ハナヒゲウツボが出現した場所
ハナヒゲウツボの出現時期(過去1年間)
ハナヒゲウツボについて
鮮やかな体色から、ダイバーに人気のハナヒゲウツボですが、実はその生態について、ほとんど分かっていないということをご存知でしょうか?
分かっていないからこそ、WEB上に不確かな情報が多い魚でもあります。
今回は、魚類生態学、魚類生理学の見地から、特にハナヒゲウツボの性と見た目についてご紹介します。
ハナヒゲウツボDATA
標準和名:ハナヒゲウツボ
※英名: Ribbon eel(リボンイール)または、Ribbon moray(リボンモレイ)
学名:Rhinomuraena quaesita
分類学的位置:ウナギ目ウツボ亜目ウツボ科ハナヒゲウツボ属
種同定法 : Vert 266~286.
分布:サンゴ礁域の浅所.小笠原諸島,和歌山県串本,高知県柏島,屋久島,琉球列島,南大東島;台湾南部,インド―太平洋(ハワイ諸島とジョンストン島を除く)
ハナヒゲウツボの識別方法:
本種は、ウツボ科ハナヒゲウツボ属に属し、ハナヒゲウツボ属は一属一種である。
他のウツボ科の魚類との識別は、他のウツボ科は、前鼻孔が、両顎の先端に突起はない。
ハナヒゲウツボは、前鼻孔が、両顎の先端に突起がある。
体色は、「幼魚期」はくろ、「雄相」はあお、「雌相」はきいろである。
※本記事では、『日本産魚類検索』に従った。
ダイバーのための絵合わせ※
ダイビング中に本種を見る時は、ほぼ100%、珊瑚礁の礁斜面の砂だまりに巣穴を作り、鰓(エラ)から上部を出して、全身は砂の中に隠している。
体色に関わらず、鼻の呼吸孔に、きいろの花びら状のヒダがついていれば、ハナヒゲウツボである。
ハナヒゲウツボの観察方法
ハナヒゲウツボが観察できる時期や生態行動、生息場所、特徴や注意点、そして、見られるダイビングスポットと、撮影方法を紹介する。
観察時期
生息域であっても、個体数は稀と言っても良いほど極端に少ない。
ほとんど生活場所を移動しないため、ダイビングポイントを熟知したガイドのフォローがあれば、見る事は簡単であろう。
筆者は、高知県柏島と久米島でしか国内観察していない。
どちらも、季節風の影響のあるポイントで観察されているので、現地サービスに見に行けるシーズンを確認し、その際に、潜ることができる確率を聞くと良い。
東南アジアでは、日本国内より、生息場所での個体数が多いので、シーズンごとの潜れる場所で確認すると良い。
ただし、雌相の体色がきいろの個体は、出会う事が極端に難しい。
(そのわけについては、生態行動で詳しく書きたいと思う)
生息場所
珊瑚礁の礁斜面や、岩礁帯の「砂だまり」、その下につながる砂地との「境目・キワ」に、巣穴を作り、頭部だけを出している。
水中を泳ぐ姿を見る事は、大変稀である。
筆者は長年、個体数の比較的多いボルネオ島からスラウェシ島に広がるセベレス海で活動をしてきたが、水中を泳ぐ姿は見た事がない。
マレーシア人のフィッシュウオッチングで有名なガイドに尋ねた事もあるが、彼も見た事が無いと言う。
YouTubeにて、ハナヒゲウツボが全身を出して泳ぐ映像が見受けられた。
筆者が見る限り、これらの映像の途中、ハナヒゲウツボが砂地に頭を入れて穴を探す姿から、何か不自然な理由で泳いでいる様に見えた。
トグロをまくような姿勢も見られたが、水槽内で隠れる場所がない場合の行動に良く似ている。
ただし、繁殖相手を探す行動として、水中を泳いで移動する事は十分にあり得るので、もし水中でハナヒゲウツボが全身を出していたら、驚かさない様に観察をして欲しい。
また、ペアリングの決定的な瞬間は、未だ撮影されていないと思われる。
生態行動
今回は、これからの事に興味を持って、生態・生理学研究に興味を持っていただけたらと考えて書く事にする。
先に簡単に結果を書いておくと、『日本産魚類検索』の表記、
以外、本当は、何も解っていない生物の一つということだ。
また、これからも研究は、ほとんど進まないのではと考えられる。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』には、下記の様に書かれている。
体色が成長と共に変化することと、雄性先熟の性転換を行うことが知られている。幼魚や未成熟魚では体色は黒色であるが、成魚になると体色が鮮やかな青色に変化し、鼻先から背鰭が黄色になる。この時までは雄であるが、さらに成長すると雌となり体の大部分が黄色となる。ただし雌の観察例は少ない。
また、腎臓と生殖巣が肛門より後方にあるが、これは他の脊椎動物には見られない特徴である。
ハナヒゲウツボ|Wikipedia
ほとんどのWEBサイトは、このレベルで書かれているようだ。
しかし、魚類生態学で特に、魚類の雌雄性について学んだ者なら、とても違和感を感じる。
今回は、その理由を説明していこう。
●体色がくろの個体について
雄性先熟性の雌雄同体である可能性は、30年以上前から知られているが、生息個体数が少なすぎて、正式な学術調査はされていない。
ウィキペディアでは、「幼魚や未成熟魚では体色は黒色」とされているが、生殖腺を調査した研究員によると、未成熟な雄型生殖腺を持つ個体と、精子を形成している性成熟した雄個体が存在する。
また、この違いは通常、体長・体高等の身体的特徴で分けられるが、調査個体群は、統計が取れないほどバラバラで、調査個体数が足りていない。
さらに、水族館の水槽飼育個体での確認なので、個体間の関係性で、ある一定成長サイズを超えると、いつでも変わる事も想定される。
本記事では、『日本産魚類検索』に従って、くろの体色の時期を「幼魚期」と表記して使う。
自然界での「幼魚期」で、信頼できる情報発信源、「串本海中図鑑|串本産魚類図鑑」によると
成長して体色が変化するには時間がかかるようで、八重山諸島の自然下で黒い個体を2年近く観察する機会があったが、青く変わることがなかった。
ハナヒゲウツボ|串本海中図鑑|串本産魚類図鑑
と情報が記載されている。
筆者が長期滞在したセベレス海では、体色がくろの「幼魚期」は一匹で巣穴にいて、そばにもう一匹いる事は、ほとんどなかった。
他のハナヒゲウツボがいる場合は、ほとんどの場合、体色があおい個体「雄相」で、「幼魚期」同士の組み合わせは稀であった。
八重山諸島をはじめ日本国内では、東南アジアより絶対的に個体数が少ないので、その他に「幼魚期」の未成熟期間が長い可能性があると想定できる。
個体数の少ない生物の繁殖戦略として、同種の他個体を認識するまで「幼魚期」の未成熟まま成長を抑制する可能性がある。
また、同種を認識した場合、「幼魚期」でも生殖腺の雄化が始まっている個体の存在が示唆される。
水族館飼育個体では、その様なステージの生殖腺を持つ個体が見つかっているので、自然界でも、その可能性が想定できる。
「幼魚期」のくろの個体が、「雄相」のあおの個体にどの様な条件で体色変化するかも、知られていない。
変化中ではと疑った個体は、筆者は出会っていない。
体色の変換時期は、極端に短いのか、これも、不明のままである。
●体色があおの個体について
ウィキペディア記載では
成魚になると体色が鮮やかな青色に変化し、鼻先から背鰭が黄色になる。この時までは雄であるが、さらに成長すると雌となり体の大部分が黄色となる。ただし雌の観察例は少ない。
ハナヒゲウツボ|Wikipedia
となっているが、これは、完全に間違いである。
Wikipediaに記載されているリンクも調べたが、海外の「主観」の入った物や、誰(研究者)が、発言したのか確認できない物であった。
現在、判っている範囲は、体色あおの個体は、
- 生殖腺が精子を形成している雄として性成熟個体「世の中で言う雄」
- 精子を形成する事ができるが、雌化が始まっている可能性のある個体「転換期か、両性期」
- 精巣が萎縮していて卵子を形成できる雌性の性成熟個体「雌として機能する可能性が高いステージだが、雄の機能も残っている」
が含まれている。
この事は、魚類生理学を研究する世界に関わっていれば、すでに、常識の範囲である。
そこで、あおの体色の個体は、『日本産魚類検索』の「雄相」と表記するのが正しい。
見た目で、雄相の性別を決定する事はできない。
筆者の観察で、安定した繁殖地では「雄相」の個体は同じ巣穴か、すぐそばに他のハナヒゲウツボの個体がいる事が多い。
しかし、そのペア個体との関係で、生殖線のタイプが変わるのではと考察できるだけの研究材料は、揃っていない。
「雄相」は、雌雄同体の可能性のある時期(組み合わせが変われば、雄としても、雌としても機能する事)があるのではと想定をしている研究者もいる。
本種としては、個体数の多いエリアで、一個体で、他の個体が周りに見つからない環境で、「雄相」が見つかることがある。
筆者は、他種の雌雄同体現象の研究から考察すると、以前、ペアを組む個体がいて、何らかの訳により、ペアを失った個体で、その場面から生殖腺の成長を抑制している個体ではと想定している。
これも、採集し、生きたままの状態で生殖腺を取り出し、複数の行程をへて加工して観察研究する方法でしか解明できないので、筆者は、躊躇して行っていない。
●体色がきいろの個体について
体色がすべてきいろは「雌相」としている。
雌相の個体は、観察する事自体が、極めて稀である。
神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」にも、KPM-NR 38024・KPM-NR 38031・KPM-NR 70442の数個体しか、登録されていない。
筆者自身、レンべ海峡(インドネシア)で15年以上前に、1個体しか見た事がない。
生殖腺を正式に調べて、雌であると断定した結果を記載している文献、または、魚類生理学研究者の発言を確認した事がない。
また、成熟した卵子(産卵が数時間内と想定される成熟状態)を持っている生殖腺を確認したという話も、聞いたことがない。
以上の情報から、老成した雌で、卵子形成のみ機能の可能性が高いと想定するが、性が雄に戻れる可能性は、0%ではない。
「雌相」になった個体は短命、と書かれたWEBページもあるが、何個体を観察して、書いているのであろうか。信頼性が、薄いだろう。
レンべ海峡で筆者が確認した「雌相」個体は、信頼できるインドネシア人ガイド・インストラクターに通訳をお願いして、発見したそのリゾートのスタッフに確認した所、半年以上は、同じ場所に見られているという。
「雄相」のあおの個体で、雌として機能する個体から、「雌相」のきいろにどの様な条件で、変化するかも知られていない。
変化中ではと疑った個体は筆者は一回しか出会っていない。
ここまで不明なのに、あたかも体色で性差を語るのは、危険な行為としか言えない。
本種の個体数が極端に少なく、統計が取れるだけの学術調査するのに必要な個体数(150~300個体)を、体色・生態行動別に集める事は、その個体数から言って不可能な研究題材と言えよう。
●謎に包まれた繁殖行動
腎臓と生殖巣が肛門より後方にあるが、これは他の脊椎動物には見られない特徴である。
ハナヒゲウツボ|Wikipedia
これは、とても珍しい特徴である。
何故、そうなっているのか。これについても、個体数を考えると、解明する研究をするのには、無理がある。
生育環境が限定され、個体数の少ない本種がペアを組む相手を見つける為には、相当大変な問題点があるが、水中を泳いでペアを探しているのでは?と想像させる、水中を泳ぐ姿はほとんど観察されていない。
そうなると、個体識別の為に、何らかの誘因分質を使っているのではと想定している。
産卵・放精シーンを確認したという情報もなく、その為、それらしい瞬間の映像も撮影されていない。
この様に、知れば知るほどハナヒゲウツボは、ウツボ科の中では、不思議な生態を持っている。
最後に、ハナヒゲウツボが、自然界で「雌相」まで成長すると何年生きられるのか、という基本調査もされていない。
観察方法と注意点
ハナヒゲウツボは、一度見つかると、数年は同じ場所に巣穴を作り生活している。
肉食性なので、動く物は、生物でなくても敏感に反応する。
鈍い光を反射する物を鼻ずらで動かすと、餌と間違え巣穴から、のり出して捕食行動をする。
しかし、自分より大きい影が動くことに対しては極端に敏感で、近くでダイバーが手を振る動作をしただけで、巣穴に隠れてしまう。
一度隠れるとしばらくは、出てきてくれない。
複数で観察している時は、見終わったダイバーは、横にズレるか、後に下がってから移動して欲しい。
上を一人でも通過すると、その影の移動の影響で、後の人は見る事もできない。
観察ができるダイビングポイント
国内での観察は、インターネットで「ハナヒゲウツボ ダイビング」と検索すれば、見つかっているポイントが、各地から見つかる。
しかし、ほとんどの場合、ハナヒゲウツボをメインで見に行くポイントが多い。
筆者のおすすめは、柏島だ。
ハナヒゲウツボだけでなく、他にも広くいつくかの珍しい生物を見せてくれるだろう。
初めて見る際、ワンダイブをそれにかけるなら、見つかっているポイントで今見られるか確認してから出かけよう。
色々な成長過程を観察するとなると、東南アジアに軍配が上がる。
ただし、相当、生物に詳しいダイビングガイドが、常駐している事が必要で、そうなるとお勧めは、インドネシアのバリ・レンべ海峡海況、フィリピンのアニラオ・セブ島南部ではないかと思う。
マレーシアのマブール・カパライ周辺海域は、非常に個体数が多いが、治安悪化のため外務省の渡航勧告が出て以降、中華人民共和国の観光客にターゲットをシフトした関係で、生物に詳しいガイドから体験ダイビング・オープンウォーター講習メインに変更が行われ、常駐しているとは言い難い。
また、渡航勧告も2021年9月現在、取り下げられていない。
生態を撮影するには
ハナヒゲウツボは、とても、臆病なうえ、光りの反射率の大きい白砂地に棲んでいる。それを考慮して撮影方法を考える必要がある。
撮影の為に近づきすぎると、巣穴に隠れてしまうため、撮影距離を保てるレンズの選択が必要である。
35mm換算で、100mmマクロレンズ相当がベストである。
その選択だと、被写界深度が狭いので、ピントのあう範囲を絞り込んで、確保する必要がある。
絞り優先モードで撮影すると、周囲の白砂地の反射の影響で、シャッタースピードが自動で低速化されてしまうため、あおカブリで撮影されてしまう。
それを防ぐには、マニュアルモードに設定して、シャッタースピードをX接点最大値(ニコンデジタル一眼の場合1/250秒)に固定して、絞りは、外付けストロボのガイドナンバーで可能な最大絞りを選択する。
撮影モードに、マニュアルモードに設定のないカメラでは、あおカブリの画像しか撮影できない。(できないカメラ例:TGシリーズ)
絞り値の設定は、INON S-2000・D-2000クラス2灯なら、f-11程度、Zシリーズ2灯の場合は、f-16程度で撮影すれば、失敗が少ない。
「幼魚期」は、白いバックに、黒い体色の為、S-TTL調光では、体色がクロツブレ気味に撮影される。その為、眼の確認も厳しい映像となりやすい。
マニュアル発光を選択して、絞り値の微調節で、撮影する方が良いだろう。
この基本撮影ができる様になったら、絞りを明けたハイキーの撮影のチャレンジも可能である。
ここのまでの用語が難しいと感じた方は、『デジタルカメラによる 水中撮影テクニック』『うまく撮るコツをズバリ教える 水中写真 虎の巻』『水中写真マニュアル(フィールドフォトテクニック)』を熟読する事をお勧めする。
参考文献
- 『日本の海水魚』(著者:大方洋二・小林安雅・矢野維幾・岡田孝夫・田口哲・吉野雄輔、編集:岡村収・尼岡邦夫、発行:山と渓谷社、発行年:1997年第3版)
- 『新版魚の分類の図鑑』(著者:上野 輝弥・坂本 一男、発行:東海大学出版会、発行年:2005年新版)
- 『新版 日本のハゼ』(解説:鈴木寿之・渋川浩一、写真:矢野維幾、監修:瀬能宏、発行:平凡社、発行年:2004年)
- 神奈川県立生命の星・地球博物館「魚類写真資料データベース」
- 串本海中図鑑|串本産魚類図鑑
- フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
- 『デジタルカメラによる 水中撮影テクニック』(著者:峯水亮、発行:誠文堂新光社、発行年:2013年)
- 『うまく撮るコツをズバリ教える 水中写真 虎の巻』(著者:白鳥岳朋、発行:マリン企画、発行年:1996年)
- 『水中写真マニュアル(フィールドフォトテクニック)』(著者:小林安雅、発行:東海大学出版会、発行年:1988年)
文・写真:播磨 伯穂