノミは、一度驚くと中々撮影させてくれない。
最初の1枚目の撮影が肝心である。
まずは離れた所から撮影しよう。
なるべく大きく綺麗に写すなら、35m換算で100mm程度のマクロレンズが良いだろう。
コンパクトデジカメでは、T側にズームをして撮影するのが良いだろう。
また、イソギンチャク上で生活する個体群ごとに、警戒心の強い物と弱い物がある。
複数の個体群が見つかっているポイントでは、撮影しやすいグループを選ぶのも成功のコツである。
SPECIAL COLUMN
交雑種の発生過程と、そこから垣間見える「乗っ取り行動」
クマノミ類共通の性変換の仕組みは、『クマノミガイドブック』p104〜105に詳しく記載されている通りである。
簡単に説明すると、イソギンチャク内の最大個体が性変換したメスで、2番目に大きい個体が性的に成熟したオスであり、この2個体で繁殖行動をする。
3番目以降の個体は、ペアの個体からのグループ抑圧によって、雄型の生殖腺を持ちながらも未成熟なまま成長を止める。
つまり、3番目の個体は体が小さくても幼魚とは言えず、未成熟な個体ということである。
あまり触れられることは無いが、3番目の個体も同じイソギンチャクの上で共同生活をしているが、家族ではなく血縁関係はない。
イソギンチャクに到達できた順番に、クマノミの社会順位をもって生活しているだけである。
これを踏まえて彼らの生活を観察していると、いくつかの事に気が付く。
イソギンチャクの大きさにも左右されるが、イソギンチャクの上で生活している個体数は、数年の観察ではほとんど増えも減りもしない。
また、新しくグループに入る小さい個体(浮遊期を終わった幼魚)は、まったくと言っていいほど観察する事がない。
セジロクマノミの場合その様な幼魚は、シライトイソギンチャクに他のクマノミ類(画像で確認できるのは、ハナビラクマノミと一緒のケース)が生活する環境で稀に見つかっているが、長年、見たいと切望している筆者でも、見る事がかなっていない。
メス・オスのペアのどちらかが欠けてグループの再編が行われるのを観察する事も、長年観察していてもまったくなかった。
安定した生活が得られる分布エリアのイソギンチャク類に生活するセジロクマノミでは、その様な事例はほとんど起きないのではないかと筆者は想定している。
繁殖可能なイソギンチャク上で、生活する個体数の上下が無いと言う事は、毎年産卵されてハッチアウトしていく幼魚達のほとんどは、新しいイソギンチャクに到達しても仲間に入れてもらえる事はなく、全て死滅してしまう可能性が高いと考察している。
分布が安定した場所で生まれても、無効分散になる可能性が異常に高いのではないか、と言う事である。
イソギンチャクの上に同時に生活できる個体数を調べてみたいと考えたが、残念ながらセジロクマノミが安定して生活しているイソギンチャクの個体数が少なく、統計学的に有効な研究サンプル数を同一エリアから集める事が不可能であったので断念している。
あまり知られていない不思議な生態としては、セジロクマノミは生活環境(潮通しの良い場所)、棲むイソギンチャクへの依存性強弱などから、その地域に分布するクマノミ・グループのクマノミ類と同居する事が知られている。
この事例を観察する事は非常に稀で、筆者はインドネシア・ラジャアンパットエリアと、マレーシア・ボルネオ島センポルナ沖の2ヶ所で観察している。
【ひとつのイソギンチャクにクマノミとセジロクマノミが同居している(撮影地:ラジャアンパット)】
その筆者の観察と、それから考えられる想定を書きたいと思う。
共通点として、どちらも棲み家のイソギンチャクはその種として巨大であった。
よく観察すると、クマノミ・グループの方に大型のメスやオスが確認でき、セジロクマノミより先に棲み家にしていたのではないかと考えている。
クマノミ・グループの種は、よく成長したメス・オスは、流れに乗ってくるエサ取りに夢中になっていた。
3番目以降の個体は、セジロクマノミの最大個体より大きい個体だけで、それより小さい個体は観察していない。
どちらの観察例でもクマノミ・グループの種は産卵し、受精卵である事を確認しているが、同じ場所でセジロクマノミのは産卵は確認していない。
観察期間中、セジロクマノミの最大個体でメスの個体に見られる行動は見る事ができなかった。
ラジャアンパットエリアでは3年間、ボルネオ島センポルナ沖では4年間、どちらも数回同じ場所を訪れて確認しているが、段々にクマノミ・グループの種の個体数が減り、それとは逆にセジロクマノミの個体数が段々に増えていた。
この事から、セジロクマノミが、クマノミ・グループの種の幼魚がイソギンチャクへ着底するのを妨害をして、「乗っ取り行動」をしているのではないかと考えている。
これは、鳥類や昆虫で観察されている、棲み家を奪う生態行動ではないか。
もしそうなら、魚類では初観察ではないかと考えて観察を続けた。
ラジャアンパットのリゾート開発の調査は途中で中断されてしまったため、追加観察できなかった。
ボルネオ島センポルナ沖の観察海域は、コロナの影響で途中中断している。
今回の解説に間に合わない事を申し訳なく思う。
(経過報告ができるような観察をした時には、追記したいとおもう。)
セジロクマノミがクマノミ・グループの棲み家を奪うと想定すると、もう一つの疑問が生まれる。
ホワイトボンネット・アネモネフィッシュ(Amphiprion leucokranos)そして、ティレズ・アネモネフィッシュ(Amphiprion thiellei)との関係である。
この2種は、セジロクマノミと、オレンジフィン・アネモネフィッシュ(クマノミ・グループの種)との一代雑種(F1)と言われている。
どちらも現在は、有効な一種ではなく雑種である可能性が極めて高いとされている。
しかし、何故高確率で自然界で雑種がおきるのかは、まったく解明されていない。
また、不思議なことに、セジロクマノミとオレンジフィン・アネモネフィッシュ以外のクマノミ類との間での雑種は、自然界では一切報告されていないとされている。
ホワイトボンネット・アネモネフィッシュの方が情報が多く、パプアニューギニアとソロモン諸島の周辺からの情報が多い。
オレンジフィン・アネモネフィッシュとセジロクマノミの交雑種である証拠と言われている、同居写真が撮られているが、これらがペアになっている映像も、調査結果も正式な物はなく、推測の範囲を出ていないと筆者は考えている。
ティレズ・アネモネフィッシュの情報はさらに怪しく、模式標本の2個体が採集された場所が不明で、フィリピンのどこか、になっている。
セブ島周辺までの地域では確認されていない。
紛争地域のミンダナオ島周辺海域は、現在も学術調査された事がないが、現在もその周辺から新種と思われる生物が「飼育マニア」向けに出荷されている事を知ってから、筆者はティレズ・アネモネフィッシュはその辺りから採集されたものなのではないかと推測している。
紛争が終結して調査に入れるようになれば、新たな発見の宝庫ではと期待している。
ティレズ・アネモネフィッシュの雑種の組み合わせは、『クマノミガイドブック』などでセジロクマノミとオレンジフィン・アネモネフィッシュであると紹介されているが、筆者は賛成できない。
筆者がラジャアンパッド周辺海域で撮影した個体は、オレンジフィン・アネモネフィッシュの分布域になっているが、オレンジフィン・アネモネフィッシュの生息を確認できていない。
クマノミ・グループの種は、クマノミの現地バージョンが見つかり、同一イソギンチャクでセジロクマノミと生活している。
セレベス海でも同じタイプの組み合わせであり、それと繋がっている海域のミンダナオ島周辺も同じなのではないかと考えている。
生態撮影を得意とする大方洋二水中カメラマンの調査では、クマノミとセジロクマノミの組み合わせを奄美大島で見つけている事からも、これは裏付けられるだろうと考えている。
『ホワイトボンネットの真実』
※記事中最後の写真
以上からティレズ・アネモネフィッシュはセジロクマノミとオレンジフィン・アネモネフィッシュの交雑とは考えにくい。
クマノミの現地バージョンとセジロクマノミの交雑種と考える方がしっくりくると考えている。
【セジロクマノミと同じイソギンチャクで生活しているティレズ・アネモネフィッシュ(撮影地ラジャアンパット)】
ではなぜ交雑が、おきるのか?
ラジャアンパットでの観察も、セレベス海での観察も、クマノミ・グループの種はどちらも産卵して、クマノミ・グループの種がペアで卵を守っていた。
卵に眼点があるのを確認しているため、受精卵である。
クマノミ・グループの種は、3番目以降の個体やセジロクマノミの個体に対して激しい追い払い行動をしない。
つまり、クマノミ・グループの種が産卵・放精している時に、セジロクマノミの第一位個体が精通しており、クマノミ・グループの種の卵とセジロクマノミの精子が受精しているのではないかと疑っている。
筆者は、交雑はこの様にして起きると想定して観察していた。
ボルネオの観察地では、日本の旅行開発社の企画で、水族館・海洋生物研究施設ができる予定で、そこの学芸員のお話を頂いていたので、その時の研究材料と考えていた。
その夢は、現地近くでイスラムゲリラを名乗る現地先住民族同士の襲撃・惨殺事件が発生してしまったために計画が白紙撤回され、現在も中止されたままになっている。
精通したセジロクマノミは次に、性変換してメスに成長するのではないかと考えていた。
そうなると、先住生物のクマノミ・グループの種への追い出しを強めるのではないかと想定していた。
大方洋二水中カメラマンが奄美大島で撮影した『ホワイトボンネットの真実』で、セジロクマノミがクマノミを追い出そうとしているのは、その最後の「乗っ取り行動」の段階に入っているのではないかと考えている。
そう、セジロクマノミの完全勝利である。
残念ながら、ここまでの観察からは「こうではないか」と想定の範囲を出ないまま、筆者が直接観察できるスクーバ年齢は終わりが近づいている。
生態観察は筆者の人生にとても楽しい時間を提供してくれたが、結果を見られる瞬間まではとても長い時間が必要である。
全部が撮影出来たら、簡単に「ダーウィンが来た!」(NHK)に企画が送れる内容なのだが。
人生、そう簡単ではない。
いつか夢を引き継いでくれる若き才能の為に、ティレズ・アネモネフィッシュの生態写真情報を貼っておく。
どの様な結果なのか、いつか真実が明らかになる事を期待して、筆を置きたいと思う。
参考文献
- 『日本産魚類検索 全種の同定』(著者:中坊徹次、発行:東海大学出版会、発行年:2013年第3版)
- 『日本産魚名大辞典』(編集:日本魚類学会、発行:三省堂、発行年:1981年)
- 『クマノミガイドブック』(著者:ジャック・T・モイヤー、発行:TBSブリタニカ、発行年:2001年)
- 『改訂版 日本の海水魚』(著者:吉野 雄輔、発行:山と渓谷社、発行年:2018年)
- 神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」
- 『デジタルカメラによる 水中撮影テクニック』(著者:峯水亮、発行:誠文堂新光社、発行年:2013年)
- ホワイトボンネットの真実|大方洋二の魚って不思議!
- 幻のクマノミ ティレズ・アネモネフィッシュを発見! 新事実も確認(@g@)b 新ラジャ・アンパット紀行|ハリ魔王の気まま、ダイビング水中記Ⅱ
- 子ども研究者スペシャル 謎の乗っ取りバチを追え!|ダーウィンが来た!(NHK)(初回放送日:2024年3月24日)