鳥取砂丘沖を開拓せよ!水中写真家・中村卓哉が立ち会った、新ダイビングスポット挑戦の歩み
2021年7月10日、鳥取砂丘の沖のエリアが、新たなダイビングスポットとして正式にオープンした。
この海を案内してくれるのは、鳥取県の田後(たじり)に現地サービスを構える「ブルーライン田後」。
ガイドの山崎英治氏は、約2年以上前から砂丘沖の海域を独自に調査してきた。
ジオダイブの発祥地・鳥取の海
砂丘沖のレポートの前に、まずは鳥取の海についてご紹介をさせていただく。
今回の舞台である山陰海岸は「世界ジオパーク」の1つに認定され、その長さは東西120km、南北30kmにもおよんでいる。
鳥取県、兵庫県、京都府の3府県にまたがるこのエリアでは、地質学的にも貴重な地層や岩石の宝庫である。中でも鳥取県の岩美町・浦富海岸エリアには海食された花崗岩でできた美しい岩壁や、節理などが数多く見られる。
実は、鳥取県の岩美町・田後は、国内で初めて「ジオダイブ」を提唱した海である。
ジオダイブという言葉を初めて聞くダイバーも多くいると思うが、ダイビングのスタイル自体は通常のファンダイビングとなんら変わりはない。
簡単に言ってしまえば、地球の成り立ちを学びながら、生き物観察や海中探検を楽しむダイビングである。
例えば、春先に田後周辺の海で多く出現するダンゴウオだが、なぜこの場所にこんなにも集まるのだろう?
実はそのヒントが、陸地と海が繋がる海岸線の形状にある。
日本海を南西から北東へと流れる対馬海流が、のっぺりとした海岸線が続く鳥取砂丘を越えると、突然リアス式の入り組んだ海岸線へと変化する。
その場所こそが、ダンゴウオの多い岩美町周辺である。
海流に乗って流れてくるプランクトンや流れ藻などは、熊手のような形状の海岸線に濾し取られるように集められ、やがて魚たちのゆりかごとなる海の森がつくられていく。
マクロレンズ一本でダンゴウオと対峙していても、このように周辺の地形を俯瞰で捉えることで、いつもより何百倍も水中撮影を楽しむことが出来るのだ。
さて、鳥取のダイビングの魅力のひとつが“ジオ”であることがお分かりいただけたかと思うが、県の代表的な観光地といえば“鳥取砂丘”であることに異論はあるまい。
実は私も、大学の卒業旅行で鳥取砂丘を訪れたほど、写真の被写体としても魅力的な風景である。
しかし、砂丘を海から見たことのあるダイバーはごく少数であろう。
しかも、その海の中へ潜ることのできるなんて、考えただけでもワクワクが止まらない。
2019年、初調査の成果
私が鳥取砂丘沖へ潜るのは、実は今回が初めてではない。
山崎氏は2年以上前から漁師さんや地元の方々との話し合いをし、砂丘沖を潜るべく丘の開拓を進めてきた。
そこで、2019年7月、いよいよ海に潜れるという許可が出た頃、取材で田後を訪れていた私は、砂丘沖の調査に同行させてもらった。
簡単に砂丘沖と言っても、とてつもなく広大である。
しかも、前述のとおり、のっぺりとした起伏の少ない海域。
遠浅のイメージがあるのだが、1kmも沖へ出れば水深は50mを超える。
まずは海図を広げながら、起伏のありそうな根を探し、そこから手探りで調査をすることになった。
まず手始めに、砂丘からも見えるクジラのような形の島、海士島(あもうじま)の周辺にアンカーを落とし、エントリーした。
初めて潜るポイントはどんな出会いが待っているかという期待感と、その一期一会の出会いを撮り逃してはいけないという緊張感が入り混じる。
すると、エントリー直後、真っ赤なヤギの群生にアオリイカの卵がびっしりとついているのを発見。
産卵床に産みつけるシーンはよく見るが、このように本来はサンゴや海藻などに卵を産みつける。
真っ赤なヤギと白い卵のコントラストが実にフォトジェニックだ。
最初のリサーチダイブで良い被写体に巡り会えたが、その後はこれといった被写体に遭遇することができなかった。
ポイントを変更し、海図と魚探(魚群探知機)で水深を確認しながら、さらに沖合の根を探す。
当然、沖に出るほど潮流も速くなる。もし起伏のある根があれば、そこに生え物や魚たちがついたり、季節来遊魚との出会いも期待できる。
しかし、まだ未開の海。根のトップの水深も30m近くあり、アンカーからラインを引いてもらい、いつもより慎重に海中を探索した。
なんと、これが大当たり!
目の前を突然ハマチの大群が通りかかったのである。
群れはすぐに姿を消してしまったが、なんとか写真におさめることができた。これは幸先が良い。
そして、その後も田後では見ることのなかった生物と立て続けに遭遇。
中でもネコザメは、田後ではかなりレアである。
さらに、鳥取の海ではおそらく数例目のハクセンアカホシカクレエビも発見。
やはり、砂丘沖の生物層は、日頃潜っている田後の周辺の海とは異なっている。
突然、山崎氏が大声で私に何かを伝えながら前方を指さした。
すかさず、その先に目をやると、ハナハゼが群れをつくっていた。
しかし、伊豆の大瀬崎でCカードを取得した私にとって、ハナハゼは超絶普通種。
少し気まずさを感じつつ、誠に申し訳ないがスルーさせてもらった。
しかし、後々聞くと鳥取ではかなり珍しいという。
この微妙な温度差は、ガイドとカメラマンの宿命ともいうべきものだ。
こんな時はいつもガイドさん自ら撮ってもらうことにしている。
今回も、ハナハゼとの出会いの感動を伝えられるのは、私ではなく山崎氏なのだから。
こうして、手探りで始まった砂丘沖リサーチだが、最初にしては十二分の成果を得ることができた。今後、さらなる調査への期待値が膨らむ。
7月祝オープン!だがしかし…
2年が経過。
いよいよ砂丘沖エリアが正式オープンすると聞き、今年の7月頭に取材に駆けつけた。
しかし、空港で出迎えてくれた山崎氏は、この世の終わりが目前に迫ったような暗い表情だった。
いつも彼の顔つきから海のコンディションの良し悪しが大体わかる。
案の定、外はバケツをひっくり返したような大雨が降っている。
さらに、河川は濁流で、今にも氾濫しそうな水位に達していた。
実はこの時、山陰地方では線状降水帯が発生し、記録的な大雨が降っていたのである。
果たして海に入れるのか、入れたとしても撮影できるのだろうか。
ショップに向かう車中、いつもより口数の少ない私と山崎氏は、それぞれの立場で感じる胃の痛みと闘っていた。
翌日になり、一晩中降りしきっていた雨が少し落ち着いたので、砂丘沖の海へ向かうことになった。
しかし、海の色は沖合までずっと茶褐色、さらに海面には川から流れてきた巨大な流木や、ヨシのような草が大量に流れている。
速度を落として慎重に船を走らせながら、砂丘沖のポイントへ。
まずエントリーしたのは、数年前ネコザメと遭遇したポイントだった。
イトグリという田後の沖合のポイントにちなみ、ネコザメのいるイトグリという意味を込めて、仮にポイント名を「ネコグリ」と名付けたのだが、2年前の調査以来ネコザメの姿が消えたのだという。
生き物の名を冠したポイントは、やがてその生き物が消えてしまう。
実はこれは世界中のダイビングポイントあるあるなのだ。
結局これといった収穫もなく、さらには川の水が大量に流れていたため、激濁り、激流の中のダイビングとなってしまった。
砂丘沖でのダイビングはこの1本で泣く泣く終了。
1ヶ月半後にリベンジすることになった。
8月下旬、リベンジ
8月下旬、海の条件も回復してきたとの連絡があり、再撮するため鳥取へ向かった。
いつものように空港で出迎えてくれた山崎氏だが、やはり表情が冴えない。
どうやら、あれから一度回復した透明度だったが、その後の台風の影響で再び濁りつつあるらしい。
無理を承知で、砂丘沖へ向かおうと話すと、彼の顔色がさらに曇る。
風向きが悪く、無理して行ったところで何も撮れないで終わるリスクが高いという。
何もいなければいないで、自分なりに何かを得られたらそれで納得なのだが、ガイドはそうはいかない。
数年の間、大切に温めてきた新エリアのオープンともなると、半端なガイドはできないというプレッシャーもあるだろう。
そこで、あえてカメラマンの立場で考えを述べさせてもらうと、条件が悪いと思ってしまったら、悪いものしか見えてこない。
どんな時でも潜れば必ず何かしらの発見がある。
自然へ寄り添い、良い瞬間を見つける視点を大切にしながら海と向き合っていきたい。
透明度は悪いのではなく低いだけなのだ。
淡く色づく海の色こそ、この海をつくる命の源となるのだ。
1週間の滞在中、目的だった砂丘沖エリアへ4本潜ることができた。
まだ季節が早かったのか、2年前に出会ったネコザメやハナハゼの姿は見当たらず。
しかし、巨大なエチゼンクラゲや、自身初めてとなるキタユウレイクラゲに遭遇できた。
妖艶な姿はまさに美しき幽霊といった感じ。
撮影中、まるで私にまとわりつくように、とてつもなく長い触手が伸びてきた。
その瞬間、思わず恐怖でのけぞってしまった。
カサゴタワー選手権がアツい!
さて、正式オープンしたとはいえ、まだまだ砂丘沖は未開拓のエリア。
ということは、誰もが新たな発見を成し得る可能性があるということでもある。
正式オープンから3ヶ月経ち、現時点で私が一押しのフォトジェニックなシーンを一つご紹介する。
それはずばり、これだ!
「カサゴタワー」
ん?地味!?
いやいや、よく見てほしい!
まるでムクドリのようにフトヤギに集まるカサゴたち。
なんと13匹も乗っている。
たしかに地味な魚かもしれないが、こんなにユニークな光景、見たことがあるだろうか。
なんと、空席待ちもいて、よっぽどこの場所が好きなのだろう。
最近はフトヤギに乗っている数を競う“カサゴタワー選手権”も実施している。
今のところ13匹がトップタイ記録で、私と山崎氏、ゲスト1名様がこの記録を保持。
ちなみに、記録の認定にはかなり厳しい山崎氏のチェックがある。
フォトチャレンジの基本的なルールはこちらだ。
- ホバリングしているカサゴは数にいれない
- 必ずヤギにカサゴの胴体が触れていること
- ヤギに触れていない場合でも、特例としてカサゴonカサゴの状態は数にいれる
- タイ記録の場合は、空席待ちの個体数で競う
などなど。
カサゴタワー選手権は、今後砂丘沖を訪れるダイバーの間でブームになること間違いなし。
実はこの競技、水中撮影の技術向上に必要な要素がかなり含まれている。
カサゴが散らないように冷静に寄っていくアプローチのスキル。
ワイドマクロで寄った際に、中央や下方のカサゴに光をまわすライティングのスキル。
さらに、カサゴが重ならず多く写る角度を瞬時に切り撮るアングルや構図のスキル。
そして、平均水深がやや深いので、撮影プラン構築のスキルの向上にも打って付けの被写体なのだ。
どうですか?挑戦したくなったでしょ!
腕に自信がある方は、ぜひ新記録にチャレンジしてみてください。
鳥取砂丘を潜るということ
と、ここまで数回に分けて取材してきた鳥取砂丘沖の海だが、正直、まだまだベールに包まれたままである。
しかし、私自身、この海に潜りはじめてから海との向き合い方が間違いなく変化した。
陸海空から鳥取砂丘を眺め、大きな尺度でその成り立ちを意識したからである。
大量の雨が中国山地の花崗岩を削る、やがて風化して砂となる。
それが千代川などの一級河川を流れて海に運ばれる。
そして、冬の日本海の荒波で打ち上げられ、強い北西風で吹き飛ばされ、砂の丘を形成する。
それが何万年の時を経てつくられた鳥取砂丘の成り立ちである。
豪雨の濁りの中、条件が悪いと思い込んでいた海中シーンが、実は砂丘の形成にとって大切な何万年分の1秒の瞬間だったのである。
以前、山崎氏は自虐的にこう話してくれた。
「鳥取の海って意外と風が強い日が多いんですよ。それなのにダイビングエリアを開拓するって無謀な挑戦だったかな」
たしかに、ダイバーにとっては厄介な日本海の強風と荒波だが、それが鳥取砂丘という壮大な自然景観をつくりあげ、その自然と共に彼らは暮らしているのである。
だからこそ、彼が提唱してきた「ジオダイブ」という言葉の裏に、生まれ育った鳥取の自然に対する深い畏敬の念が見え隠れするのだ。
自然の尺度で考えれば、己にとって不都合な条件も時に好条件となる。
豪雨の後の海の色も、雨が叩く海面や荒波も、砂丘沖の海を知る上で必要不可欠な自然現象だったのである。
取材協力:ブルーライン田後(http://blueline.lolipop.jp/)
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