キアンコウが出現した場所
キアンコウの出現時期(過去1年間)
キアンコウについて
迫力ある姿で、ダイバーを魅了するキアンコウ。
しかし、このダイバー人気とは裏腹に、その生態には未だ謎が多い魚です。
キアンコウとアンコウとの見分け、キアンコウが生息する時期・場所とその行動、食味、そして、観察の注意点や撮影方法まで、キアンコウについて解説します。
今回、水中カメラマンの堀口和重氏より、卵塊から仔魚期、浮遊期の幼魚期、成魚と同等に変体した浮遊期の幼魚までの写真をお借りすることができました。
着底までの情報が明らかにされた、非常に貴重な写真群です。
ぜひ、ご注目ください!
キアンコウDATA
標準和名:キアンコウ
学名: Lophius litulon (Jordan, 1902)
分類学的位置:アンコウ目アンコウ亜目アンコウ科キアンコウ属
種同定法 : D Ⅱ‐Ⅰ‐Ⅲ‐9~10 ; A8~9 ; P122~25 ;Vert 26~27
分布:水深25~560m. 北海道~九州南岸の日本海・東シナ海沿岸,北海道~九州南岸の太平洋沿岸,瀬戸内海,有明海;渤海(ぼっかい),黄海,東シナ海北部,朝鮮半島全沿岸,済洲島,広東省閘坡,ピーター大帝湾(稀)
(本記事では、『日本産魚類検索』に従った)
キアンコウの識別方法:
FishBaseでは、現在キアンコウ属は全世界で7種とされていて、日本に分布するのはキアンコウのみである。
しかし、アンコウ属アンコウ(Lophiomus setigerus)との識別も容易ではない。
どちらも有用水産物であるが、一般に市場では種別での区別はされていない様である。
また、大きさで区別した別名(流通名)が存在する地域もある。
2種についての識別方法がネット上には存在するが、データとそれに使われている映像に間違いがあるのが現状なので、識別に関して本稿では、『日本産魚類検索』に従って書く事にする。
キアンコウ(Lophius litulon)
① 上膊棘(じょうはくきょく)は単尖頭(たんせんとう)
② 口腔内に白色斑がない
アンコウ(Lophiomus setigerus)
①上膊棘(じょうはくきょく)は多尖頭(たせんとう)
②口腔内に白色斑がある
『日本産魚名大辞典』には別名として、アンコウ・ホンアンコウと記載があり、水産物としての流通では、アンコウ属アンコウ(Lophiomus setigerus)と区別されず、混同してアンコウやホンアンコウとして扱われている。
ホンアンコウと呼ばれるのは、1.5m前後に成長したキアンコウ雌の事を指す様で、冬の鍋物用に鈞切(吊るし切り、釣るし切り、つるしぎり)にされるサイズの事と思われる。
本種とアンコウ属アンコウ(Lophiomus setigerus)を区別する為に、アンコウ属アンコウをクツアンコウと呼ぶと言われているが、実際に市場の仕事を現在する諸先輩に確認したところ、使っているのを聞いたことはないそうである。
漁師・流通業界では2種を種として分けず、商品価値の差で識別するので注意が必要である。
地方名には、他にアンコオ(高知)がある。
ダイバーのための絵合わせ
ダイバーが水中でキアンコウにあった場合、アンコウとの見分けはさらに容易ではない。
『日本産魚類検索』には、上膊棘(じょうはくきょく)の形状と口腔内の白斑の有無での識別方法が書かれているが、普段、水中で口をあけている所を見る事はほとんどないので、上膊棘(じょうはくきょく)で見分けるしかない。
この上膊棘は、アンコウ類特有の特徴の一つなので、場所を覚えるしかない。
なお、上膊棘の解説は、『日本の海水魚 (山渓カラー名鑑)』のP24アンコウ類の背面の白線画で場所を覚えて確認してほしい。
画像では、神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」: KPM-NR 90992の1枚目の画像が参考になる。
その他に種を確定できる方法としては、背鰭の軟条の場所を撮影し、その写真を拡大して軟条数を数える方法がある。
キアンコウの場合9〜10本である。
10本の場合は確実にキアンコウであるが、アンコウは、7〜9本なので、9本の場合、それだけで種を決める事ができない。
また、体型と胸鰭の位置が違うと書かれているWEBサイトが存在しているが、成長段階や性別で、どの様な比率の差があるのかという研究はされていないので、今現在では確定していない。
ただし、この識別方法について間違いであるとも断言できないので、検証が必要であると考えられる。
そのような若手研究者が登場することに期待する。
キアンコウやアンコウは有用水産物であるが、価値が高くなるのは鍋物の具として価値が高まる冬期のみで、それ以外のシーズンは販売価格が極端に低下するためである為に、水産的研究価値は決して高いとは言い難い点から、研究が進んでいないと推測できる。
簡単な識別方法を挙げるのであれば、1.5mほどの雌個体なら、ほぼキアンコウと言える。
アンコウの雌個体は平均70cmほどと言われていて、それ以上の大型の物は稀であることが、水揚げされた個体から言う事ができるためである。
小型な個体しか存在しない雄は、区別が難しい。
基本の区別方法である、上膊棘を確認するしかない。
従って、70cm以下の個体を識別するのには注意が必要で、30cm前後の個体はさらに要注意である。
ただし筆者の経験上、伊豆で観察される物は、ほとんどがキアンコウである可能性が高い。
確実にアンコウと言える個体は、筆者は1〜2回しか見た事がない。
これは筆者が主に観察地としている伊豆半島〜清水周辺海域だけなのか、他の観察地でも同様の出現率なのか、大変興味がある。
浮遊期の幼魚は臀ビレの軟条数で容易に判別でき、キアンコウは8~9本、アンコウは、5〜7本である。
仔魚期は、『日本産稚魚図鑑』記載情報と、神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」:KPM-NR 35942が正式な報告である。
ハッチアウト後どのくらいの時期から変体が起き、背鰭・尾鰭・臀鰭の分化か起きるかが判れば、より正確に判別出来るようになるだろう。
本稿では、水中カメラマン・堀口和重氏の協力により、卵塊から仔魚期、浮遊期の幼魚期、成魚と同等に変体した浮遊期の幼魚までのすべての映像をお借りする事が出来た。
キアンコウの成長過程が分かる貴重な写真であり、初公開となるであろう写真も含んでいる。
貴重な写真をご提供いただいた堀口カメラマンには、本稿への多大なるご協力に感謝して、この場をもってお礼を申し上げたい。
キアンコウの観察方法
観察時期
成魚は、2月から5月頃に発見される事が多い。
寒い時期ほど大型の個体が多く、春先に見つかる個体は小型の物が多い印象である。
仔魚期から浮遊期の幼魚は、大瀬崎では2月が中心、青海島では4月が中心と堀口カメラマンから聞いている。
そうなると、卵塊の出現時期が4月頃であり、仔魚期から浮遊期の幼魚が見られる時期と重なるため違和感がある。
キアンコウの繁殖時期は、長く緩やかなのか、地域格差があるのか、多くの疑問が残る。
これについて現段階では、有効なデータ蓄積があるとは言いがたい。
これからも、研究を続けていただきたいものだ。
生息場所
西伊豆・大瀬崎の場合は、泥土底から砂地まで、広く出現する。
筆者の印象では、底質よりも水温帯の方が大事な印象がある。
近年高水温が続いている影響か、以前より深い水深で見つかる事が増えた印象が強い。
2022年の情報では、湾内の21〜24mと、岸からかなり泳ぐエリアで水深も深い場所で見られる事が多い。
また、観察される個体数もここ数年減少傾向にあるように感じている。
2022年3月現在までの情報だと、観察が稀な事になっている印象である。
生態行動
キアンコウのすべての生活史は解明されていないが、断片的に解明され始めている。
卵はクラゲなどの浮遊生物に擬態した、凝集浮性卵(ぎょうしゅうふせいらん)で、生みだされる事が分かっている。
仔魚期・浮遊性幼魚期の一部の生態も知られている。
何故か小型の個体は雄のみで、大型の個体は雌のみが見つかっていているのにもかかわらず、詳しい雌雄性のメカニズムについて研究された形跡はない。
筆者が大学在学中、カエルアンコウを中心として凝集浮性卵(ぎょうしゅうふせいらん)の研究をしていた大学院生の先輩が、同じ研究室におられた。
その方が、これらの仲間が凝集浮性卵を産卵する事を再発見したのも当時50年ぶりで、その方はカエルアンコウやアンコウに性変換はない、と考えていていると教えてくれた。
その後、チョウチンアンコウなどの深海性のアンコウ類には、性変換をするメカニズムが複数種で発見されている。
本稿では今後の研究に期待して、本種が性変換している可能性は不明のままであるとさせていただく。
食味
キアンコウは、成長段階によって食味は変わるが、とても美味しい魚と言える。
特に、冬の鍋の具として人気がある。
ホンアンコウと呼ばれて美味と珍重されるのは、キアンコウの雌である。
筆者は江戸っ子なので、東京煮・醤油味を好む。
常磐地方では、伝統的に味噌味で食する。
それぞれ、長い食文化に根付いた特徴である。
「アンコウ七つ道具」といって、各部位をそれぞれ食す日本独自の文化をも形成している。
現在、スーパーで売られる際も切り分けられた「アンコウ七つ道具」がパック詰めされている。
より美味しい個体を選ぶコツと併せて書きたいと思う。
「アンコウ七つ道具」
- 柳身(肉)
3枚におろした身の部分。
プリッとした食感と上品な味が特徴の白身である。
国内産で、より体高(たいこう)が高い物を選ぶと良い。
柳身が大きい物は、より多くの脂分を蓄えている。 - 肝(キモ)
肝の部分。クリーミーな味わい。
しっとり仕上げると、ものすごくうまい。
とも和えなど、料理の幅は広い部位だが、肝のみを買う時には産地によく気を付けて欲しい。
なぜかというと、この部位は、生活している環境に大きな影響を受けるからだ。
工業排水・生活排水の海洋への流入に厳しい制限をしていない、隣国産が多く出回っている。
筆者は、産地表示チェックをして国内産の物を選ぶようにしている。
また、居酒屋などのあん肝料理は、たいがい外国産であるため、メニューに産地が書かれてない場合は、筆者は食べない事にしている。
食物アレルギーをお持ちの方は要チェック事項である。 - 水袋
胃袋。つるし切りの際はここにたっぷり水がたまることからその名が付いた。
食感がコリコリしたホルモン煮(全ての内臓系を入れて煮るもつ煮)に近い感じで、豚や牛などのものよりさっぱりとしている。
スーパーのパックには、入っていない事の多い部位。 - 布
卵巣のこと。
一般にぶつ切りで流通しているアンコウ類はすべて雌であるため、基本的には必ず入っている。
筆者は、卵巣がなるべく小さく、柳身が大きい物を選択する。
卵巣が小さいと言う事は産卵期前で、十分に栄養を蓄えているから、柳身に脂がのり、肝も濃厚である事が多い。 - エラ
エラを食べられる魚は珍しい。
しっかりと洗浄と血抜き処理をしてお使いく必要がある。
唐揚げなどの揚げ物にして食べる事もある。 - ひれ
ゼラチン質でこりこりした食感がとてもおいしい。
そのまま煮込むと出汁が出るが、霜降りして根元から骨を抜いておくと、とても食べやすくなる。
どちらもお勧めの食べ方である。 - 皮
プルっとしたゼラチン質でとてもうまい。
アンコウ鍋では主役級の部位である。
揚げると硬くなり、本来の味を失うのでお勧めできない。
キアンコウかアンコウか、どちらの種か判別できない時代に、小型のオスを食べた事がある。
ホンアンコウの味には劣るが、淡白で別物の魚類と考えれば十分な食材であった。
観察方法
砂地に動かないで隠れている所を発見される事が多い。
観察の注意点
観察地では、観察できるシーズンになると人気の生物となっている。
近年は平均水温の上昇で、観察できる場所が段々と深い水深になっている。
従ってアドバンス以上のレベルでかつ、ディープダイビングのスペシャルティコースを受講してスキルをマスターしてほしい。
その上で、安定した中性浮力と、空気消費量の管理が可能なスキルまでトレーニングをして観察に参加してほしい。
レンタルタンクは通常10ℓである。
自身の空気消費量が適切な残圧を残してエキジットできるレベルで、活動時間を維持できるスキルなのかを十分に自分自身で判断をしてほしい。
観察例の多い大瀬崎では、キアンコウが出現すると観察・撮影待ちの順番待ちができる。
その場合は、順番待ちをするのが基本である。
時々、それを無視して撮影するために割り込みをするダイバーが見受けられる。
もちろん、マナー違反で論外の行為である。
バディ潜水をしていると、ガイドが管理しているグループが先行なら、待っていれば譲ってくれる事もある。
その場合は、撮影を止めて譲ってくれている場合もあるので、長時間撮影に没頭すること無く、指示に従って、短時間で離れよう。
離れる時に、キアンコウの上を通過する事はNGである。
人の影が、キアンコウ達にとっては大きな捕食者の影に見えて捕食されてしまうのではないかと錯覚して逃げてしまう。
中性浮力などの技術的コントロールが不安定だと、フィンキックをキアンコウに直撃させてしまったり、泥や砂を舞い上げてしまったりすると、順番待ちのダイバー、または譲ってくれたダイバーの撮影継続が難しくなる。
キアンコウが出現する水深は比較的深いため、その場にいることができる時間はすべての人に限りがある事を考えて行動してほしい。
観察ができるダイビングスポット
本稿では、播磨・堀口両名の過去に観察したダイビングスポットと、神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」に観察情報が存在する場所をまとめた。
成魚確認地
- 相模湾(ダイビングスポット不明)
- 伊豆海洋公園
- 富戸
- 駿河湾(ダイビングスポット不明)
- 大瀬崎
- 井田
幼魚・若魚の確認例
- 熊本県(採集地:熊本県、水槽撮影)
※幼魚・若魚期の最終観察場所を正式に確認されているのは、この神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」:KPM-NR 90535のみ
浮遊期の仔魚期・幼魚期確認地
- 知床半島
- 初島
- 駿河湾(ダイビングスポット不明)
- 大瀬崎
- 青海島
卵塊確認地
- 初島
- 大瀬崎
生態を撮影するには
キアンコウの撮影チャンスはシーズンが限られ、見られるチャンスも少なく、生息水深も深い。
この様な撮影をする場合は、潜る前にどの様に撮りたいかをシュミレーションしておく事が最も大事である。
自分は、下記のルーティーンを決めている。
- 初めて見る生物は、全身の図鑑カットをおさえる。
- 識別に必要な場所の拡大写真を撮影
- 鰭がなるべく開いた写真
- 特徴的な部位
そして、最後がフォトジェニックなカットである。
この撮影方法を高めるには、なるべくたくさんの良い作品の写真を見て、常に自分磨きをすることが必要である。
簡単に、この境地にはたどりつけない。
筆者自身、いつもこの様に行動できないで、出会えた興奮で「ルーティーン」を無視して後で後悔して反省する。
今回のキアンコウは、まさに、そんな事に気が付かせてくれた。
一番最初に必要な俯瞰の生態写真を1枚も、デジタルカメラになってから撮影していない。
筆者にとってキアンコウはいつの間にか、シーズンがくれば見つかる、見慣れた生物になっていた。
そうならない内に、撮影を繰り返すことが大事だ。
もちろんコンパクトデジタルカメラでも撮影が可能である。
入門向け水中用コンパクトデジタルカメラとして、2022年3月現在最新のモデルであるTG-6では、水中専用のプログラムが搭載されている。
ただしTGシリーズは、手軽に撮れるというメリットがある一方、この様に比較的深い水中の雰囲気を伝える写真は、簡単には作り出せない。
その辺を調節して、ワイド側端で、内蔵ストロボで撮影すると下記の写真程度の撮影ができるが、これが限界であろう。
本記事の趣旨とずれるため、撮影方法の詳細については割愛するが、この組み合わせは「高速シャッターモード」として、筆者のブログにて公開している。
「ハリ魔王高速シャッターモードの設定方法Ⅰ Tough TG-6 + NauticamTG-5〈TG-6〉」より続く3本の記事にて設定いただければ、同じような撮影が可能になる。
筆者のブログを読んで何が書いてあるか解読不能な方は、これらの内容を解りやすく解説してくれる、堀口カメラマンが開催する、入門者用フォトセミナーに参加するのが良いだろう。
今回の記事は、彼の世話にならなければとてもできない物だったので、勝手に宣伝させていただく。
参考文献
- 『日本産魚類検索 全種の同定』(著者:中坊徹次、発行:東海大学出版会、発行年:2013年第3版)
- 『日本産魚名大辞典』(編集:日本魚類学会、発行:三省堂、発行年:1981年)
- 『日本産稚魚図鑑』(著者:沖山宗雄、発行:東海大学出版会、発行年:2014年)
- 『日本の海水魚』(著者:大方洋二・小林安雅・矢野維幾・岡田孝夫・田口哲・吉野雄輔、編集:岡村収・尼岡邦夫、発行:山と渓谷社、発行年:1997年第3版)
- FishBase
- 『フィッシュ・ウォッチング』(著者:林 公義・小林 安雅・西村 周、発行:東海大学出版会、発行年:1986年)
- 『デジタルカメラによる 水中撮影テクニック』(著者:峯水亮、発行:誠文堂新光社、発行年:2013年)