コブダイが出現した場所
コブダイの出現時期(過去1年間)
コブダイについて
特徴的な前頭部のコブとその大きさでインパクト大なコブダイ。
雌から雄へと性転換することが知られる他、餌付けによって記憶力・学習能力が高い可能性も推測されています。
この記事では、ダイバーが観察するという視点で、コブダイの生態について解説します。
コブダイDATA
標準和名:コブダイ
学名:Semicossyphus reticulatus
分類学的位置:スズキ目ベラ科タキベラ亜科コブダイ属
種同定法 : D XⅡ,9~10 ; A Ⅲ,12 ; P117 ;LLp 42~52
分布:岩礁域.北海道~九州西岸の日本海・東シナ海,北海道~九州南岸の太平洋沿岸,瀬戸内海;朝鮮半島南岸・東岸南部,済洲島,鬱陵島,香港.
(本記事では、『日本産魚類検索』に従った)
コブダイの識別方法:
コブダイの属するコブダイ属は、世界的に見るとSemicossyphus darwini(Jenyns,1842):英名ガラパゴス・ヒプヘッドまたはゴールドスポット・ヒプスヘッドと、Semicossyphus pulcher(Ayres, 1854):英名カリフォルニア・シープヘッドと、本種Semicossyphus reticulatus(Valenciennes, 1839)の3種類が知られている。
日本沿岸近海では、本種のみである。
ダイバーのための絵合わせ
成魚の場合、赤茶色の体色と、前頭部の膨出(コブ)を見て、間違いなく判別できるだろう。
前頭部の膨出は、性差による差異がある。
標準的な幼魚は鮮やかなだいだいの体色に、体の中央にしろいろの一本のたてじま模様が見られる。幼魚期には、前頭部の膨出は見られない。
極小の幼魚には、体色に変化がある個体が見つかっている。
<参考>神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」:KPM-NR 60624 KPM-NR 62543 KPM-NR 91307
筆者は、この体色が極小時期の体色で成長過程で鮮やかなだいだい色に変化するのではと考え、成長過程を撮影しているが、すべてのステージを集められていない。
したがって、着底後しばらくたった幼魚が、この体色で成長すると標準的な体色になるのかは、確認できていない。
また、前頭部の膨出の見られるベラ科、ブタイ科の魚類で、混同されそうな物は、アオブダイ・カンムリブダイ・コブブダイなどが挙げられるが、アオブタイは、体色(あおいろ)と、食性の違いによる歯の形状で簡単に判別でき、カンムリブダイ・コブブダイは、分布の範囲が違うので、簡単に区別できる。これらの魚も前頭部の膨出が特徴だが、ブダイ科なので見た目で判断できるだろう。
分類学的に一番近いのはイラ属だが、サイズ・形態的に差異が大きいので見間違え無いだろう。
成長したコブダイは、サイズだけで他の魚とは見間違えることがないほど、ベラ科としては、大型種である。
コブダイの観察方法
コブダイは、南西諸島を除くほぼ日本中に分布しているが、成魚をダイビング中に見られる事は稀である。
本来は、とても警戒心が強いという特徴を持っている。
その為、現在ダイビング中に見られるものは、現在も餌付けされている系群・過去に餌付けされていた系群・ダイバーの潜水数が多く人に慣れた系群、に分けられると思われる。
幼魚は、内湾性の場所の藻場を好む習性があるようである。
伊豆では内浦湾沿岸で観察できることが最も多い。
同じような環境を探せば、日本中で見つかるだろう。
観察時期
成魚は、ダイビングで見られるポイントでは、ほぼ一年中見られる。
幼魚は、春先から初夏に観察することができる。
生息場所
成魚は岩礁域に広く見られる。
餌付けされている個体は、釣り餌に簡単に反応してしまうため、保護された環境下、つまり、砂場から離れた大きめの岩礁域、大きな石が積み重なった場所※などの釣り人のアクセスが難しい場所にダイビングポイント専用海域を設けて、捕獲されないよう配慮をしている事が多い。
コブダイは、日本で撮影された生態画像が世界的に有名な魚である。世界中から、その姿を見たいダイバーが訪れる様になってきている。
幼魚はビーチエントリーも容易な内湾性のポイントで、水深5~12mの海藻の生える場所に潜んでいる事が多い。
幼魚の体色で10cm以上になると観察するのは稀になり、成魚と同じ環境に移動する様である。
生態行動
コブダイは、性転換する事が知られている。
幼魚期は、雌で生まれるのか、未分化なのか、詳しく調べられていない様である。
その後、体長30cm程度で雌として成熟する。
このサイズのコブダイの事をカンダイ(冬鯛)と呼ぶことがある。
東京エリア・徳島県などでは、冬、脂がのり美味しい事から、地方名・流通名としてカンダイが使われている。
その後、グループの中で大きく強い個体だけが雄となり、老成した雄成魚は、餌場や産卵場所として、適した場所にハーレムを形成し、その頂点に君臨する。
二番目に大きい個体は、そのそばにテリトリーを持ち、頂点の個体にスキがあれば雌と産卵行動を行ったり、頂点の個体が老化して衰えると立場を逆転させたりといった行動が観察されている。
魚類としては、かなり生活行動が観察されている魚だ。
これは、佐渡の北小浦というダイビングポイントで、初めて餌付けに成功したダイビングガイド・本間了氏の功績が大きい。
新潟大学理学部付属臨海実験所の安房田智司助教によると、「コブダイの寿命は30年ほど」と言われているが、これはこのダイビングポイントでの長期観察による成果である。
この長期観察された老成した雄成魚の識別個体名「弁慶」、二番目に大きい個体「ゴルビー」は、すでに他界している。
現在、佐渡の北小浦ポイントでは、優位1位の雄個体を「弁慶」という愛称で呼ぶことにしているそうである。
房総半島の波左間海中公園でも、餌付けが行われて、観察ができる様になっている。
弁慶の主君の名前をとって、優位1位の雄個体を愛称「義経」と付けたが、すでに他界、餌付け開始当時の優位2位は雌個体だったが、それが現在(2021年7月現在)は性変換して雄として君臨し、愛称「頼子」と命名されている。
優位2位の個体雌であったことから、コブダイの生活環境としては佐渡の北小浦の方がより適した環境と考察する。
伊豆海洋公園で見られる個体は、佐渡の北小浦の生態取材を初期から参加された、東海大学海洋学部出身の先輩水中カメラマンを中心に、コブダイに人間の識別ができるのか、ということを調べるため、餌付けがおこなわれた。
若き日の筆者も、これに参加した。
人間の識別ができるのかを調査するため、ただ餌を与えるのではなく、その前にサインを出してから与えるという、いわゆる「パブロフの犬」の実験方法である。
コブダイはとても賢く、サインを理解していて、現在も伊豆海洋公園に潜ると筆者のそばに来て、餌をねだる時のしぐさをする。
筆者は現在、伊豆海洋公園には年に1回程度潜りに行く程度で、頻繁に潜りに行くわけではないのに、よく覚えているものである。
さらに、現在の個体は調査中の雄個体ではなく、代替わりした当時雌だった個体であるはずである。
それが当時の雄の行動を覚えていて、筆者を識別している事になる。
まだあくまでも仮説の段階でしか無いが、記憶力・学習能力がかなり高い動物の可能性があると推測する。
「代替わりした当時雌だった個体」と書いたのは、数年前、釣り禁止エリア内に入って釣りをした人間に、雄が釣られたいう情報があるからである。
不用意に餌付けをして警戒心を下げると、この様な問題もおこす事になるので、十分に考慮して行動していただきたい。
その為に、サインの方法は、ここでは伏せさせていただく。
現在の伊豆海洋公園の個体群は、雄が一個体で他は雌である。
その他に餌付けされて見やすいダイビングスポットは、房総半島の伊戸である。
ドチザメを中心とした保護の為の餌付けに伴い、コブダイもその場所に現れる様になった。
それ以外のダイビングスポットは、ダイバー慣れが始まっている個体と思われる。
観察方法
餌付けで人間慣れしている個体は、すぐそばまでコブダイの方から近づいてくる。ダイバー側が驚いて不自然な動きをしなければ、じっくりと観察させてくれる。
人間に興味を持っても、人間慣れしていない個体は、中々そばに寄ってくることは少ない。寄って来たら動きを止めて、コブダイをリラックスさせれば、しばらくは観察できる事が多い。
幼魚は、海藻の中を泳ぎ回る。
一定の距離までは近づいて観察できるが、幼魚が、危険と感じる距離に入ると一気に逃げてしまう。特に、海水を押す力や水中で動く影には良く反応するので気を付けてほしい。
観察の注意点
餌付けされた場所では、それぞれローカルルールが存在するので、それにしたがって模範となる行動をしてほしい。
また、それ以外の場所では、餌付けは基本的に行うべきではない。
観察ができるダイビングポイント
【成魚が観察されているポイント】
●餌付けされ見やすい場所
佐渡の北小浦
波左間海中公園
伊戸
●過去に餌付けされた事のある系群
伊豆海洋公園
●ダイバー慣れしている系群
八幡野
大瀬崎
柏島の勤崎
●それ以外で観察されている場所
熱海
江之浦
雲見
伊豆大島
串本
山形県鶴岡市堅苔沢,四島
山形県鶴岡市加茂,荒崎西
※日本中の岩礁域に生活しているので、他にも見られる場所はあるはずである。
【幼魚が見られるダイビングポイント】
熱海
宇佐美
富戸
伊豆海洋公園
八幡野
大瀬崎
井田
雲見
伊豆大島
八丈島
日高
石川県七尾市
山形県鶴岡市加茂,荒崎西
生態を撮影するには
成魚の場合、大きな個体を撮影するためには、水中画角90°以上になる広角が必要である。
その条件を満たせば、コンパクトデジタルカメラ+ハウジングに、ワイドコンバージョンレンズの組み合わせでも撮影可能である。
十分に近づいて撮影させてくれる個体なら、フィッシュアイレンズで成魚をデフォルメ※させて、周りの水中を入れて撮影するのも良い方法である。
縄張り争いや産卵行動などは、プロレベルの撮影機材とスキルがないと厳しいだろう。
幼魚は、被写体までの撮影距離がとれる物(ワークディスタンスという)35mm換算で80~105mm程度のマクロ撮影が出来るレンズを一般にはお勧めする。
幼魚を驚かさない距離からそっと撮影する。
ただし、被写界深度が同じ絞り値でも、ミリ数が増えると狭くなるので、十分に絞り込む事が重要である。
そうなると、内蔵ストロボでは光量が不足するので、外付けのストロボが必要となる。
また、S-TTL同調を使って撮影する場合、ストロボのプレ発光に反応して、本発光の際に幼魚が動いている被写体ブレの写真が撮れる事が多い。
その様な場合の対処として、シャッタースピードを1/180秒以上設定できるカメラを使うと良い。
そうなると、デジタル一眼レフか、ミラーレス一眼を使うと便利である。
参考文献
- 『日本の海水魚』(著者:大方洋二・小林安雅・矢野維幾・岡田孝夫・田口哲・吉野雄輔、編集:岡村収・尼岡邦夫、発行:山と渓谷社、発行年:1997年第3版)
- 『新版魚の分類の図鑑』(著者:上野 輝弥・坂本 一男、発行:東海大学出版会、発行年:2005年新版)
- 神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」
- 『デジタルカメラによる 水中撮影テクニック』(著者:峯水亮、発行:誠文堂新光社、発行年:2013年)
文・写真:播磨 伯穂