MAGAZINE

チョウチョウウオ

Chaetodon auripes
Jordan & Snyder, 1901

出現レベル:
ダイバーが言及する頻度。一般的な生物、もしくは人気の生物ほど低く、珍しい生物、もしくはあまり人気のない生物ほど高い値となります。

出現場所

出現時期

解説

関連記事

分類

チョウチョウウオが出現した場所

チョウチョウウオの出現時期(過去1年間)

チョウチョウウオについて

​​「チョウチョウウオ」は、検索数の多いキーワードだそうだ。
これは、チョウチョウウオに限らず、チョウチョウウオの仲間が調べられているということだろう。
チョウチョウウオの仲間には綺麗な種がたくさんあり、人気の生物というのも窺える。

しかしながら、チョウチョウウオそのものだとどうだろうか?
千葉県以南の磯遊びでも見つかる温帯種と思われる魚で、アクアリスト(海水魚飼育愛好家)にも、ダイバーにも、さほど人気があるとは言い難いだろう。
心無い採集飼育をする人たちからは「並品」、つまり「獲れてもさほどうれしくない」という扱いで、「ナミチョウ」と不名誉な名前で呼ばれてしまっている。

一方でその繁殖戦略は、面白い秘密にあふれていると言わざるを得ず、また、温帯域にも広く見られるのに温帯種とは言えないかもしれない可能性があるなど、非常に興味深い種である。
今回は、そんな秘密に触れ、今後は貴重な生物として見てほしいと思い執筆している。

チョウチョウウオDATA

標準和名:チョウチョウウオ

学名:Chaetodon auripes Jordan and Snyder, 1901

分類学的位置:スズキ目スズキ亜目チョウチョウウオ科チョウチョウウオ属

種同定法:D XⅡ, 22~27; A Ⅲ,17~22 ; P114~15 ;LLp 35~43 ;LR 37~45

分布:岩礁・サンゴ礁域。津軽海峡~九州西岸の対馬暖流、伊予灘、伊豆諸島、小笠原諸島、北硫黄島、硫黄島、宮城県、茨城県~九州南岸の太平洋沿岸、屋久島、琉球列島、南大東島、尖閣諸島;朝鮮半島南岸、済州島、台湾、広東省、海南島、東沙群島、西沙群島
(本記事では、『日本産魚類検索』に従った)

チョウチョウウオの識別方法:
本種の属するチョウチョウウオ属は、チョウチョウウオ科で最多の種類数を誇り、世界中に87種とも、88種とも言われている。
その中で日本に分布が確認されているのは、37種もしくは、38種と言われている。
成魚相であれば、体色の特徴を覚えていれば他のどの種とも、本種との見間違えを起こすことは考えにくい。
『日本産魚類検索』においては、一番の近縁種とされるアミチョウチョウウオ(Chaetodon rafflesii)、ツキチョウチョウウオ(Chaetodon wiebeli)、クラカケチョウチョウウオ(Chaetodon adiergastos)と、特徴の比較をしている。
これらは体の模様で簡単に判別できる。
アミチョウチョウウオは網目状の暗色模様で、本種チョウチョウウオは多数の暗色縦線(たてじま模様)がある。
一番体色が近いツキチョウチョウウオとクラカケチョウチョウウオは、多数の暗色〜褐色斜め線(ななめじま模様)である。

幼魚期と思われる体色の場合、本種に大変似通っているのは、 ツキチョウチョウウオの他に、チョウハン(Chaetodon lunula)、シラコダイ(Chaetodon nippon)などで、判別が難しい。
正式な識別法について記載した文献は現在存在していない。
今回は、筆者の意見として「ダイバーのための絵合わせ」に記載したいと考える。

英名は、Oriental butterflyfishと呼ばれているらしい。
また、流通量が少ない為に、東南アジアで通常採集されているチョウチョウウオの仲間より、レア物として高額で取引されているようである。

標準和名は、神奈川県江ノ島周辺での呼び名が語源とされている。
日本の魚類学の創始者とされる田中茂穂とスナイダー、ジョルダンとの共著『日本産魚類目録』(1913年発行)に掲載されている魚類であることから、それ以前より日本人に認識されていたことが想像できる。
しかし、江の島周辺ではチョウハンもチョウチョウウオと呼ばれていたらしいので、『日本魚類目録』以前の文献を読み解く際には、十分に注意が必要である。
同じように、沖縄の地方名アンラガーザーもチョウチョウウオ科の魚類全体を指す様で、種としての識別がされていない名称の様である。
本州太平洋沿岸から沖縄地方までの各地に地方名が確認できる事から、かなり古くから日本人には認識されていたポピュラーな品種であった事がうかがわれる。

ダイバーのための絵合わせ

チョウチョウウオ科の魚類は、体色・模様等にそれぞれ特徴があり、フィッシュウオッチングの練習用に最も適している仲間である。
その中で、温帯域での普通種の一つとして最も知られるチョウチョウウオは、成魚サイズ(本当は成魚でない、詳しくは、生態行動で)であれば、簡単に識別できるだろう。
また、最も本種と似ているチョウハン、ツキチョウチョウウオなどとの識別は楽しいものであると伝えたい。

しかし、着底している幼魚と言われている個体(本種では成長過程にあると言った方が生態的に良いかもしれない)は、本種・チョウハン・ツキチョウチョウウオ、そして、シラコダイの幼魚でとても類似している。
九州以北の場合、チョウハン・ツキチョウチョウウオの幼魚期は無効分散として見られ、夏季から初冬までシーズンに気を付けて観察していれば識別できる。
まず、体色の茶色に違和感があったら、よく観察すればよい。

チョウハン・ツキチョウチョウウオの幼魚期は、チョウチョウウオより明るく黄色がかった黄土色である。
この特徴を見つけたら、目を通るくろいろ横縞の周りの模様をよく観察すると識別できるだろう。

一番困るのが、シラコダイの幼魚である。
この種の幼魚には、カラーバリエーションが存在している。

シラコダイの幼魚
シラコダイの幼魚
シラコダイの幼魚(拡大)

これは、『日本の海水魚』(山渓カラー図鑑)p389(初版)の八丈島産によって最初に報告されている。
これにより、チョウチョウウオの幼魚に大変類似したものが存在する事が知られた。
筆者は近年まで、このタイプを観察した事がなかった。

水中の生活環境に違いは見いだせず、本体色、幼魚期に見られる背鰭のくろいろワンポイント模様も共通である。

違いとして、チョウチョウウオの幼魚は眼球の真上を通るくろいろの弓状に湾曲したヨコシマ模様が明確に見られる点が挙げられる。
このタイプのシラコダイの幼魚は、これが不明瞭である。

しかし水中では、余程見慣れていないないと見分けることはかなり難しい。
筆者も初めて見た時は、区別がつかなかった。
翌日同じ場所で確認して、初めて違いを確認した。
チョウチョウウオの幼魚に違和感を感じ、調べて初めてシラコダイの幼魚の方だと気が付くレベルである。

伊豆半島で見つかるシラコダイの幼魚のほとんどが、通常のシラコダイの幼魚のタイプなので、稀なタイプかもしれない。
今後の観察情報が必要だろう。
今回のシラコダイの幼魚は伊豆大島で、黒潮の影響が最も強い地域で観察している。

チョウチョウウオ科の魚類は、浮遊期の仔魚期の最後期にトリクティス幼生という頭がカブトを被った様に大きくなる時期が知られている。
残念ながら、このトリクティス幼生の時期の種別の研究は進んでいない。

今回は、貴重な浮遊期のトリクティス幼生の画像を堀口カメラマンからお借りした。
複数の種類だと思われるトリクティス幼生の生態画像を公開できるのは、本稿が世界初と思われる。

筆者は、浮遊期のトリクティス幼生は見た事がないが、着底したてでトリクティス幼生の特徴が消えていない時期のチョウチョウウオの幼魚には、数回出逢っている。
その映像は小型すぎて一部ピントがあっていないが、今回、初公開情報として紹介する。

着底したてのトリクティス幼生期の特徴が残る幼魚
着底したてのトリクティス幼生期の特徴が残る幼魚
👆解説:チョウチョウウオの着底間もないと思われるトリクティス幼生の画像。尾鰭基部にくろいろヨコシマ模様があり、その外側に、しろいろフチドリ模様が見られる。
このフチドリ模様は、成長と共に見られなくなる可能性が考えられる。
新情報:尻鰭にもワンポイント
👆解説:うら側の画像から、チョウチョウウオ幼魚期に見られる背鰭のくろいろワンポイント模様の他に、尻鰭にも、同じくくろいろワンポイントと模様が見られる。
通常の幼魚期には、この模様は見られない。
これらの特徴の浮遊期のトリクティス幼生が見つかったという情報は現在ない。
共通の模様がある物なのか、無い物なのかはこれからの研究の課題であろう。

チョウチョウウオの観察方法

筆者とっては、幼少期の磯遊びから親しんできた付き合いの長い魚類である。
今回はダイビング目線だけでなく、関東沿岸までの磯遊びの生物としても書いていきたいと思う。

観察時期

2023年2月現在は長らく続く黒潮大蛇行の影響か、房総半島まで一年中成魚サイズ(未成熟)が観察されている。
以前は、冬に水温が低下すると、個体数が急速に減少し、冬は見られない年が続いていた。

また、成魚サイズ(未成熟)は単体、またはペアで行動するのをよく観察していた。
しかし、現在は小さな群れを作っているのを観察する事がある。

チョウチョウウオのペア
チョウチョウウオのペア

幼魚は、夏季から晩秋まで、水深の浅い場所から確認される。

タイドプールなどのできる磯場では、タイドプール内からその周りの磯場でスノーケリングをするとよく見つかる。
また、防波堤から水中をのぞくと、簡単に見る事が可能である。

ダイビングでは、5mより浅い水深に見つかる事が多い。

生息場所

成魚サイズは、沿岸に隣接した磯場・ゴロタ場・サンゴ礁の岩場などに広くよく見られる。

着底したての幼魚から、幼魚紋であると言われている背鰭のくろいろワンポイント模様が見られる個体は、岩の割れ目や隙間など、すぐに隠れられる場所のそばで活動していて、危険を察知するとその隙間に隠れる。

トリクティス期から成長した幼魚(撮影:堀口和重)
トリクティス期から成長した幼魚(撮影:堀口和重)
性分化の準備が終わっていつでもペアを組める時期に入っていると思われる幼魚(撮影:堀口和重)
性分化の準備が終わっていつでもペアを組める時期に入っていると思われる幼魚(撮影:堀口和重)
性分化が終了した時期に入っていると思われるペア。小型の個体の背鰭ワンポイントが消えかけている
性分化が終了した時期に入っていると思われるペア。小型の個体の背鰭ワンポイントが消えかけている

成長と共にこの行動が薄まり、行動範囲が広くなる。

この隠れる時期のチョウチョウウオでも、水槽に複数個体を入れて観察すると、激しく他の個体を追いまわして傷つけあってしまうので、磯採集での観察には十分に気を付けてほしい。
チョウチョウウオ類全般に言える事だが、飼育には水槽の大きさと個体数について十分に配慮が必要である。

生態行動

チョウチョウウオの研究は断片的で、研究途中で中断したままであると記憶している。

チョウチョウウオの繁殖行動から仔魚期の情報はまったくない。
繁殖に成功した研究機関は現在も無いと記憶している。

東海大学海洋科学博物館内の研究によると、伊豆産、串本産、九州産(場所不明)は、水中でペアを組み成魚サイズまで成長した個体の生殖腺を摘出して調べた結果、全て未成熟で、性成熟していない事が解っている。

未成熟な生殖腺を持っている、成魚の一番見られるタイプ型
未成熟な生殖腺を持っている、成魚の一番見られるタイプ型

この調査では、沖縄西表島産(当時東海大学の研究所があった)は、同サイズで性成熟していて、繁殖力がある事が確認されている。

学生時代、部活の遠征隊で同地に行ったことがあるが、この地域のチョウチョウウオの個体数は明らかに伊豆半島よりも少なく、普通種とは呼べないほど少ない事に違和感を覚えた。
この事は東海大学海洋科学博物館内では有名で、また、謎を解くための手法の良い例として指導材料にされていた。
ここでの手法とは、いろいろな可能性を秘めていることを想定して解明していくことであるが、実際に指導を受けた内容についてはコラムで触れたい。

ちなみに、伊豆で採集されたペア個体は、水温条件を変えて産卵行動を確認しようとしたが、成功しない状況であった。

その調査の過程で、幼魚期と言われる個体の生殖腺は、性分化していない事がわかった。
成長過程のどの時期に性分化がおきるのかの疑問に、筆者の一級下の学年が、卒業論文のテーマにして一年間研究したが、この時には水温が上がらない海流サイクルに静岡県全体の海域が入っていたので、研究サンプルが十分に揃わなかった。

筆者も協力して休日に採集に同行したが、この年の幼魚は極端に少ない状況であった。

ちなみにチョウチョウウオの性分化は、当時「幼期雌雄同体現象」と表現されていた。
その後、論文にまとめられたが、それ以外の情報は、謎のままである。

そして現在もチョウチョウウオの自然界での繁殖行動は、謎のままである。

分布域の北限である房総半島の太平洋岸では、幼魚から成魚サイズまで見られるのに全て未成熟なままで一生を終えている。
それは伊豆半島でも、伊豆諸島でも、紀伊半島でも、そして九州地方でも同じと考えられる。
それらが全て無効分散なら、どこからこれだけの量のチョウチョウウオが供給されるのか。
その疑問は現在も謎である。

成熟が確認されている沖縄西表島産では、黒潮の流れのスピードを考えると、はたして西表島から伊豆半島・房総半島まで流れ着くことができるのかは疑問である。
さらに、平均水温が上がらないサイクルの海流の期間中でも、個体群に大きな変化が見られるようには感じない。

西表島より北側のどこかにその場所(集団産卵地)があるのではと想定して、筆者は南西諸島を潜るたびに、どこかにそれに見合う系群がいるのではと探している。
しかし、現在までそれが可能なほどのチョウチョウウオの群生地を見た事はない。

いっぺんに大量にチョウチョウウオが見つかる例は、今から40年ほど前、南伊豆・妻良のアオリイカ捕獲用のかご網漁の仕掛けに、1000匹を超える量が捕獲されたのを確認した事がある。
8月の中旬だと記憶している。
当時、先の卒研生に頼まれ連絡したが、その翌年からは、網にかかっていないとの連絡がこの現象を教えてくれた漁師からあった。

食味

筆者は食べた事がない。

大学時代に、江戸前天ぷら屋の息子で、東京都公立の水産高校(現・東京都立大島海洋国際高等学校)出身の学友が「とても美味しい魚で、昔は天ぷらで食べられていた」と教えてくれた。
彼は大島水産高の時、よく捕まえて、三枚おろしにした身に片栗粉をまぶしてから揚げにして食べていたそうである。

江ノ島周辺での呼び名が語源なことからも、以前はよく食べられていた魚類と推測される。
インターネット上でも、「チョウチョウウオ 食べかた」と検索すると複数情報が見られる。
現在も江戸前天ぷらの「ネタ」として、高級品として流通していれば、生態研究ももっと進んだだろう。

観察方法

チョウチョウウオの観察される水深は、太平洋岸の沿岸域なら水面下から水深30mほどまでが多い。
しかし、ほとんどの場合が、18mより浅い場所の方が多い。それこそ、運が良ければ、体験ダイビングやオープンウォーターの海洋実習中から観察できる。

観察の注意点

チョウチョウウオ
チョウチョウウオ

ダイビング未経験者から観察できるが、体験ダイビング中・海洋実習中は、あまり観察に真剣にならないように気を付けよう。
教わらなければならないスキルや、安全管理を担当のインストラクターに丸投げで面倒を見てもらっている事を忘れずにいてほしい。

オープンウォーターライセンスを取得したら、潜る前にガイドに、じっくり観察したいと伝えよう。
生息水域では、あまりに普通種のため紹介無しにスルーされる事がほとんどである。
筆者も、余程生態的に珍しい時以外は、紹介せずにスルーしてしまう。

太平洋岸ではそれほどの普通種である。

観察ができるダイビングポイント

九州全域と、房総半島までの太平洋岸でダイビングポイントであればほとんどの場所で普通に見られるだろう。

成長中の未成熟個体は、スクーバダイビングより、スノーケリングや、磯のタイドプールなどの方が見つけやすい。
夏から初冬までがチャンスである。

聞いた話ではあるが、北海道函館でのダイビングでも、幼魚が夏季に無効分散で観察される事があるそうである。
その為、日本海側のダイビングポイントで見られても不思議ではないレベルである。

しかし、南西諸島周辺海域の個体数は、決して多くない。
稀に、目に留まる程度である。

むしろこの海域では、それ以外の生物に興味がいって、いても気が付かれない存在なのかもしれない。
もし群生地があれば是非、知りたいものである。

生態を撮影するには

チョウチョウウオの撮影は、TGシリーズ等のコンパクトデジタルカメラでも、十分に可能である。

気を付けていただきたい点は、とても泳ぎが速いので手ブレ・被写体ブレをおこしやすい点である。
餌をとっている時等は、ゆっくりしているので、上記のコンパクトデシタルカメラでも十分に寄って、内蔵ストロボでも撮影可能である。

泳ぎ始めてしまうと、AF機能が追いつかないほどの時もしばしばの被写体となる。
そんな場面で撮影を成功させるのには、動体撮影機能に優れたAF機能をもったカメラになる。

そうなると、最新型のミラーレスか、デジタル一眼レフしか不可能になってしまう。
また、これらのカメラには手ブレをおさえる機能も搭載されている事が多い。

被写体ブレをおこさないためには、1/250秒位の速いシャッタースピードが求められる。
これらの装備がないカメラでは、泳いでいるチョウチョウウオをブレることなく撮影する事は難しい。

SPECIAL COLUMN

チョウチョウウオの産卵地・産卵行動の謎と、これから受験をひかえる若者たちへ

先に生態行動で、「チョウチョウウオの自然界での繁殖行動は、謎のまま」と書かせていただいた。

この問題を解決するのに必要な考え方を教えてくれたのは、東海大学海洋科学博物館で指導してくださった先生・技官の皆様のおかげと現在も感謝している。
そのおかけで、この年まで熱意を持って、この謎を追い続ける事が出来た。

東海大学教授で、東海大学海洋科学博物館館長で退館された鈴木克美先生から受けた、恩は一生忘れる事はできない。
在学中劣等生で有名な筆者を研究室に誘ってくれた上に、卒業後に研究室に残してくださった。

先に書くが、自分は生まれた時から軽度の学習障害があり、また、脳の仕組みに問題があった。
されたが側からすると差別と感じるようなことをする人は現在でもまだまだいるが、自分くらいの状況なら、障害とは言わず個性の範囲に入るのが一般的になりつつある。

そんな自分にも分け隔てなく教えてくれる方達に自分は教わり、刺激を受けた。
特に卒研が終わり研究生になってからは、のちに葛西臨海水族園の園長で退園することになる水族館学の祖、西 源二郎先生に、データに基づいて想像して想定して調べる力、簡単に書くと、広い目線から段々に小さい事を気にして行く研究方式についてをご指導いただいた。
田中洋一先生には、他の人の論文を読んで自分の違和感との相違点をあぶりだして、突き詰めて研究する力をご指導いただいた。
地道に条件を変えても何が最も適しているかを探り出す地道な方法は、故・日置勝三研究員、聞く力・聞き出す力は、間違いなく部活のOBである故・前原先輩、船尾先輩(大瀬崎の漁礁、通称サンゴ幼稚園漁礁生みの親)、そして、研究生としての先輩で現在は新江の島水族館の副館長の大山先輩だろう。

今思っても、よくぞこんな馬鹿野郎の筆者に色々指導してくれたものだと思う。
ありがたい話である。

たった一人の人間をのぞいては。

これらの方のご指導があったからこそ、現在の自分があると思う。

ただ、生態を研究する事は、人には勧めない。
一つの事で結果を出すのにものすごく時間がかかるからである。
複数を同時進行していても、一つも結果まで行きつかないことさえ普通だ。
その結果まで行きつかないことの一つが、未だに解らない「チョウチョウウオの産卵地・産卵行動の謎」である。
今年60歳を迎える自分には、もう解明のチャンスがないだろうと考えて書き残すつもりで書いていく。

チョウチョウウオの産卵地を考える場合

当時からチョウチョウウオの産卵する卵は、分離浮遊卵であろうと考えられている。
これは、産卵放精が確認されているシラコダイ・ユウゼン・ゲンロクダイの成熟した生殖腺からの情報と、チョウチョウウオのそれが一致しているからである。
この事と、当時の海流のスピードのデータ、平均水温分布図、発眼から仔魚から幼魚へ成長に必要な一般的な時間、成熟が確認されている沖縄西表島産が伊豆半島・伊豆諸島・房総半島まで到達する時間から考えると、到着するまでに浮遊期は終了するだろうと想定される。

また、出現個体数から考えると、こんなにたくさんの無効分散を作る事は、一回の産卵する成熟卵の数から考えても、計算するまでもなく生存率が合わなすぎる。
そうなると、どこかでそれを可能にする産卵地がある事になると考察できる。
当時、先輩方の意見として、南西諸島のどこかにたくさんのチョウチョウウオが見られる場所があり、そこらじゅうでペア産卵しているのではないかと話しているのを聞いたことを覚えている。

当時の研究では、チョウチョウウオは個体識別を個体同士が行わないかぎり、性別が決定しない事が解っていた。
水族館の十分に面積のある水槽での飼育観察では、性別が決定したペア個体は、ペアである事を解消することなく二匹で行動する事が確認できていて、水中で観察するチョウチョウウオは、ペアを組んでいる個体が私たちの観察フィールドでは普通の状況であったことと合致する。
しかし、どの海域からもこの様な報告以上は当時も無く、その後の筆者の各地のダイビングでも観察できていない。

近年の魚類の生態研究で、イシダイ・イシガキダイ・ウナギなどは、大型化した個体は繁殖地を求めて南のどこかの海を目指す事が知られてきた。
チョウチョウウオも、ペアで生殖回遊をおこなう種で、南下回遊の可能性を想定する事ができる。
しかし、それにしては普段観察できる大型のチョウチョウウオの平均サイズから、南下する体力はあるのだろうかという疑問にぶち当たる。
どう考えても、黒潮の流れを泳ぎ切って、南下回遊をするのに必要十分な体力を有している様には見えない。
また、黒潮に乗ってクロマグロの様にカルフォニアまで回遊して太平洋を一周することなど絶対にあり得ない。

そんな中、海外の取材でチョウチョウ科の近縁種、ツノダシの産卵行動と思われる画像がNHKで特集された。
外洋に泳ぎ出て、産卵・放精をするという。
外洋ならば、周りに放たれたばかりの分離浮遊卵を狙って集まる天敵の生物は少ない。
広域に分離浮遊卵が散る事によって、通常の産卵・放精より、広範囲に子孫を分布させる事が可能になる。
この方法ならあり得るが、当時の研究では、分布の中心地で生殖腺の成長は確認されていなかった。
ペア産卵であれば、繁殖の際に短時間で生殖腺が成長することが他で知られており、多くの個体の生殖腺が成長していないということは、ペア産卵の可能性の方が高い状況であった。

外洋での産卵も可能なほどに群れているという報告は、先に書いた筆者が南伊豆・妻良で19歳の頃に確認した一例のみで、それ以外の報告は無く、学生からの情報でもあったため信頼性の薄い情報であった。

ところが近年の黒潮大蛇行化の海で、偶然チョウチョウウオの群生が確認されている。
場所は串本である。

撮影者でイノンの代表である井上氏に話を聞いた所、「チョウチョウウオがいっぱいいるのを見た事がなく、面白いので撮影した」そうである。
この映像を見るかぎり、普段のチョウチョウウオが好む環境より潮通しが良く見受けられる。

まさに、筆者が19歳当時に見た環境と類似している。
この事がきっかけとなり、当時のことが鮮やかに思い出された。
漁師さんから受け取ったチョウチョウウオはどれも、腹がパンパンになっていたではないかーー。
残念だが、その年齢の時の筆者には、解剖して生殖腺の状態を確認する手法を学習する前で、その事すら思いつかないレベルであった。
大変、悔いが残る。

この話をスクーバモンスターズの細谷氏に話したら、去年の夏に急に連絡があった。
「大瀬の湾内、中央付近のゴロタ石の境目、上付近で成魚模様のチョウチョウウオが群れてます。画像が撮れましたが自分カメラが下手なので綺麗に撮れていません」
早速、見せてもらった。

写真には20匹が写っているが、実際には画角に入りきらないほど多くのチョウチョウウオが群れていたそうだ(2023年9月25日午前8時頃撮影)

その情報の後、大瀬崎のウォッチャー君や筆者の確認では見られ続けている。
さぁ、これからどうなるのか。
もし、この群れる生態が繁殖行動に繋がるものなら、想定が大きく変わる。

あくまでも自分の考えだが、幼魚期にペアになったチョウチョウウオは、個体識別により性の決定がうながされ、雄雌に分化する。
そのまま成長を続けるが、黒潮の蛇行がない通常の伊豆半島の平均水温では、性成熟する事ができずに体格だけを成長させて栄養を蓄えていく。
黒潮などの蛇行により平均海水温が上昇すると、串本や南伊豆妻良の例の様に群れを作り産卵行動に入るのではないか。
その行動は、現在産卵行動が解明されているシラコダイや、ユウゼンに近い形式なのではと考察できる。
こう考えると、ワクワクが止まらなくなる。
是非、確認したい。

そして、本来であれば串本や南伊豆で行われる行動であるが、水温が温かくなったために、伊豆半島の最奥部に該当する大瀬崎でも観察されているのではないか。
これは、ここでも繁殖行動をするのか、大集結の為に伊豆半島を南下するのか、興味が尽きない。
これからも体の許す限り観察を続けていく。

この様な考え方を持つ事ができたのは、東海大学で知り合えた諸先輩方がいたからこそと考える。
では、どうして、東海大学海洋学部を選んだのか。
これは、教育畑を生きてきた父親のアドバイスである。
そのアドバイスは、「大学進学は学校名で選ぶのではなく、将来やりたい仕事の為に、教わりたい人がどこにいるのかを調べて選びなさい」というものだった。
このアドバイスで志望校は、東京水産大(現在の東京海洋大)から東海大学海洋学部水産学科に変わり、志望「校」ではなく「是非、鈴木克美先生に教わりたい」に変わった。

そして入学後、自分は運よく鈴木克美先生のグループで教わる事ができた。
しかし学友には、入学したら教わりたい先生が他界されていた。
そのために、対象の研究室も解散していた、といった人間がいる。

つい先日、テレビ番組を見ていたら、高校生水族館館長の彼が、元アナウンサーに同じアドバイスを受けて志望校を決めたという。
しかし、「ちょっと待った」と自身の経験を付け加えたい。

よく考えると自分も、鈴木克美先生が当時忙しい副館長という立場の為、直接の指導はほんの少しで、担当技官がほとんどの指導をした。
この人が曲者で大変苦労した。
先に書いたように筆者の特性について心をえぐるほどいじられた。
研究以外に、のちの社会生活にまったく役に立たない課題を押し付けられた。
今も、トラウマとして心に傷として残っている。

叶えたい夢がハッキリとある若者には、もっと広い目で教育機関を探って進学をする事を進める。
教わりたい先生は、教壇や研究室で常に指導してくれるのだろうか、また、年間何人の卒研生がその先生の研究室に入れるのか。
これらは、学園説明会では解らない点である。
必ず学校訪問をし、希望の先生のお話を聞いて、実際にその先生自身が研究や指導をしているのかを観察してほしい。
これは、自分が教壇に立っていた時にとても感じた事である。

自分の母校の学園説明会で、水族館に就職したいと質問した子がいたらしい。
残念ながら、マンモス校の説明会担当者なので、たくさんの学生の中から数人しか叶えられない希望を叶える方法なんて知るわけがない。
その為に、もう少し親切で限られた情報を持っている専門学校に進学を決める子がいる。
もちろん、その中にはベストマッチしている子もいるし、そうでない子もいる。
また、専門学校の学園説明会担当者の嘘に近い湾曲した事実を信じて入学してしまう子もいる。
水族館の中には、大卒以上の卒業資格(専門大学ではない)を持っていないと、書類選考を通る事もできない場所があるからである。
また、学芸員の資格が無いと受験すらままならない場所も存在する。
専門学校では、この要件を満たす教育を行っている所は存在しない。
もし、それでも水族館を目指すなら、卒業後、学芸員の資格を得るためのカリキュラムがある大学に進学する必要が生まれる。
最初に知っていたらその様な大学に進学して、自分で夏休みなどに希望の水族館でインターンをすればよいと考えると、胸が詰まる思いだ。

どの様に、夢を叶えるかをよく考えて、全力で走れる人生をつかんでほしい。
それでも、つかめない事が多いのも人生、生きると言う事なのかもしれない。
今年、還暦を迎えて、為しえなかった夢を持つものとして書き残したく、コラムにした。全ての好きな事を、夢を成し遂げたい少年少女へ。
好きな事を一生懸命したいなら、自然と、嫌いな学習も好きな事の為に頑張れるものである。
私の為しえなかった夢、チョウチョウウオの不思議な繁殖生態の解明を、いつか誰かに解明して欲しくてしかたがない。
その気持ちを伝えて筆を置く。

参考文献

チョウチョウウオの関連記事