はじめまして、水中探検家でテクニカルダイビングのインストラクターの伊左治 佳孝(いさじ よしたか)です。
(誰や!?という方は、プロフィールをご参照ください。)

Scuba Monstersさんから、うちでも一回何か書いてよ!と拝命頂きまして、筆を執ることになりました。
とはいうものの、Scuba Monstersの読者の方はカジュアルなダイバーの方が多いと聞きまして、カジュアルなダイビングは長らくしてないな……何を書こうか……と考えに考えた結果、初心に戻って「テクニカルダイビングとは?」ということを書いてみることにしました。
テクニカルダイビングという言葉を知っている方も、初めて聞いたという方も、この寄稿を読んでテクニカルダイビングに興味を持っていただけると幸いです。
レクリエーショナルダイビング、テクニカルダイビング
テクニカルダイビングではない、いわゆる普通のダイビングを、専門的には「レクリエーショナルダイビング」といいます。
※各団体によって呼び方が違ったりもしますが、ここでは一般的な呼称で表記します。

普段のダイビングで、「ダイビングコンピューターのNDL(減圧不要限界)の表示に余裕を持って潜ってください(減圧不要限界内で潜ってね!)」などと言われたことはあるでしょうか?
これはなりたてのオープンウォーターダイバーからインストラクターまで共通した制限で、「NDLを越えてはいけない」というものです。
NDL(減圧不要限界)は、その深度に滞在できる残り時間のことで、Scuba Monstersでも解説されていますね。

レクリエーショナルダイビングでNDLによって滞在できる時間に制限がかけられる理由は、この時間を超えてしまうと、浮上前に減圧停止をして窒素の排出が必要になり、減圧完了後でないと水面に戻れなくなるからです。
すなわち、何かトラブルが発生しても(例えば、残圧がもうなくなったとしても)減圧後でないとエキジットできないわけです。
もう一つよくいわれる制限で、「水深40mを越えたらいけないよ(水深に気を付けてね!)」というのもありますが、これもその深度ではNDLがあっという間にゼロになる(=減圧停止が必要になる)からです。
もちろん、水深が深くなるとガス昏睡作用(窒素酔い)が強くなる、呼吸ガスがあっという間になくなる、などの理由もあります。
NDLの範囲を超えるダイビングというのは「すぐに水面に浮上できないダイビング」という点で洞窟や沈船内部にも共通しています。
※正確な表現ではありませんが、分かりやすさを重視しています。
すなわち、深い場所に長く滞在するためにNDLの範囲を超える(=減圧停止が必要となる)ダイビングや、洞窟や沈船内部のような天井があり物理的に浮上できない場所に入るダイビングのことをテクニカルダイビングといいます。
テクニカルダイビングでできること
テクニカルダイビングは大きく二つに分けられていて、NDLの範囲を超えて潜る「ディープダイビング」と、洞窟や沈船の内部に入る「オーバーヘッドダイビング」にジャンル分けされています。
さらにそれぞれのジャンルの中でライセンスのランクがあり、ダイビングをして良い範囲が定められています。
例えば、洞窟の光の入らない範囲まで行きたい!という場合は、TDIという指導団体ではイントロケーブという資格を取得する必要があります。

これらのライセンスを取得していくことで、安全を確保しながらダイビングのできる範囲を広げていける仕組みになっています。
テクニカルダイビングにも指導団体はいくつかあるのですが、その中でPADIとTDIのランクを少しだけ紹介します。
【ディープダイビング】
- PADI
- Tec 40:水深40m以内、減圧時間10分以内、酸素濃度は50%まで
- Tec 45:水深45m以内、減圧時間・酸素濃度の制限なし、減圧ガスは1本まで
- Tec 50:水深50m以内、減圧ガスは2本まで
- Tec Trimix 65:水深65m以内、トライミックス(酸素+窒素+ヘリウム)の使用可能
- Tec Trimix:水深90m以内
- TDI
- アドバンスドナイトロックス:水深40m以内、減圧不可、純酸素使用可能
- 減圧手順ダイバー:水深45m以内、減圧時間・酸素濃度の制限なし、減圧ガスは1本まで
- エクステンドレンジダイバー:水深55m以内、減圧ガスは2本まで
- トライミックスダイバー:水深60m以内、トライミックスの使用可能
- アドバンスドトライミックスダイバー:水深100m以内
【オーバーヘッドダイビング】
- PADI
- カバーンダイバーSP:太陽光が直接見える範囲で、水深と洞窟への進入距離を足して40mまで
- レックダイバーSP:太陽光が直接見える範囲で、水深と沈船への進入距離を足して40mまで
- テクニカルレックダイバー:沈船の外光が入らない範囲までの進入
- TDI
- カバーンダイバー:太陽光が直接見える範囲で、水深と洞窟への進入距離を足して60mまで
- イントロケーブダイバー:洞窟内部に、一直線の構造の通路のみ進入可。進入のために使用可能なガスの量が、より厳しく制限される
- フルケーブダイバー:複雑な構造の洞窟や、並んで通れない大きさの通路への進入
- アドバンスドレックダイバー:沈船の外光が入らない範囲への進入
テクニカルダイビングの面白さは?
テクニカルダイビングの面白さとして私が一番に思うのは、「自分の活動範囲が大きく広がる」ということです。
世界にはテクニカルダイビングでないと行けないダイビングポイントが無数にあり、石垣島へマンタを見にいきたい!と思うのと同様に、〇〇の沈船を見に行きたい!や、〇〇の洞窟に行ってみたい!という感覚があります。
さらにテクニカルダイビングでのポイントでは、「そこにしか無いもの」が多く、これだけテクニカルダイビングをしている私でもまだまだ訪れきれていません。

行きたい・見たい場所が多くある生活というのはとても楽しいもので、テクニカルダイビングを通してそのような場所が増えたり、実際に行ったりすることに繋がるんじゃないかと思っています。
さらにもう一つ、「自分の行きたい場所を目指す」というのもテクニカルダイビングの楽しみの一つです。
例えば、「戦艦陸奥に潜りたい!」という目標をたて、それに向けてトレーニングをしてスキルアップし、実際にそこにダイビングをしにいく、というのは非常に楽しい経験です。
私はこれを“部活動的な楽しさ”と呼んでいて、トレーニングに時間がかかったり、なかなか上達せずつらいときがあったりもしますが、それを乗り越えて本番のダイビングに向けてみんなで頑張っていく体験は他に代えがたいものがあります。
テクニカルダイビングは、気軽にはじめられるのか?
ゲストのみなさんから「テクニカルダイビングは、気軽にはじめられるのか?/気軽にやれるのか?」という質問は、よくいただきます。
この質問に対する回答はインストラクターによって大きく異なりますが、私の回答は「気軽にはじめてみよう!」です。
テクニカルダイビングはF1カーに例えられることがあります。
同じF1カーに乗るにしても、サーキットで安全に走行できるようにやってみようというレベルと、草レースに出てみようというレベル、本格的な大会に出てみようというレベルは全て異なりますよね。
「サーキットで安全に走行できるようにやってみよう」というレベルの人に、大会にでるレベルのスキルを求めなくても良いのでは、と思っています。
であるからこそ、各レベルに段階分けされたテクニカルダイビングのライセンスが整備されているのだと考えています。
海外では、「水深40メートルの沈船に長く居たい」、「完全に整備済みの洞窟でケーブダイビングをしたい」ぐらいのカジュアルなテクニカルダイビングは非常に盛んで、海外の友人たちを見ていてもそれほど構えている印象はありません。
ただし、「F1カーに乗っている(=テクニカルダイビングをやっている)」という意識は絶対に必要で、この意識を失うことが事故のもとであり、また、100%全ての人にテクニカルダイビングの適正があるとはいいません。
テクニカルダイビングが向いている人は?
第一に、好奇心が旺盛な人はテクニカルダイビングに向いています。
テクニカルダイビングでは新たな知識や技術、そして珍しいダイビングポイントに触れる機会がとても多く、あなたの好奇心を満たしてくれるでしょう。
次に、自分の上達に喜びを感じる人もテクニカルダイビングに向いています。
トレーニングを経てスキルアップし、徐々に自分の活動範囲を広げていく……。
これが楽しいと思う人はテクニカルダイビングの適正があるでしょう。
これらに当てはまる人がテクニカルダイビングを始めて、いつか私の探検のバディになってくれることを祈って……。
あなたが次に私と一緒に冒険する“チームメイト”になる日を楽しみにしながら今回は締めにさせていただこうと思います。
ありがとうございました。